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シャドウテイカー アブサロム28

时间: 2020-03-27    进入日语论坛
核心提示:1 その日、彼はトレーニングウェア姿で出かけた。大きめのウエストポーチを身に着けている。マンションに到着したのは朝だった
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 その日、彼はトレーニングウェア姿で出かけた。大きめのウエストポーチを身に着けている。
マンションに到着したのは朝だった。出勤や通学に外へ出る住人とすれ違いで、ジョギングから帰ってきたようにマンションに入る。マンションの入り口のオートロックは、ほとんどはこの方法で突破できる。特殊な技能を要する方法はなるべく使わない方がいい。単純な方が露見《ろけん》しにくいからだ。
重要なのは犯行時間に近づいてから建物に入るのを避《さ》けることだった。入り口にセキュリティのあるマンションは、一度中に入ればかえって人目は少ない。後は隠れる場所を見つけて、辛抱《しんぼう》強く待てばいい。
彼は最上階からさらに屋上に向かう階段の踊り場に身を潜《ひそ》めた。既《すで》に標的《ひょうてき》に対する情報はつかんでいる。労力さえ惜しまなければ、個人情報を調《しら》べ上げるのはさほど難《むずか》しくはない——四人家族。両親と妹と一緒《いっしょ》に暮らしている。名前は天内《あまうち》茜《あかね》。
今日は彼女の誕生日《たんじょうび》で、比較的早く帰ってくるはずだ。数分前、彼は通学途中の天内姉妹とマンションのそばですれ違っていた。断片的に耳に入ってきた二人の会話では、茜は寄り道をしないよう妹に念を押されていた。
午後七時|頃《ごろ》、彼は立ち上がると、階段で五階に降りた。そして「天内」という表札のかかったドアの前に立つ。彼はインターフォンを押した。
「はい」
まだ幼さの残る女の子の声が聞こえる。おそらく、中学生の妹だろう。彼女の姉が中にいるかどうかは確認できなかったが、時間帯としてはいてもおかしくはないだろう。
「こんばんは。このたび四階に引っ越して参りました杉倉《すぎくら》と申しますが、ご挨拶《あいさつ》に伺《うかが》いました」
引っ越しの作業中なら、トレーニングウェアは不自然ではない。しかし、最近ではこの方法でもなかなかチェーンを外そうとしない家もある。その場合は計画を中止して、ウェストポーチに入っているデパートの商品券を渡して立ち去るつもりだった。
かすかな足音が近づいてきた。緊張《きんちょう》をおもてに出さずに彼は待ち構《かま》える。足音が止まる。やがて鍵《かぎ》を開ける音が聞こえた。
「お忙しいところ申し訳ありません」
ドアが開いた瞬間《しゅんかん》、彼は微笑《ほほえ》んだ。チェーンは外されていた。さりげなく靴《くつ》の先をドアの敷居《しきい》の中へ差しこんだ。
「……十五歳の時、ぼくは初めて人を殺そうとした」
震《ふる》えている天内《あまうち》小夜《さよ》を、彼は見下ろしている。
「君みたいに細い三《み》つ編《あ》みをした女の子だ。邪魔《じゃま》が入ったから、一命は取り留めたけれどね」
彼のトレーニングウェアは血まみれで、特に肉厚のハンティングナイフを握りしめた右手は、赤く染め上げたようだった。ただし、指紋が残らないよう両手には医療用《いりょうよう》のゴム手袋をはめている。
「ぼくの父は牧師をしていた。町の人たちから尊敬される名士だったと思う。でも、ぼくの起こした事件のせいで、牧師の職《しょく》も辞《や》めざるをえなくなった。ぼくたちは人里|離《はな》れた家に引っ越した。多分《たぶん》、父はそこでぼくを更正させるつもりだったんだろうな」
小夜は自分の部屋の床に腰を下ろしている。彼女のTシャツの肩は切り裂かれて、血に染まっていた。致命傷ではないが、おさえた傷口から血が腕を伝っている。
「何ヶ月もぼくは父と話し合ったよ。そんなことをした原因はなんなのか、どうして彼女を憎むことになったのか、ぼくの犯した罪はどういうものなのか……すべては無意味だった。ぼくの行為は原因や憎悪や罪悪といったものとは関係なかったからね。ぼくは自分のねがいを叶《かな》えただけだったんだ。それより先に原因なんかなかった」
指先から落ちた彼女の血は、フローリングの上に丸い跡を作っている。彼はそれをじっと見つめていた。
「気が遠くなるほど話し合った後《あと》で、お前は悪魔《あくま》なのかもしれない、とぼくの父は言ったよ。お前は絶対の悪かもしれないってね。多分、あの時にはもう父はもう壊《こわ》れていたんだろうな。その晩、彼は首を吊《つ》って自殺した」
小夜の目はどこも見ていない。悲鳴を上げることも忘れてしまったようだった。リビングとキッチンには、彼女の両親が倒れている。もう始末すべきなのは彼女一人だった。
「彼の遺品の中に日記があった。その日記にはぼくのことばかり書いてあったよ。ぼくの名前のところには『アブサロム』と書かれていた。父は心の中でぼくをそう呼んでいたんだ」
相手が聞いているかどうか、確《たし》かめもせずに彼は話し続けていた。
天内|茜《あかね》は不在だったが、小夜の澄《す》んだ目は気に入った。すぐにこの少女を殺して立ち去るべきだということは分かっている。今、この瞬間《しゅんかん》に茜が戻ってくる事態だけは避《さ》けなければならない——しかし、今夜に限っては話を止めることができなかった。
「アブサロムは残忍な性格だった。そんなアブサロムを父親は心から愛していた……自分を殺そうとしたアブサロムのために父親のダビデは泣くんだ。ぼくは人の心のそういう動きが好きだ。自己|犠牲《ぎせい》と感情移入だよ」
彼は刃《やいば》を彼女の目の前に突きつけた。ぎこちなく彼女は首を動かして、彼を見上げた。
「死にたくないかい?」
小夜《さよ》はかすかに頷《うなず》いた。
「じゃあ、選択肢を与えよう。君を殺さない代わりに、君の姉さんが帰るのを待って彼女を殺す。姉さんを殺さないのであれば、今すぐ君を殺す……どっちがいい?」
 彼は小夜の部屋のドアを後ろ手に閉めた。シャワールームに行き、服の上からざっとシャワーを浴びて血を落とす。それからウェストポーチに入っていた別のトレーニングウェアに着替え、今着ている方をしまった。
自分の体を点検する。どこから見ても人を殺したようには見えない。最後に家中を見て回ったが、大きな問題はなかった。床に描いた血文字は天内《あまうち》茜《あかね》に残したメッセージのつもりだったが、警察《けいさつ》の捜査の助けにはならないだろう。自分とあの文章を結びつけるものはなにもないのだから。
「……アブサロムよ、わたしの息子よ」
もう一度彼は呟《つぶや》く。ざわりと彼の胸が騒《さわ》いだ。
(人間同士の結びつきは濃《こ》い)
彼は自分を「人間」だとは認識《にんしき》していなかった。彼には自分の生死を超えて守るべき者はいない。彼を守ろうとする者もいないはずだ——父親が死んでからは。それを思うとまた奇妙に胸が騒いだ。
リビングの明かりを消し、玄関へ向かった。もうここには用事はない。長女の部屋の前を通り過ぎた時、彼ははっと息を呑《の》んだ。
ドアが開いていた。
彼は立ち止まる。この家には三人しかいなかったはずだ。すべての部屋を確《たし》かめたのだから間違いはない。彼の気づかないうちに長女が帰ってきたということもありえなかった。
彼は後戻りをして、部屋の中を覗《のぞ》きこんだ。
床の上には、黒い卵が一つあった。さっきまでは確かにそんなものはなかった。彼は部屋に足を踏《ふ》み入れる。不安も恐怖も感じなかった。その卵は自分を呼んでいる——いや、むしろ彼の呼びかけに応じて現れたような気がした。
ぴしり、と卵の表面にひびが入る。彼の口元に笑みが浮かんだ。中にいるものが現れる瞬間《しゅんかん》を、不思議《ふしぎ》な喜びとともに待った。
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