達者な毛筆で、それだけが書いてあった。
「…………なにこれ」
裕生は手紙を伏せて言った。葉《よう》は相変わらず俯《うつむ》いたままで、手紙を見ようとはしなかった。
「『葉ちゃんに万が一のことがあればお前…………をちょんぎるぞ』という脅《おど》しじゃないかと思うが」
「…………なにを?」
吾郎が眉《まゆ》をくもらせる。
「俺の口から言わせるつもりなのか?」
沈黙《ちんもく》。裕生の背筋にさっと冷たいものが走った。
「…………とにかく父さんは風呂《ふろ》入ってくる」
そそくさと吾郎は立ち上がる。その時、さっきから黙《だま》っていた葉が口を開いた。
「これ、どうしたんですか?」
と、吾郎に問いかける。さっき吾郎がポケットから出したものを、葉は拾い上げていた。どうやら、さっきからこれをずっと見ていたらしい。小石ほどの大きさの丸い金属の塊《かたまり》だった。
「ああ、それか。雄一がツネコさんの店で見せてくれたもんだよ。あいつも大学で拾ったとか言ってたが、どうも俺が間違えて持ってきたらしいな」
部屋から出て行きながら吾郎は言った。
「それがどうかしたの」
葉《よう》は答えなかった。葉の肩越しに、裕生《ひろお》はその丸いものを覗《のぞ》きこむ。暗い灰色で鈍く光っている。多分《たぶん》、鉄の塊《かたまり》だろう。完全な球体というわけではなく、一部が少し盛り上がっているし、無理に引き剥《は》がしたようなささくれた跡も残っている。なにに使うものなのかはよく分からなかった。なにかを象《かたど》ったものなのかもしれない。
「なんだろうね、これ」
やはり葉の答えは返ってこない。彼女の白い肩が小刻みに震《ふる》えていた。
「…………なにこれ」
裕生は手紙を伏せて言った。葉《よう》は相変わらず俯《うつむ》いたままで、手紙を見ようとはしなかった。
「『葉ちゃんに万が一のことがあればお前…………をちょんぎるぞ』という脅《おど》しじゃないかと思うが」
「…………なにを?」
吾郎が眉《まゆ》をくもらせる。
「俺の口から言わせるつもりなのか?」
沈黙《ちんもく》。裕生の背筋にさっと冷たいものが走った。
「…………とにかく父さんは風呂《ふろ》入ってくる」
そそくさと吾郎は立ち上がる。その時、さっきから黙《だま》っていた葉が口を開いた。
「これ、どうしたんですか?」
と、吾郎に問いかける。さっき吾郎がポケットから出したものを、葉は拾い上げていた。どうやら、さっきからこれをずっと見ていたらしい。小石ほどの大きさの丸い金属の塊《かたまり》だった。
「ああ、それか。雄一がツネコさんの店で見せてくれたもんだよ。あいつも大学で拾ったとか言ってたが、どうも俺が間違えて持ってきたらしいな」
部屋から出て行きながら吾郎は言った。
「それがどうかしたの」
葉《よう》は答えなかった。葉の肩越しに、裕生《ひろお》はその丸いものを覗《のぞ》きこむ。暗い灰色で鈍く光っている。多分《たぶん》、鉄の塊《かたまり》だろう。完全な球体というわけではなく、一部が少し盛り上がっているし、無理に引き剥《は》がしたようなささくれた跡も残っている。なにに使うものなのかはよく分からなかった。なにかを象《かたど》ったものなのかもしれない。
「なんだろうね、これ」
やはり葉の答えは返ってこない。彼女の白い肩が小刻みに震《ふる》えていた。
吾郎《ごろう》がテーブルにその鉄片を置いた瞬間《しゅんかん》、葉はもう少しで声を上げるところだった。彼女の頭の中でなにかがびりっと鳴った。裕生と吾郎の会話も頭に入らなくなった。
(それからカゲヌシの気配《けはい》がします)
「黒の彼方《かなた》」の声が聞こえた。本当のことなのか、容易に信じられない葉が黙《だま》っていると、
(本当です)
と、また声が聞こえた。しかし、その後は何を尋ねても答えは返ってこなかった。
葉はその奇妙な鉄の球体を手にとると、目を閉じて意識《いしき》を集中する——しばらく時間はかかったが、再び頭の中でまた電気に触れたような刺激《しげき》が走った。彼女はびくんと体を震わせる。
「雛咲《ひなさき》、どうかしたの」
裕生が心配そうに葉の顔を覗きこんでいる。
「あの……」
そう言いかけて、彼女は口をつぐんだ。吾郎は確かに「雄一《ゆういち》が大学で拾った」と言っていた。雄一は東桜《とうおう》大学に通っている。はっきり分からないが、彼の周囲にカゲヌシとの契約者がいるとしか考えられなかった。
想像したくはなかったが、ひょっとすると雄一本人が——。
顔を上げると、裕生と目が合う。確信《かくしん》が持てるまで、裕生や吾郎に言うわけにはいかないと思った。「黒の彼方」の言うことがどこまで本当なのかも分からない。
「わたし、今夜は帰ります」
その奇妙な鉄塊《てっかい》を握りしめながら、葉は立ち上がった。
(それからカゲヌシの気配《けはい》がします)
「黒の彼方《かなた》」の声が聞こえた。本当のことなのか、容易に信じられない葉が黙《だま》っていると、
(本当です)
と、また声が聞こえた。しかし、その後は何を尋ねても答えは返ってこなかった。
葉はその奇妙な鉄の球体を手にとると、目を閉じて意識《いしき》を集中する——しばらく時間はかかったが、再び頭の中でまた電気に触れたような刺激《しげき》が走った。彼女はびくんと体を震わせる。
「雛咲《ひなさき》、どうかしたの」
裕生が心配そうに葉の顔を覗きこんでいる。
「あの……」
そう言いかけて、彼女は口をつぐんだ。吾郎は確かに「雄一《ゆういち》が大学で拾った」と言っていた。雄一は東桜《とうおう》大学に通っている。はっきり分からないが、彼の周囲にカゲヌシとの契約者がいるとしか考えられなかった。
想像したくはなかったが、ひょっとすると雄一本人が——。
顔を上げると、裕生と目が合う。確信《かくしん》が持てるまで、裕生や吾郎に言うわけにはいかないと思った。「黒の彼方」の言うことがどこまで本当なのかも分からない。
「わたし、今夜は帰ります」
その奇妙な鉄塊《てっかい》を握りしめながら、葉は立ち上がった。