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シャドウテイカー リグル・リグル07

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:5「あそこか」裕生と佐貫《さぬき》とみちるの三人は足を止めた。彼らが見ているのは、通りの突き当たりにある二階建ての家だっ
(单词翻译:双击或拖选)
「……あそこか」
裕生と佐貫《さぬき》とみちるの三人は足を止めた。
彼らが見ているのは、通りの突き当たりにある二階建ての家だった。三人は加賀見《かがみ》市の外れにできた新しい住宅地にいる。住宅地、といっても区画|整理《せいり》が終わったばかりで、だだっ広い更地《さらち》の中に、飛び石のようにぽつりぽつりと家が建っているだけだった。すっかり完成しているアスファルトの道路だけが奇妙に浮いて見える。
「じゃ、行こうよ」
みちるが歩き出そうとすると、佐貫が彼女の肩をぐいとつかんだ。
「ちょっと待て。西尾《にしお》は残った方がいいだろ」
「え、なんで?」
「全員で行って、万が一のことがあったらどうするんだよ」
一人残った方がいいとは裕生《ひろお》も思っていた。今度のことからはなにか異常なものを感じる。ひょっとするとカゲヌシが絡《から》んでいるかもしれないと裕生は思っていた。
「だからってなんであたしが留守番なの?」
「裕生がいないと雛咲《ひなさき》さんの親父《おやじ》さんの顔は分かんねえし、西尾より俺《おれ》の方が冷静だろ。客観的《きゃっかんてき》に言って」
佐貫《さぬき》はきっぱりと言った。
「っていうか、お前ら二人は組ませたくねえんだよ。また自分の体に火でも点《つ》けられたらこっちが心配だし。西尾は裕生のことになると見境《みさかい》つかなくなるからな」
裕生はちらっとみちると顔を見合わせる——みちるの顔が赤くなっていた。佐貫が言っているのは鶴亀《つるき》神社《じんじゃ》で天明《てんめい》と戦った後の出来事だった。「黒の彼方《かなた》」に完全に支配された葉《よう》を取り戻すために、裕生とみちるは自分の体に火を点けたのだ。そのために何日か入院しなければならなかった。
「だ、だってあの時は他《ほか》にどうしようもなかったでしょ。見境ないってなんなのよ」
「裕生はどう思うよ?」
佐貫は突然話を振ってきた。しばらく考えてから、裕生は口を開く。
「……佐貫の方がいいと思う」
みちるの顔にふっと影《かげ》が射《さ》した。彼は慌てて付け加える。
「西尾が冷静じゃないからじゃなくて、この中で佐貫が一番このことよく調《しら》べてるし。ぼくが行く必要なければ、佐貫と西尾で行くのが一番いいと思うよ」
「ま、確《たし》かにそうだな。この中じゃ裕生が一番腕力ねえ」
佐貫がまたきっぱりと言った。
「……え?」
思わず裕生が聞き返そうとした時、
「分かった。二人で行ってきなよ」
みちるがしぶしぶ言った。
「で、あたしはなにすればいいの?」
不満げな表情のままで彼女は言う。
「もし俺たちが三十分待っても出てこなかったら、雛咲さん呼んでくれ。なんかヤバいと思った時はどっちかが携帯《けいたい》でコールするから」
 みちると別れた裕生たちは、住所の示している門の前に立った。遠目で見るよりも大きな家だったが、表札《ひょうさつ》はどこにもない。
「……『黒曜《こくよう》』、持ってきてるよな」
佐貫《さぬき》が小声で言い、裕生《ひろお》はうなずいた。
「持ってるよ」
裕生がレインメイカーから託されたカゲヌシに効く毒物が「黒曜」だった。どうやら「同族食い」のカゲヌシの血液から作られているらしい。裕生は「黒曜」の一部を小瓶《こびん》に詰め替えて、ポケットに忍ばせている。佐貫も背中のバッグの中に、「黒曜」をカゲヌシの体に流しこむ武器を忍ばせているはずだった。
インターホンのボタンを押してしばらく待つ。反応はなかった。耳を澄《す》ませると、家の中からかすかに掃除機《そうじき》のモーター音が聞こえた。もう一度ボタンを押そうとした時、玄関のドアが音もなく開いた。
ドアの陰から高校生ぐらいの女の子の顔がにゅっと現れた。銀色《ぎんいろ》の髪を長く伸ばしている。
(あれが船瀬《ふなせ》千晶《ちあき》)
裕生は咳払《せきばら》いをした。「船瀬|智和《ともかず》」が自分たちに会おうとするか分からなかったので、裕生たちは口実をいくつか考えていた。
「あの、ぼく藤牧《ふじまき》裕生っていいます。実は……」
「どうぞ」
裕生の話を断ち切るように言うと、彼女は顔を引っこめた。後には半開きのドアだけが残った。裕生たちは顔を見合わせる。あまりにもすんなりいったのがかえって不気味だった。
「……行くか?」
と、佐貫が言った。
「もちろん」
裕生は門を開け、石畳《いしだたみ》のアプローチを通ってドアへ向かった。家の中へ足を踏み入れた途端《とたん》、掃除機の音がさらに大きくなった気がした。真新しい建材の匂《にお》いがまだ家の中にかすかに残っている。
「お待ちしてました」
玄関ホールの床《ゆか》にはさっきの女の子が杖《つえ》によりかかるように立っている。黒いワンピースを着ているせいか、銀色の髪だけがくっきりと浮き上がっているように見える。
「わたし、船瀬千晶です」
彼女は無表情に頭を下げた。裕生はごくりと唾《つば》を呑《の》みこむ。お待ちしていました、という言葉が頭の中で反響《はんきょう》する。
「お父さんに会わせてもらえませんか?」
と、裕生ははっきり言った。もう小細工《こざいく》をしたところでどうしようもない。
千晶は裕生の顔を見ながら、首をかしげている。理由を尋《たず》ねているような気がした。
「ぼくの知り合いで、行方不明《ゆくえふめい》になっている人にとてもよく似ているんです」
彼女はちらりと天井《てんじょう》を見上げた。掃除機《そうじき》の音は二階から聞こえてくる。
「父は今ちょっと手が離《はな》せないんですけど、中で待ってもらってもいいですか?」
裕生《ひろお》はうなずいた。
「じゃあ、こっちへどうぞ」
千晶《ちあき》は杖《つえ》をついて、ホールの右手のドアから奥へ入っていった。彼女の姿が消えた瞬間《しゅんかん》、佐貫《さぬき》は裕生の耳元に向かって言った。
「どう思う?」
「ぼくたちが誰《だれ》なのかはバレてるみたいだね」
「……罠《わな》かもな。どうする?」
「今さら帰るわけにいかないよ」
佐貫は一瞬考えこんだが、裕生と同じ結論に達したらしい。
「ま、そうだよな」
二人は靴を脱いで、床《ゆか》の上に上がった。
ドアの先は広々としたリビングだった。天井は吹き抜けになっていて、高い位置にある窓から太陽の光が降り注いでいた。中央にある応接セットを除けば、家具らしい家具はなにも見あたらなかった。
「ここでちょっと待っていてもらえますか?」
彼女は裕生たちを応接セットへ誘った。裕生と佐貫は少しためらってから、二人がけのソファに浅く腰を下ろした。
「今、父を呼んできます」
そう言い残して、千晶はリビングから出ていった。まだ二階からは掃除機の音が聞こえる。
「なんか、空き家みたいだな」
と、佐貫がつぶやいた。彼は背負っていたバッグを体の脇《わき》に引き寄せて座っている。すぐに手を入れられるように、ジッパーは半分開けたままだった。
「……そうだね」
と、裕生も応じた。人が暮らしているようには見えない。リビングの奥には和室とダイニングがあったが、どちらにも家具はまったくなかった。
それに、もう一つ気になっていることがある。「親子」が二人で住むにはこの家は少し広すぎた。他《ほか》に家族がいるなら話は別だが、なんとなく不自然な気がする。
掃除機の音が止《や》んだ。
続いて階段を降りてくる足音がかすかに聞こえる。明らかに二人分の足音だった。裕生の緊張《きんちょう》が否応《いやおう》なしに高まった。
かちゃり、とリビングのドアが開いた。思わず裕生は飛び上がりそうになる。
(……雛咲《ひなさき》さんだ)
と、裕生《ひろお》は心の中でつぶやいた。現れたのはメガネをかけた痩《や》せた男で、白いYシャツと地味な色のズボンを身につけている。怪我《けが》でもしているのか、右手にはなぜか包帯を巻いていた。昨日《きのう》の晩、佐貫《さぬき》が見せてくれた「船瀬《ふなせ》智和《ともかず》」の顔とは似ても似つかない。
どう見ても雛咲|清史《きよし》——葉《よう》の父親だった。
男は無表情に一礼すると、裕生たちとは反対側のソファに腰を下ろした。千晶《らあき》もその隣《となり》に座る。
「船瀬ですが、なにか御用ですか?」
裕生は言葉に詰まって、膝《ひざ》の上で拳《こぶし》を握りしめた。なにを言ったらいいか分からない。この四年間、葉がずっと待っていた人物が今目の前にいる。
「あなたは船瀬智和さんじゃないっスよね」
裕生の代わりに佐貫が口を開いた。
「どういうことだね?」
と、「船瀬」が言った。
佐貫はバッグから一枚の写真を出して、ガラステーブルの上に置いた。本物の「船瀬智和」が写っている写真だった。昨日裕生が見せてもらった画像は顔の部分だけだったらしく、この写真には全身も背景も写っている。加賀見《かがみ》駅のターミナルの前で撮《と》った写真らしかった。しかも、隣には千晶が一緒《いっしょ》に写っていた——髪はまだ黒いが、その頃《ころ》の面影《おもかげ》ははっきりと今も残っている。
「うちの親父《おやじ》はカメラが趣味《しゅみ》なんスよ」
と、佐貫は言った。
「昔、加賀見に散歩に来た時に船瀬さん親子に会って、その時に撮ったって言ってました。どう見てもあなたとは似てないっスね」
「船瀬」は写真をつまみ上げて眺めると、テーブルの上に戻した。
「他《ほか》の誰《だれ》かと間違えてるんじゃないのか? こんな写真を撮られた憶《おぼ》えはないな」
「でも、娘さんはそっくりっスよ」
「千晶、憶えてるか? こんな写真」
「船瀬」が言うと、千晶は黙《だま》って首を横に振った。
「でも、写真を見れば……」
「君たちは今まで船瀬智和に直接会ったことがあるのか?」
うんざりしたように男が言った。さすがに佐貫も口をつぐんだ。
「そっちの君はどうだ?」
裕生も首を振るしかなかった。
「第一、うちの娘がわたしを船瀬智和だと見なしている。それ以上なにか証拠が必要なのかね?」
千晶《ちあき》が口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべて、裕生《ひろお》の顔を見ている。ここまではっきり白《しら》を切られると、裕生たちにもどうしようもなかった。
「なにかの間違いだと思うね。この前もチンピラみたいな若い男に会った時、似たようなことを言われたが……」
(兄さんだ)
と、裕生は思った。兄のことだから、包み隠さずに知っている事情を話したに違いない。
「なんでも、わたしには他《ほか》に娘がいるそうだ。まったく、馬鹿馬鹿《ばかばか》しい話だよ」
一瞬《いっしゅん》、裕生の目の前が真っ暗になった。自分の耳が信じられなかった。
(今……)
この男は馬鹿馬鹿しいと言った——何年も自分の気持ちを誰《だれ》にも言わずに、じっと一人で耐えていた葉《よう》のことなど、どうでもいいのだ。
自分の手を握りしめて泣いた葉の姿が、裕生の脳裏にくっきりと蘇《よみがえ》った。
気が付くと裕生は口を開いていた。
「あなたがこの四年間、どこでなにをしてきたのか、ぼくたちは知らない」
男が現れてから初めて口にした言葉だった。声の震《ふる》えを止めることが出来ない。熱《あつ》い塊《かたまり》が体の奥からせり上がってくる。それが怒りなのか涙なのか自分でも分からなかった。
「でも、あなたも葉がなにをしてきたか知らないんだ」
カゲヌシは心に秘めた「ねがい」に応じて人間のもとに現れる。葉が「黒の彼方《かなた》」に取《と》り憑《つ》かれたのも、長い間の孤独のせいだった。もし両親がいなくならなければ、そして裕生がもっと早く葉の心を知っていれば、こんなことにはならなかった。
「なにを言ってるんですか?」
千晶が嘲《あざけ》るように言う。その瞬間《しゅんかん》、押さえつけていた裕生の感情が爆発《ばくはつ》した。裕生はソファから立ち上がって、「船瀬《ふなせ》」をにらみつけた。
「この四年間、葉はずっと一人だった! 一人きりであの部屋であなたが帰るのを待ってたんだ! ふざけるな!」
頭の片隅に冷静なもう一人の自分がいて、まったく筋の通らないことを言っていることも分かっていた——別に笑われても構わないと思った。もう二度とここへは来ない。この男にどういう事情があるのかももうどうでもいい。葉にはこの男のことは絶対に話さないでおこう、と裕生は心に決めた。
我に返ると、リビングには白《しら》けた沈黙《ちんもく》が流れていた。一緒《いっしょ》に来た佐貫《さぬき》ですら、ぽかんと口を開けて裕生を見上げていた。
「帰ろう、佐貫。もういいよ」
そのまま裕生はソファを離《はな》れようとした。
「葉《よう》、一人でここで父さんたちの帰りを待てるかい?」
ぎくっと裕生《ひろお》は足を止めた——「船瀬《ふなせ》」の声だった。彼はぼんやりとした目つきで、右手の包帯をいじくっていた。
「お父さん?」
怪訝《けげん》そうに千晶《ちあき》が言った。
「……前に誰《だれ》かがそう言っていた」
娘の言葉を無視して、彼は独り言のようにつぶやいた。
「なに言ってるの、お父さん」
「葉、一人でここで父さんたちの帰りを……」
もう一度その文句を繰り返そうとして、彼はふと口をつぐんだ。彼の顔は痛みをこらえるように歪《ゆが》んでいた。そして、顔を上げて千晶を見る。
「わたしの言葉か?」
「お父さん、落ち着いて。ね?」
小刻みに彼の体が震《ふる》えている。千晶は右腕から杖《つえ》を放すと、身を乗り出して父親の体をしっかりと抱きしめた。
「やっぱり、この人が葉のお父さんなんだな」
と、裕生は言った。もう疑いようがない。今、目の前にいるのは四年前に失踪《しっそう》した雛咲《ひなさき》清史《きよし》なのだ。清史はぐったりと千晶に身を預けている。どういう方法か、この千晶に操《あやつ》られているらしい。
「実の娘のことを話すと、時々|制御《せいぎょ》が効かなくなるの」
ため息混じりに千晶は言った。
「な……」
裕生が立ち上がりかけた瞬間《しゅんかん》、二階から再び掃除機《そうじき》をかける音が聞こえ始めた。
(え?)
ぎょっとして吹き抜けの天井《てんじょう》を見上げる——この家にはまだ他《ほか》に誰かがいるのだ。
「お母さん! ちょっと来て!」
と、千晶が大声を上げる。裕生は背中に冷水《れいすい》を浴びせられた気がした。その途端《とたん》に掃除機の音が止《や》んで、ばたばたと騒々《そうぞう》しく足音を立てながら誰かが降りてきた。
「……聞きたいことがあるんだけど」
佐貫は千晶に向かって言った。彼の顔も青ざめていた。
「母親は亡くなったんじゃないのか?」
大きな音とともに乱暴《らんぼう》にドアが開いた。薄汚《うすよご》れたジーンズとブラウスを身につけた女が現れた。肩のあたりで不格好に切りそろえられた髪は、千晶と同じように銀色《ぎんいろ》だった。
彼女はぎょろりと両目をむき出しにして、リビングをぐるりと見渡した。しかし、顔と同じ方向を見ているのは右の瞳《ひとみ》だけで、左の瞳はまるで関係ない方向にせわしなく動いていた。人間というよりは獣《けもの》のしぐさを思わせる。
「お母さん、こっち」
千晶《ちあき》が声をかけると、彼女は娘が座っているソファへ近づいていった。
「二人ともお前の両親じゃないんだな」
裕生《ひろお》は千晶に言った——もう疑いようがない。両親は二人とも偽者《にせもの》で、この異様な「家族」の中心にいるのは船瀬《ふなせ》千晶だった。
彼女は不意に「父親」から体を離《はな》した。途端《とたん》に彼は気を失ったようにがっくりと首を前に折る。彼女は深々とソファに体を沈めた。
「ようやく分かったのね。そう、二人ともわたしの両親じゃない。この四年間、ずっとわたしに支配されていただけよ」
「四年間……?」
思わず裕生は言った。ということは、清史《きよし》は姿を消した時からずっとこの千晶と一緒《いっしょ》にいたことになる。
「お前はなんなんだよ」
裕生が問うと、突然「母親」の口がかぱりと開いた。獲物《えもの》を丸飲みするヘビのように、彼女の両顎《りょうあご》は信じられないほど大きく広がっていった。やがて、顔の下半分が巨大な穴と化した。
白い歯の向こうにぬめぬめとした赤い粘膜《ねんまく》が見える。口腔《こうこう》の一番奥には、食道へと通じる穴が開いている。
不意に食道の方から、光沢《こうたく》のある赤いものがせり上がってきた。それはあっという間に口腔全体を満たし、唇に縁取《ふちど》られた丸い穴を窮屈《きゅうくつ》そうにくぐって、外へ顔を覗《のぞ》かせた。
(あ……)
それは赤い芋虫《いもむし》だった。ペンチのような形をした硬そうな顎が、かちかちと音を立てていた。
「これはカゲヌシ『リグル』のうちの一体。『赤のリグル』」
千晶は「母親」の口から顔を出している赤い芋虫を指さしながら言った。それから、「船瀬|智和《ともかず》」の方を指さした。
「こっちの『お父さん』には別の一体を仕込んであるわ」
「四年も前からこの世界にいるのか?」
と、裕生は言った。今まで出会ったカゲヌシは、せいぜい数ヶ月前に現れた者ばかりだった。
「『リグル』は初期に現れたカゲヌシだもの。多くのカゲヌシが渡ってくるようになったのはつい最近なのよ。カゲヌシ同士が顔を合わせることは、今よりもずっと少なかったわ」
千晶が軽く指を上げると、「母親」の口から出ていた巨大な芋虫は、出てきた時よりもずっと素早《すばや》く「母親」の喉《のど》の奥へと戻っていった。
「『リグル』は他《ほか》のカゲヌシとは違う。カゲヌシ自身について知っている数少ないカゲヌシよ。わたしたちは他《ほか》のカゲヌシと違って、目的を持っているの」
「……目的?」
裕生《ひろお》は聞き返したが、千晶《ちあき》ははぐらかすように笑った。そして、杖《つえ》を母親に手渡しながら言う。
「わたしがこの男と一緒《いっしょ》にお前たちの周りをうろついていれば、きっとこの家へ来ると思っていた。この男はお前たちを呼び出す餌《えさ》だったのよ。きっと『同族食い』のあの子も連れてくると思ったけれど、当てが外《はず》れたわね」
「目的ってなんなんだよ?」
裕生は焦《じ》れて言った。
「それはお前にも関係があることよ。藤牧《ふじまき》裕生」
その時、千晶の視線《しせん》が裕生から佐貫《さぬき》へと移った。佐貫の手は傍《かたわ》らに置いたバッグの中に忍びこんでいる。
「ちっ」
佐貫は舌打ちしながら、バッグから黒い鉄パイプのようなものを引き抜いた。以前、佐貫が作り上げた対カゲヌシ用の「武器」だった。彼は弾《はじ》かれたように立ち上がると、テーブルを乗り越えて直接千晶に飛びかかろうとする。
しかし、その時にはすでに「母親」が動いていた。いつのまにか千晶の杖を高々と振り上げていた。そして、ひゅっと風音を立てながら、銀色《ぎんいろ》の杖《つえ》が佐貫《さぬき》の右腕に振り下ろされた。
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ごきん、という鈍《にぶ》い音とともに、佐貫の肘《ひじ》のすぐ下あたりが直角に垂《た》れ下がった。
「つっっっ……」
佐貫は声にならない悲鳴を上げて、腕を押さえながらソファの脇《わき》にうずくまった。
「あなたは抵抗しないでもらえる?」
千晶《ちあき》は裕生《ひろお》を見ながら言った。
「あなたにはあまり傷をつけたくないの」
しかし、裕生はポケットから「黒曜《こくよう》」の入った小瓶《こびん》を出していた。すでにテーブルの下でコルクの栓《せん》を外したところだった。「母親」は佐貫を見下ろしながら、もう一度高々と杖を振り上げる。裕生は立ち上がりながら下から瓶を振り、彼女の顔にその中身を飛ばした。彼女は動きを止めて、首を曲げながら片手で右目を押さえた。黒い液体が目の中に入ったらしい。肉体そのものにダメージはないようだった——カゲヌシに操《あやつ》られているだけで、彼女は人間だからに違いない。
しかし、裕生はその隙《すき》を見逃さなかった。うずくまっている佐貫の体を飛び越えるようにして、彼女の体を思い切り突き飛ばした。
「母親」は和室の方までごろごろと転がっていき、その間に佐貫が起き上がる。裕生は彼の体をかばいながら、玄関ホールへ通じるドアへと向かった。
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