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シャドウテイカー アブサロム38

时间: 2020-03-27    进入日语论坛
核心提示:1 いつのまにか裕生《ひろお》は天井《てんじょう》に開いた穴を見ている。どこかから硬いものをぼきんと折る音が聞こえた。背
(单词翻译:双击或拖选)
 いつのまにか裕生《ひろお》は天井《てんじょう》に開いた穴を見ている。どこかから硬いものをぼきんと折る音が聞こえた。背中には床があり、シャツ越しに尖《とが》ったコンクリートの破片が当たって痛かった。
(……あ)
ばらばらにほどけていた五感が、不意に一つの思考にびしりとまとまった。自分はカゲヌシにつかまって、全身を金属に変えられていた。慌《あわ》てて両手で体中に触れたが、どこにも異変はなかった。元通りの生身《なまみ》の体だった。
ぼきん、とまた鈍《にぶ》い音が聞こえた。
裕生は首を動かして、その音の方を見る。
そこにあったのは首のない人間の胴体だった。「黒の彼方《かなた》」が右腕を食いちぎったところだった。
「うわっ!」
裕生はがばと起き上がって後ずさりをする。しかし、よく見ればその胴体の傷口からは、黒い体液がかすかに流れている——人間ではなかった。「アブサロム」の死体だ。
(……勝ったんだ)
人間を食っているのではないと分かっていても、見るに耐えない光景だった。胃の奥から吐き気がせり上がる。裕生は口を押さえてその場にうずくまった。
「あなたには礼を言わなければなりません」
いつのまにか、すぐそばに葉《よう》が立っていた。唇に笑みを貼《は》りつけたまま、裕生を見下ろしている。しかし、目は笑っていなかった。
「今日だけで二体のカゲヌシを倒すことができました」
別にこのカゲヌシに餌《えさ》をやるつもりだったわけではない。あくまで葉を助けるため、葉が助けようとしているカゲヌシに取りつかれている人間を助けるためだった。そう言おうとした時、「黒の彼方」の下でアブサロムの死体がぴくりと動いた。裕生は文字通り飛び上がりそうになった。
「……生きてる?」
「司令塔が失われていますからそう長くは保《も》ちませんが、しばらくは活動しています。カゲヌシの細胞は人間などと違って、もともと独立性と汎用性《はんようせい》が高い。だからこそ形態が変化しても生きられる」
「黒の彼方《かなた》」は死体を口の中に入れてはいるが、よく見ると咀嚼《そしゃく》はしていない。口の中に押しこまれるたびに、全身に波のような震《ふる》えが広がるだけだった。多分《たぶん》、動物のような内臓《ないぞう》があるわけではないのだろう。そういえば、ヒトリムシと戦った時にも、相手の体を全身の毛を使って取りこんでいた。
アブサロムの方も、体はバラバラの状態でも血液はほとんど流れていない。こちらの世界の生き物のように、心臓を使って血液を循環《じゅんかん》させているわけではないのだ。
「後であの天内《あまうち》茜《あかね》に、鳥を出すよう言ってもらえますか。彼女の影《かげ》の中にボルガが戻ってしまいましたので」
「……戻った?」
「わたしはボルガに致命傷を与えましたが、取りこむ暇まではなかった。カゲヌシが意識《いしき》を失った場合、時間が経《た》つと自動的に『契約者』の影に戻ってしまいますからね」
葉《よう》の口を借りた「黒の彼方」は得々と説明している。裕生は不快感を隠《かく》せなかった。自分が協力することが、まるで当然のような態度だった。
(……でも、さっきはぼくを助けた)
自分は人間を殺さない、とさっきは言っていた。どこまで信じていい話なのだろう。
「アブサロムの本体は?」
と、裕生《ひろお》は言った。天内茜がボルガと一緒《いっしょ》にいたのは、自分の家族の敵《かたき》を討《う》つためだ。カゲヌシを倒したところで、本質的な解決にはなっていない。
答えはなかった。しばらく間が開いてから、葉が言った。
「……後で探しましょう。わたしが引き受けます」
「黒の彼方」は顔も上げずにカゲヌシを食っている。残っているのはわずかな胴体と、例の左腕の部分だけだった。一気に食べてしまおうとしているのは、おそらく放っておけば「契約者」の許《もと》に戻ってしまうからだろう。
「どうしてぼくを助けたんだ?」
「もともとわたしは人間を殺すのは好まない。さっきもそうこのカゲヌシに説明したはずですが?」
「……雛咲《ひなさき》は?」
「ご心配なく。しばらくすれば、彼女は目を覚まします。そういう契約になっていますから」
と、打てば響《ひび》くように葉の方が答える。裕生は思わずはっとした。
「契約?」
「そうです。彼女はわたしと新しい契約を結びました。完全にわたしに体を明け渡すかわりに、時間が経つと目覚めるようになっています。その代わりに、わたしは今持っている力を全《すべ》て出して戦えるというわけです」
裕生《ひろお》は葉《よう》が捕らえられている時のことを思い出した。あの時、確《たし》かに「契約」という言葉を呟《つぶや》いていた。おそらく、「人質《ひとじち》になる」という裕生の言葉で決心したのだろう。
(ぼくのためだったんだ)
裕生の胸が締《し》めつけられるようだった。自分が自分でなくなることを、誰《だれ》よりも恐れているのは葉のはずだ。それなのに、条件つきとはいえ自分の体を明け渡したのだ。
(わたしのこと、もう『雛咲《ひなさき》』って呼ばないで)
葉の声がふと蘇《よみがえ》る——あの言葉には大事な意味があったのだ。
「……嘘《うそ》だろ」
裕生が言うと、ぴたりと黒い犬《いぬ》が動きを止めた。
「どういうことですか?」
苛立《いらだ》ちを隠《かく》せない声が、彼女の口から洩《も》れる。「食事」に気を取られて、喋《しゃべ》りすぎたことに気づいたのかもしれない。
「お前はカゲヌシを食い終わったら、ここから逃げるつもりなんだ」
「……」
「『アブサロム』にああ言ったのは、自分のことを知っているか、確かめただけだ。案《あん》の定《じょう》、そいつはお前のことを『同族食い』ってこと以外は、なにも知らなかった」
あれは「アブサロム」だけではなく、裕生に向けた嘘でもあったのだろう。彼を油断させるための言葉に違いなかった。
「お前はぼくや雛咲を何度も脅《おど》してる。人間の命を自分の意志で守ったりしない」
「……でも、わたしはあなたを助けましたよ」
裕生《ひろお》は首を振った。
「それはお前の意志じゃないんだ。もし、お前に体を明け渡したんだったら、雛咲が『時間』なんて条件をつけるはずがない。そうなったら、お前は平気で人間を殺す」
彼が一歩前に踏《ふ》み出すと、気圧《けお》されたように「黒の彼方《かなた》」が下がった。
「だから、雛咲は別の条件をつけたはずだ。雛咲はカゲヌシに取りつかれた人間を助けるつもりだって言ってた。だから、新しい条件は——」
裕生は深く息を吸った。
「『人間を助けること』」
相手は黙《だま》りこんだ。これ以上の否定は無駄《むだ》だと悟ったのか、あるいは自分に有利な状況を生み出すような嘘を考えているのかもしれない。
「お前は雛咲葉と契約を結び直したかわりに、人間を殺せなくなった。だからお前は仕方なくぼくを助けた。これからも人間を助けざるを得ない。そして雛咲は」
不意に彼は口をつぐんだ。そういえば、その呼び名はもう使わないと彼女に約束したばかりだった。
「……葉《よう》は一度お前を呼び出したら、目を覚まさない。ぼくが名前を呼ばない限り」
彼女は一人ではなくなったと言った。あれは裕生《ひろお》に向けた言葉でもあった気がする——一人にしないでほしい、と。
突然、葉がくるりと背中を向けた。この場から逃げ出すつもりなのだ。それは裕生も予想していた。契約を覆《くつがえ》すことなく、自由を得るにはそれしか方法がない。
しかし、下への階段に行き着く前に、裕生は彼女に向かって叫んだ。
「葉!」
彼女の足がぴたりと止まった——。
裕生はゆっくりと彼女に近づいていった。これが自分の役割なのだと彼は思った。
決して彼女のそばから離《はな》れないこと。彼女の名前を呼ぶこと。
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