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シャドウテイカー フェイクアウト10

时间: 2020-03-29    进入日语论坛
核心提示:5 ふと我に返ると、皇輝山《おうきざん》天明《てんめい》はどこかの門前に立っていた。「どこだ、ここは」と、天明はつぶやい
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 ふと我に返ると、皇輝山《おうきざん》天明《てんめい》はどこかの門前に立っていた。
「どこだ、ここは」
と、天明はつぶやいていた。
鶴亀町のどこかであることは間違いないらしい。ほとんど太陽の沈みかけた西の空に、鶴亀山のシルエットがぼんやり浮かんでいる。路肩《ろかた》には彼の車が停《と》めてあった。
俺《おれ》はなにをやっているんだ、と、天明は思った。
彼はぴったりした黒のスーツを着ている。ネクタイもYシャツも黒一色で、まるで彼自身が影《かげ》のようだった。
夕方にホテルを出たのは憶《おぼ》えている。入り口で従業員がスプレーの落書きを消していた。斜《なな》めに傾いた正方形の中に黒い点——それが「サイン」であることは天明にも分かっていた。しばらくそれを眺めてから、彼は自分の車でここへ来た。
これといった特徴のない二階建ての家だった。二階のベランダにはしまい忘れた青いシーツが生ぬるい風にたなびいていた。錆《さ》びたフェンスの隙間《すきま》から、真っ白い猫がするりと敷地《しきち》の中へ入っていくところだった。フェンスの向こうには小さな庭が見える。
門柱の表札には「大久保《おおくぼ》」という苗字《みょうじ》があり、その隣《となり》には「大久保ピアノ教室」というプレートもかかっている。
「……あの女の家か」
数時間前に「影《かげ》を見通して」やったあの女。庭の一隅《いちぐう》に赤いレンガで囲われた場所があり、目に染《し》みるような鮮《あざ》やかな黄色《きいろ》の花が咲いていた。
天明《てんめい》はふらふらと門を開けて中へ入る。
(なにをしに来たんだろうな)
最近、物覚えが悪くなっている。いや、ところどころの記憶《きおく》が消えているのだ、思い出せない昔のことがいくつもある。時々、自分の頭が自分のものではないような気さえする——この数ヶ月、彼と一緒《いっしょ》にいる「あれ」のせいだということは分かっていた。
この皇輝山《おうきざん》天明の分身。龍子主《たつこぬし》。
彼はまっすぐに庭の奥へ向かった。庭に面した部屋の窓は開け放たれていて、その中は和室になっている。
例の花壇《かだん》の前で片膝《かたひざ》をついた。黄色い花弁の群れをかき分け、目を近づける——一輪《いちりん》だけ茎の半《なか》ばからもぎ取られていた。
(悪くない仕事だ)
天明は苦笑する。しかし、ここへやって来たのはその確認《かくにん》のためではないはずだ。
「……誰《だれ》?」
家の方から鋭《するど》い声が響《ひび》く。天明はふわりと立ち上がった。
「え、天明先生! どなたかと思いました」
窓のそばに大久保|尚子《なおこ》が立っていた。
「こんばんは」
と、天明が言った。尚子は頭を下げる——どうして、この人は庭にいるんだろう。
黒ずくめの服も気になった。暮れかかった庭に立っている姿は、昼間会った時とは別人のようだった。
「つかぬことをお聞きしますが、わたしはあなたに電話をしましたか?」
尚子は噴《ふ》き出しそうになった。
「いいえ。電話をしたのはわたしの方ですけど」
昼間言われた通り、彼女は天明に電話で「相談《そうだん》」を持ちかけたのだった。夫を亡《な》くし、独《ひと》り身の生活を送っていること、財産といえば持ち家があるだけで、近所の子供にピアノを教えて生計を立てていること、親戚《しんせき》や友人が再婚しろとうるさいこと——我ながら取るに足《た》らない悩みだと思いながら話したが、相手はどんなことも親身になって聞いてくれた。
「それで、わたしはあなたに呼ばれたんでしょうか?」
尚子《なおこ》は一瞬《いっしゅん》言葉を失った。
「嫌《いや》だわ。大事な話があるからすぐにいくっておっしゃったのは先生の方ですよ」
「なんの話をするか、わたしはあなたにご説明しましたか?」
少し話の内容がおかしい気もしたが、この質問もなにかのテストなのかもしれないと思い直した。昼間、この天明《てんめい》の発揮《はっき》した「影《かげ》を見る力」は彼女に畏怖《いふ》の念を植えつけていた。
「確《たし》か……『カゲヌシ』でしたかしら。そのことについて大事な話をしたい、と」
「なるほど。一人で待っているように、と言ったのかな?」
「ええ……なんでも、他人《ひと》に話すとその人に害が及ぶので、口外しないようにと」
「ああ、やっぱりそうか。それで分かりました……ハハハハハ!」
突然、背筋《はいきん》を反《そ》らして天明は哄笑《こうしょう》した。どことなく品のない笑いだったが、あまりにも楽しそうだったので、つられて彼女も笑顔《えがお》になった。
「いやあ、申《もう》し訳《わけ》ない。ようやく思い出しました。そう、確かにわたしはカゲヌシの話をしに来ました」
「とにかく、お上がりになりませんか? お話は家の中で」
「その話の後で、奥さんを殺します」
彼女の笑《え》みがこわばった。
聞き間違いに決まっているが——殺します、と確かに言った気がした。相変わらず、顔には人なつっこい笑みを浮かべている。
「…………え?」
「だから、お前を食い殺すんだよ……こんな風にな」
天明はかちかち、と歯を鳴らして見せた。笑顔はそのままで、口調《くちょう》だけががらりと変わっていた。
「俺《おれ》の言っていたことは全《すべ》て嘘《うそ》だ。カゲヌシは負の力なんかじゃない。実在する異世界の怪物の総称だ。ヤツらは人と契約を結ぶ……その人間のねがいに応じて」
尚子は口を開けたまま、その場に突っ立っていた。相手がなにを言っているのか、まったく理解できなかった。
「俺のねがいはカゲヌシを呼び、俺は契約を結んだ。俺のねがいの象徴は『皇輝山《おうきざん》文書』。昔、俺の見た悪い夢だ。俺はカゲヌシと常に共にある」
天明は一端《いったん》言葉を切り、大きく息を吸いこんだ。
「『龍子主《たつこぬし》』!」
突然、太い声で叫んだ。尚子はぴくりと体を震《ふる》わせて、アルミサッシをぎゅっと握りしめた。
「……俺《おれ》がこんな風に名を呼ぶと、カゲヌシは現れる。さて、俺の話はこんなところだ」
天明《てんめい》はじりっと窓の方へ一歩進んだ。真っ白になっていた彼女の頭に、冷たい水のように恐怖が流れこんで来た。この男は確《たし》かに「カゲヌシの話が終わったら殺す」と言っていた。
なにかの間違いだとは思う——そうは思うが、もう一歩天明がこちらへ近づいたら、窓を閉めて鍵《かぎ》をかけるつもりだった。この家ではピアノの音が洩《も》れないように、外に面した窓には分厚い二重ガラスを入れている。そう簡単《かんたん》に窓から侵入されることはないはずだ。玄関の鍵はかけてあるし、今一階で開いている窓はここだけだ。
「俺のカゲヌシはいつも飢《う》えている。お前はエサだ。それ以外になんの価値もない」
突然、天明は窓の方へ走って来た。男の伸ばした手がサッシをつかむ寸前、尚子《なおこ》は窓を閉めて錠《じょう》を下ろした。天明はにやにや笑いを顔に貼《は》りつけたままガラスに両手をついた。妙に生白《なまじろ》く大きな手のひらが、ガラスの向こう側にべったりと貼りついている。
尚子はぶるっと全身を震《ふる》わせて、畳《たたみ》の上を一歩下がる。心臓《しんぞう》が胸を突き破りそうだった。とにかく一刻も早く警察《けいさつ》を呼ばなければ——。
かり、と畳をひっかく音が背後《はいご》から聞こえた。
尚子は凍《こお》りついたように立ちすくんだ。この部屋の中に何者かがいる。もちろん天明ではない。別の誰《だれ》か。天明は一人で来たのではなかったのだ。
(俺はカゲヌシと常に共にある)
ふと、天明の言葉が尚子の頭をよぎった。一体それがなにを意味するか、もちろん尚子には分からない。しかし、天明になにかまともではない力が備わっていることは彼女にとって疑いようのない事実だった。
(こんな風に名を呼ぶと、カゲヌシは現れる)
彼女の体が再びぶるっと震えた——あの男は「龍子主《たつこぬし》」という名を口にした。
すでに名は呼ばれたことになるのではないか。
本能が背後を確かめることを拒否している。しかし、そうしなければこの部屋を出ることはできない。
彼女は勇気を振り絞って振りかえった。
「……あ」
尚子のすぐ目の前で、奇妙な生き物が首をもたげていた。胴体は牛馬を連想させるほど太い。途中《とちゅう》からくの字に折れ曲がった四本の手足は、不気味なほど人間に似た長い指で畳表《たたみおもて》をつかんでいる。そして全身を覆《おお》う黒いうろこ。胴体から境目なく伸びた長い尾は、四方の壁《かべ》に沿うように丸まっていた。
裂け目に似た口から、二股《ふたまた》になった舌が一瞬《いっしゅん》だけちろりと伸びた。鈍《にぶ》く光っている黒い二つの目が、無表情に彼女の顔を見ていた。
巨大な黒い蜥蜴《とかげ》だった。
「そいつが龍子主《たつこぬし》だ」
天明《てんめい》の声がすぐ耳元で聞こえた。彼女の隣《となり》にいつのまにか天明が立っていた。
「どうやって……」
横目で窓を確《たし》かめる——錠《じょう》は確かに下りたままだった。それなのに、天明は部屋の中にいる。
かちかちかち、とまた天明が歯を鳴らした。
それが合図のように、ゆっくりと龍子主が動き出した。天明の目にはこの蜥蜴《とかげ》の目と同じ黒い輝《かがや》きがある——彼女の本能が、命乞《いのちご》いは無駄《むだ》だと告《つ》げた。この男も人間ではないのだ。
彼女は部屋の隅へと後ずさっていった。
 天明は家の外へ出た。もうすっかり太陽は沈んでいる。
彼は満足していた。後はホテルに戻って眠るだけだ。彼は口元に笑《え》みをたたえながら、停《と》めてある自分の車に近づいていった。
彼の中にいる龍子主も落ち着きを取り戻している。この底なしの食欲を持つカゲヌシにも、例の「計画」の日まで餌《えさ》を与える必要はなさそうだった。
彼は車のドアの前で立ち止まり、ポケットのキーを探る。
(なんのためにわたしの悩みを聞いたの)
死の直前の女の言葉が蘇《よみがえ》り、ふと天明は動きを止めた。笑顔《えがお》がわずかに後退し、眉根《まゆね》に皺《しわ》が寄る。
(殺すつもりなら、どうしてわたしを騙《だま》したの)
「……なんのために」
口の中で天明はつぶやく。あの女の言った通り、殺すだけならあの「ショー」を開く必要などない。龍子主には露見《ろけん》しない方法で「エサ」を得る能力も備わっている。
(俺《おれ》はこんなことをしたかったか?)
舌の奥にかすかな苦《にが》みがある。そういえば、このことは以前にも考えたような気がする。その時、さっと一陣の風が吹《ふ》いて、天明の体がゆらりとかしいだ。
車のルーフに手をついた天明は、我に返ったようにあたりを見回した。
(なにをしてるんだ、俺は)
たった今、なにか考えていたはずだ——しかし、それがなんだったのかははっきり思い出せなかった。
(まあ、いいか)
大した問題ではないだろう。天明の顔に品のない笑みが戻ってきた。
ホテルに戻るべく、天明は車に乗りこんだ。
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