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シャドウテイカー アブサロム15

时间: 2020-03-27    进入日语论坛
核心提示:7 葉は静かに目を開ける。辺りは真っ白になっていた。自分のすぐ近くにいた裕生《ひろお》も、「黒の彼方《かなた》」も見分け
(单词翻译:双击或拖选)
 葉は静かに目を開ける。辺りは真っ白になっていた。自分のすぐ近くにいた裕生《ひろお》も、「黒の彼方《かなた》」も見分けられない。手を伸ばしても、伸ばした手がどこにあるのかも分からなかった。白い目隠しをされたようだった。
彼女は自分の体に触れて確《たし》かめたが、どこにも怪我《けが》はない。彼女を呑みこんだのはただの冷たい空気で——。
「霧《きり》……」
彼女の周囲には、白い霧が立ち込めている。ボルガには水を操《あやつ》る力がある、と茜《あかね》は言っていた。それなら、霧を作り出すこともできるかもしれない。
葉は「黒の彼方」の意識《いしき》を通じて周囲を見ようとする——しかし、五感のレベルは「契約者」である葉とほとんど変わりはない。
不意に、危機《きき》のイメージが彼女の中に流れこんでくる。
『私から離《はな》れなさい』
彼女のカゲヌシが語りかけてくる。その意味を理解する前に、霧の中からボルガの爪《つめ》が現れて黒犬《くろいぬ》の右肩を裂いた。右肩にはまだ治りきらない傷がある。そこをさらに抉《えぐ》られ、「黒の彼方」と葉の口から同時に声が洩《も》れた。
葉は自分の肩をおさえてうずくまる。彼女も激痛《げきつう》を味わうことになった。双頭の犬が反応する前に、敵《てき》は再び霧の中に溶けていく。
(どうして場所が……)
葉ははっとした。カゲヌシ同士は本来、視覚や聴覚《ちょうかく》に頼らなくとも互いの存在を感じ取ることができる。しかし、「黒の彼方」はその力を使えない。つまり、向こうからはこちらの場所を知ることはできるが、こちらからは分からないのだ。
(どうしよう)
葉の思考が乱れる。彼女に分かるのは、自分と繋《つな》がっている「黒の彼方」との位置関係だけだった。
『あなたは役に立たない。敵につかまらないようにして下さい』
立ち上がろうとした瞬間《しゅんかん》、今度は背中に激痛《げきつう》が走った。「黒の彼方《かなた》」の背中が抉《えぐ》られたのだ。彼女は必死に悲鳴をこらえる。
白い霧《きり》の中に倒れこむ葉《よう》を、誰《だれ》かの腕がつかまえた。
「雛咲《ひなさき》」
すぐ目の前にあったのは、裕生《ひろお》の顔だった。
「大丈夫?」
そう離《はな》れていない場所から、「黒の彼方」の咆哮《ほうこう》と鳥の羽ばたきの音が聞こえる。二匹が戦っているに違いない。この「霧」があの黒犬《くろいぬ》の目をくらますためだということは分かっていた。
「足音を立てないように歩いて」
裕生は小声で言った。彼は靴《くつ》を脱いでいる。葉の肩を抱くようにして、裕生は視界の利《き》かない屋上をゆっくりと進み始めた。ほとんど目をつぶって歩いているも同然だったが、素足《すあし》の指先がコンクリートのつなぎめを踏《ふ》んでいる。彼は屋上のつなぎ目の位置関係をぼんやりと憶《おぼ》えていた。それを頼りに、葉のところまでたどり着いたのだった。
あとは校舎へのドアに向かうだけだ。さっきから離れたところで、犬の唸《うな》り声が聞こえた。葉がまたふらりとよろける。気にはなったが、怪物同士の戦いは放っておくつもりだった——もともと、裕生の望みは「黒の彼方」から葉を解放することにある。あの犬が倒されたところで、葉さえ無事なら問題はなかった。
裕生の手が不意に硬いものに触れる。どうやら、コンクリートの壁《かべ》にたどり着いたらしい。裕生は指を滑らせて、鉄製のドアを探り当てる。
かすかにドアノブが音を立てただけで、ドアにはカギがかかっていた。
「そこね、閉まってるから」
すぐ近くから茜《あかね》の声が聞こえて、裕生は立ちすくんだ。
「さっき、カギ閉めちゃったから。だからもうダメ。逃げられない」
自信たっぷりに茜が言う。すぐ隣《となり》にいた葉が、その場に座りこみそうになった。裕生は葉の体を支えながら、声の聞こえる方に向き直った。
「じゃ、その子渡してくれる?」
裕生はむかむかと腹が立ってきた。
「いい加減にしろよ!」
と、裕生は叫んだ。
「ぼくたちになんの恨みがあるんだよ!」
「なんの恨みって当たり前でしょ。あたしの家族を殺したくせに」
「雛咲は誰《だれ》も殺したりなんかしてない!」
と、裕生は叫んだ。
「なんで分かんの! その子と一緒《いっしょ》にいる怪物も、人間を食べるんでしょ」
「あれは他《ほか》のカゲヌシを食べるんだ! 普通のカゲヌシじゃない」
沈黙《ちんもく》。ちょっと考えこむような気配《けはい》があった。
「……じゃあ、その子なにしに来たわけ?」
「だからさっきも言っただろ……他のカゲヌシにとりつかれてる人間を助けに来たんだよ」
再び沈黙が流れた。今度はさっきよりも考える時間が長かった。
「あ、そうだ。これ」
裕生《ひろお》はポケットから例の丸い鉄球を出して、彼女の声が聞こえる方へ転がす。かつんと音が聞こえた。彼女のサンダルに当たって止まったらしい。
「それはこの大学のこの場所に落ちてたんだ。なにに使うものか分からないけど、カゲヌシの契約者が落としたんだよ。ぼくたちは、それを落とした人を探しに来た」
顔は見えないが、どうやら真剣に考えこんでいるらしい。その時間があまりに長かったので、ひょっとするといなくなってしまったのかもしれないと思った時、
「……これがなんなのか、ほんとに分かんないの」
白い空気の向こうから、今までとはまったく違うかすれた声が聞こえた。
「え?」
裕生は思わず聞き返した。分かって当然だと言われている気がした。
周囲の霧《きり》がゆっくりと薄《うす》らいでいく。茜《あかね》のシルエットがゆっくりと現れてきた。いつのまにか、ボルガもその背後に戻ってきていた。
「ごめんね。間違えちゃったかも」
「……」
当然ながら、裕生の怒りは収まらない。葉《よう》は裕生の肩に顔を伏せたままだった。誤解が解けなければ、葉は殺されていたかもしれないのだ。
「詳しい説明が聞きたいんだけど」
と、裕生は言った。
「うん。そうだね。それが……」
不意に葉が顔を上げて、突き飛ばすように裕生の肩から離《はな》れた。裕生はよろけてたたらを踏《ふ》む。
「雛咲《ひなさき》?」
彼女は答えなかった。歯を食いしばって体を小刻みに震《ふる》わせている。裕生が彼女の肩に触れようとした瞬間《しゅんかん》、霧の向こうから双頭の犬《いぬ》が現れ——茜に飛びかかった。
 葉は苦痛も忘れて、迫りくる黒い犬の前に立ちふさがった。霧の中から現れた「黒の彼方《かなた》」は、全身のあちこちを切り裂かれており、傷口からは黒い血がにじんでいる。
傷の深さのわりに、血の量はわずかだった。もっとも、「血」といっても体中を循環《じゅんかん》しているわけではない。カゲヌシは外見上はともかく、こちらの世界の動物とは身体構造が異なる。
葉《よう》の意識《いしき》には、「黒の彼方《かなた》」の凍《こお》りつくような殺意が堰《せき》を切って流れこんでくる。外傷は「エサ」を食わない限り回復しない。それだけにケガをした今は「エサ」を欲しているのだ。
(だめ!)
その殺意に呑《の》みこまれそうになりながら、葉は自分自身と「黒の彼方」の双方に向かって念じた。双頭の怪物は彼女の呼びかけに応《こた》えず、片方の首を振って彼女を突き飛ばそうとする。しかし、葉はその首をしっかりとつかんだ。たちまち彼女の小柄な体はずるずるとコンクリートの上を引きずられる。
「……待って!」
「黒の彼方」は天内《あまうち》茜《あかね》ごとボルガを殺すつもりだった。苦痛と空腹と怒りで我を忘れている。このままでは葉自身が意識《いしき》を乗っ取られるかもしれない。そうなったら、本当にこの怪物を抑えきれる人間はいなくなる。
「ここから早く逃げて」
と、葉は悲鳴のように呟《つぶや》いた。
「お願い」
一瞬《いっしゅん》、葉の気が遠くなった。「黒の彼方」はじりじりと茜の方に進む。彼女は迷っているそぶりを見せた。
「……雛咲《ひなさき》の言うとおりにしてくれる?」
裕生《ひろお》が促すと、茜はボルガを従えたまま校舎のドアに駆け寄った。ボルガの体当たりでドアが開く。そして、彼女の足音が遠ざかっていった。
葉は顔を上げる。裕生が「黒の彼方」の行く手をふさいでいる。「黒の彼方」の中で、ボルガを遠ざけた裕生への怒りが膨《ふく》れ上がっているのが分かる。葉が意識を失えば、裕生もただでは済まないはずだ。万が一、自分が裕生に害を与えたら、という恐怖が彼女をとらえた。
「……先輩《せんぱい》も逃げ」
「ぼくは行かないよ」
葉が言い終える前に、裕生は首を振った。「黒の彼方」の怒りに燃《も》えた目が彼を見ていた。よく見ると、裕生の肩が小刻みに震《ふる》えている。恐怖を感じていないわけではないのだ。
「雛咲を一人にはしない。そういう約束だろ」
その言葉を聞いた途端《とたん》、時間が止まったような気がした。屋上に広がっていた霧《きり》は、半ば消えかけている。太陽が二人の頭上に戻り、夏の強い日差しが彼らを照らしていた。
葉は深く息を吸い、強く念じる。
(……戻って)
あの茜はボルガというカゲヌシを、意のままに動かしていた。と、いうことは、葉にもこの「黒の彼方《かなた》」を、彼女自身の意志で影《かげ》に戻すことができるはずだ。
(戻って)
そう思うたびに、きりきりと頭が締《し》めつけられるように痛んだ。頭の中で荒れ狂っているものがある。自分の中に潜《ひそ》むもう一つの意志。膨《ふく》れ上がったその塊《かたまり》は彼女の意識《いしき》を押しつぶしかけていたが、彼女は同じ言葉を心の中で何度でも繰り返す。
(戻って……戻って……戻って)
気がつくと「黒の彼方」は消えていた。コンクリートの上に自分の影が伸びているだけだった。
安心すると同時に、彼女の目の前が暗くなった。
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