裕生は倒れた葉《よう》を団地に連れ帰った。鶴亀《つるき》神社の宮司《ぐうじ》には、たまたまみちるに用事があって神社に来たら、急に葉の具合が悪くなったと説明した。佐貫も自分の家へ帰り、みちるはそのままバイトを続けた。彼女もショックを受けたはずなのだが、「あたしまでいなくなると困るだろうから」と言って聞かなかった。
葉は夜になっても回復しなかった。時々目を覚ますこともあったが、意識《いしき》がはっきりしないらしく、すぐにまた眠りに落ちてしまう。
雄一《ゆういち》と吾郎《ごろう》が帰って来てから、病院に連れていくかどうかでちょっとした騒《さわ》ぎになった。明日まで様子《ようす》を見ようという裕生の言葉にしぶしぶ納得《なっとく》した。
夕食を終えて裕生が後片づけをしていると、佐貫から電話がかかってきた。
「今、団地の公園まで来てるから、出て来られないか」
と、いうことだった。ちょっと待つように言って、裕生は誰《だれ》にも告《つ》げずに家を抜け出した。太陽は西の空に完全に沈み、夏にしては少し冷たい風が肌を撫《な》でた。人通りもほとんど絶えている。
裕生は公園へと入っていった。切れかかった水銀灯が錆《さ》びた遊具を照らしている。昨日の昼間、裕生が座っていたベンチに佐貫とみちるがいた。
「悪いな、出て来させて」
と、佐貫が言った。
「お兄さんたちも帰ってるだろうし、外で話した方がいいと思って呼んだの」
後を引《ひ》き継《つ》いでみちるが言った。
「別にそれはいいけど、二人の方こそわざわざどうしたの」
ちらっと佐貫とみちるが顔を見合わせる。裕生は少し緊張《きんちょう》していた。昼間のことでやって来たのは分かり切っているが、一体なにを言いに来たのか見当がつかなかったのだ。
「俺《おれ》、あれから色々考えたんだけど」
と、佐貫《さぬき》が言った。
「俺はお前の幼なじみのことはよく知らない。今のところ別に仲がいいわけじゃないし、全然話したこともない。いや、かわいいとは思うし、いい子だと思うけどな。だから、あの子のために命が張れるかって言ったら、正直言って心の底から大丈夫だとは言えない」
「……うん。分かるよ」
裕生《ひろお》は別に驚《おどろ》かなかった。係《かか》わるなと言ったのは裕生の方だし、はっきり無理だと言いに来たのは佐貫らしい誠実さだと思った。
「いやいやいや、そこで納得《なっとく》すんな。まだ続きがあるんだから」
佐貫が慌《あわ》てたようにぴっと手をかざした。
「でも、その後で思ったんだ。俺はお前のことはよく知ってる。あの子のためだって考えるとまだあれだけど、お前のためには命が張れる気がする。お前はその……俺の親友だからな……おいそこ、笑わない」
にこにこしているみちるに向かって、突然佐貫は言った。本気で怒っているわけではなく、照《て》れ隠《かく》しのようだった。
「バカにしてるわけじゃないよ。ほら、続けて」
「いや、だからそういうことだよ。お前があの子を助けようとしてるんだったら、俺はあの子を助けようとしてるお前を助ける。その……昼間のことは悪かった。だから、協力させてくれよ」
佐貫は真剣な表情で手を差し出してきた。一瞬《いっしゅん》、裕生も手を出しかけたが、慌ててそれを思いとどまった。
「……でも、本当に危ないんだよ」
「お前、ここまで言わせてそれかよ」
佐貫は苦笑《にがわら》いを浮かべた。
「まあ、別にいいけどな。お前が断ってもおんなじだし」
「え?」
「お前がうんって言わなくても、勝手に調《しら》べて勝手に協力する。心配してくれるのはありがたいけど、もう覚悟は決めてんだよ」
「佐貫……」
裕生の胸が熱《あつ》くなった。佐貫とは確《たし》かに友達だが、自分のことをここまで考えてくれるとは思っていなかった。彼はしっかりと佐貫の手を握る。
「ありがとう」
裕生が言うと、佐貫も握りかえして来た。
ふと、彼はみちるの顔を見た。彼女はどう思っているのだろう。
「あたしは最初から決めてたよ。藤牧《ふじまき》とあの子を助けるって」
みちるは静かに言った。
「正直言うとあたしもあの子はよく知らないけど、なんか放っておけないんだよね。もちろん、藤牧はあたしの」
一瞬《いっしゅん》、なぜかみちるは口ごもった。
「藤牧はあたしの友達だし。それに、人間になんの力もないんだったら、協力し合わなきゃいけないでしょ?」
みちるも裕生《ひろお》と佐貫《さぬき》の手の上に自分の手を重《かき》ねた——裕生はほっとしていた。協力者が欲しいと誰《だれ》よりも強く思っていたのは裕生自身だった。なにを決めるにしても、身の回りに相談《そうだん》できる人間は誰一人いなかったのだから。それでも、危険なことが分かっている以上、誰かを巻きこむ気にはどうしてもなれなかった。
「……じゃあ、全部話してもらおうか。最初から」
と、佐貫が言った。
葉は夜になっても回復しなかった。時々目を覚ますこともあったが、意識《いしき》がはっきりしないらしく、すぐにまた眠りに落ちてしまう。
雄一《ゆういち》と吾郎《ごろう》が帰って来てから、病院に連れていくかどうかでちょっとした騒《さわ》ぎになった。明日まで様子《ようす》を見ようという裕生の言葉にしぶしぶ納得《なっとく》した。
夕食を終えて裕生が後片づけをしていると、佐貫から電話がかかってきた。
「今、団地の公園まで来てるから、出て来られないか」
と、いうことだった。ちょっと待つように言って、裕生は誰《だれ》にも告《つ》げずに家を抜け出した。太陽は西の空に完全に沈み、夏にしては少し冷たい風が肌を撫《な》でた。人通りもほとんど絶えている。
裕生は公園へと入っていった。切れかかった水銀灯が錆《さ》びた遊具を照らしている。昨日の昼間、裕生が座っていたベンチに佐貫とみちるがいた。
「悪いな、出て来させて」
と、佐貫が言った。
「お兄さんたちも帰ってるだろうし、外で話した方がいいと思って呼んだの」
後を引《ひ》き継《つ》いでみちるが言った。
「別にそれはいいけど、二人の方こそわざわざどうしたの」
ちらっと佐貫とみちるが顔を見合わせる。裕生は少し緊張《きんちょう》していた。昼間のことでやって来たのは分かり切っているが、一体なにを言いに来たのか見当がつかなかったのだ。
「俺《おれ》、あれから色々考えたんだけど」
と、佐貫《さぬき》が言った。
「俺はお前の幼なじみのことはよく知らない。今のところ別に仲がいいわけじゃないし、全然話したこともない。いや、かわいいとは思うし、いい子だと思うけどな。だから、あの子のために命が張れるかって言ったら、正直言って心の底から大丈夫だとは言えない」
「……うん。分かるよ」
裕生《ひろお》は別に驚《おどろ》かなかった。係《かか》わるなと言ったのは裕生の方だし、はっきり無理だと言いに来たのは佐貫らしい誠実さだと思った。
「いやいやいや、そこで納得《なっとく》すんな。まだ続きがあるんだから」
佐貫が慌《あわ》てたようにぴっと手をかざした。
「でも、その後で思ったんだ。俺はお前のことはよく知ってる。あの子のためだって考えるとまだあれだけど、お前のためには命が張れる気がする。お前はその……俺の親友だからな……おいそこ、笑わない」
にこにこしているみちるに向かって、突然佐貫は言った。本気で怒っているわけではなく、照《て》れ隠《かく》しのようだった。
「バカにしてるわけじゃないよ。ほら、続けて」
「いや、だからそういうことだよ。お前があの子を助けようとしてるんだったら、俺はあの子を助けようとしてるお前を助ける。その……昼間のことは悪かった。だから、協力させてくれよ」
佐貫は真剣な表情で手を差し出してきた。一瞬《いっしゅん》、裕生も手を出しかけたが、慌ててそれを思いとどまった。
「……でも、本当に危ないんだよ」
「お前、ここまで言わせてそれかよ」
佐貫は苦笑《にがわら》いを浮かべた。
「まあ、別にいいけどな。お前が断ってもおんなじだし」
「え?」
「お前がうんって言わなくても、勝手に調《しら》べて勝手に協力する。心配してくれるのはありがたいけど、もう覚悟は決めてんだよ」
「佐貫……」
裕生の胸が熱《あつ》くなった。佐貫とは確《たし》かに友達だが、自分のことをここまで考えてくれるとは思っていなかった。彼はしっかりと佐貫の手を握る。
「ありがとう」
裕生が言うと、佐貫も握りかえして来た。
ふと、彼はみちるの顔を見た。彼女はどう思っているのだろう。
「あたしは最初から決めてたよ。藤牧《ふじまき》とあの子を助けるって」
みちるは静かに言った。
「正直言うとあたしもあの子はよく知らないけど、なんか放っておけないんだよね。もちろん、藤牧はあたしの」
一瞬《いっしゅん》、なぜかみちるは口ごもった。
「藤牧はあたしの友達だし。それに、人間になんの力もないんだったら、協力し合わなきゃいけないでしょ?」
みちるも裕生《ひろお》と佐貫《さぬき》の手の上に自分の手を重《かき》ねた——裕生はほっとしていた。協力者が欲しいと誰《だれ》よりも強く思っていたのは裕生自身だった。なにを決めるにしても、身の回りに相談《そうだん》できる人間は誰一人いなかったのだから。それでも、危険なことが分かっている以上、誰かを巻きこむ気にはどうしてもなれなかった。
「……じゃあ、全部話してもらおうか。最初から」
と、佐貫が言った。