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シャドウテイカー リグル・リグル09

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:第二章 「再会」1 父親が見つかったという話を、葉《よう》は裕生《ひろお》から聞いた。ちょうどそろそろ夕食の準備をしよう
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第二章 「再会」

 父親が見つかったという話を、葉《よう》は裕生《ひろお》から聞いた。
ちょうどそろそろ夕食の準備をしようと思っていたところで、手帳にしっかりとメニューを書いて、足りないものを確認《かくにん》しようと冷蔵庫を開けた瞬間《しゅんかん》に裕生が帰ってきたのだった。
父の雛咲《ひなさき》清史《きよし》は数日前から加賀見《かがみ》に戻ってきていた。「リグル」というカゲヌシの契約者の「船瀬《ふなせ》千晶《ちあき》」と一緒《いっしょ》にいて、彼女の父親を名乗っていた。どうやら清史は失踪《しっそう》している間、カゲヌシの能力で操《あやつ》られていたらしい。別の女性も千晶の「母親」として一緒に住んでいた。裕生たちは千晶を逃がしてしまったものの、清史たちを解放することができた——。
話を聞いている間、葉はほとんど無言だった。何度か裕生は「大丈夫?」と心配そうに問いかけてきた。驚《おどろ》きのあまり口がきけなくなっていると思ったらしい。
葉は話の内容そのものには驚いていなかった。終始冷静に受けとめていた。最後まで聞き終えてから、葉は学校で船瀬千晶と出会った話をした。やはり彼女は葉を「黒の彼方《かなた》」の契約者だと知っていたに違いない。あの奇妙な態度もそれなら納得が行った。
一通り話し終えた後で、裕生は葉に謝《あやま》った。葉はそのことに一番驚いた。どうして謝るんですか、と尋《たず》ねると、清史が帰ってきたことを話さなかったし、話さないまま会いに行ったからだと説明した。
「本当に葉のお父さんかどうか分からなかったし、はっきりしてからの方がいいと思ったんだよ」
葉にはなぜ裕生が謝るのか理解できなかった。別の名前を名乗っていたのなら、本人かどうかまず確認するのが当たり前だと思う。
とにかく病院に行こう、と裕生は言った。
葉はうなずきながら、あまりにも冷静な自分に驚いていた。四年間も待っていた両親の一人が見つかったというのに、なんの感情も湧《わ》いてこない。感情が死んでしまったようだった。
病院に行くまでに、彼女が口にした質問は一つだけだった。
「見つかったのは、お父さんだけなんですか」
 ベッドに横たわった雛咲清史は、ぼんやりした目つきで天井《てんじょう》を見ていた。
「この四年間、兄さんはなにしてたの」
喜嶋《きじま》ツネコが言った。彼女はベッドの脇《わき》の椅子《いす》に腰かけている。清史《きよし》がいるのは外科の個人病室で、今、部屋の中にはツネコと清史の二人だけだった。
「……夢を見たんだ」
と、清史は言った。
「夢って?」
「悪い夢だよ」
「は?」
「島にいる夢だ」
独り言のようにつぶやいて、清史は窓の外を見た。
(はっきり答えなさいよ)
一瞬《いっしゅん》、ツネコは兄の胸ぐらをつかんでぐらぐら揺さぶりたい衝動《しょうどう》にかられ——どうにかそれをこらえた。患者に刺激《しげき》を与えないようにと医師から言われていなければ、本当にそうしていたかもしれない。
ツネコは清史の実の妹だが、十歳以上年が離《はな》れている。はっきりものを言う性格で、物静かな兄とはまるで性格が違っている。今は新宿《しんじゅく》で亡き夫の遺《のこ》したバーを経営している。清史たちが行方不明《ゆくえふめい》になって以来、葉《よう》の後見人《こうけんにん》となっていた。
「志津《しづ》さんはどうしたのよ」
志津は清史の妻の名前だった。やはり同じ日に姿を消している。
清史は答えなかった。相変わらず感情のこもらない目で窓の外を眺めていた。医師の話では失踪中《しっそうちゅう》の記憶《きおく》がすっぽりと抜け落ちているらしい。
(こんな状態で葉に会わせて大丈夫かしら)
その葉も少しずつ記憶を失っていきつつある。同じ町に住む葉ではなく、離れた場所に住んでいるツネコが清史の身分の確認《かくにん》に呼ばれたのも、葉の記憶障害が進んでいるためだった。
(親子で同じ病気……?)
と、ツネコは心の中でつぶやいた。
(遺伝的《いでんてき》なものかしら)
その時、病室のドアが静かに開いた。
現れたのは裕生《ひろお》だった。その後ろに小柄《こがら》な人物が隠れるように立っている。
「連れてきました……今、大丈夫ですか?」
と、裕生が言った。ツネコは清史の方を振り向いた。
「兄さん、葉が来たわよ」
「あ、あの……二人きりにしちゃって大丈夫でしょうか」
と、裕生は言った。ツネコは無言でタバコに火を点《つ》ける。
喫煙室《きつえんしつ》にいるのは裕生《ひろお》とツネコだけだった。葉《よう》に座らせた後、ツネコは裕生を引きずるように外へ出た。そして、廊下の端にある喫煙室までやってきたのだった。
「一応、親子の対面だからね。どっちも普通の状態じゃないけど」
今日《きょう》のツネコはジーンズにチェックのシャツというラフな服装である。和服を着ていない彼女を見るのはこれが初めてだった。ツネコはきりっとした顔立ちの美人なのだが、二人でいると裕生はどうしても不安になる。ヘビににらまれたカエルの心境だった。
二人きりで大丈夫なのか心配なのは、自分の方かもしれないと裕生は思った。
「葉、父親が見つかったって聞いて、なにか言ってた?」
「見つかったのはお父さんだけですかって」
思いに沈むようにツネコの視線《しせん》が遠くなった。彼女の指先でタバコがくすぶっている。長い沈黙《ちんもく》の後で、ツネコは口を開いた。
「……仲のいい夫婦に見えたんだけどね」
「え?」
思わず裕生は聞き返した。
「前に話したでしょ? 兄さんたちがいなくなった頃《ころ》、なにかあったのかもしれないって。葉はなにか知ってるんじゃないかって」
裕生はうなずいた。葉がなにかを隠しているとまでは思わないが、それについて話すのを避けているような気はする。
「突然、いなくなったんだもの。犯罪に巻きこまれたとかじゃなければ、夫婦の間になにかあったって考えるのが普通よね」
犯罪じゃなければ、という言葉に裕生はどきりとした。ある意味で清史が巻きこまれたのは、犯罪よりも難《むずか》しい問題かもしれない。しかも、清史の娘である葉は今もそこに巻きこまれていた。
「葉の具合、最近はどうなの」
ツネコは話題を変えるように言った。
「今のところは生活に支障ないと思います」
葉がおかしくなってから、ツネコと裕生の父は頻繁《ひんぱん》に連絡を取り合っている。彼女が様子《ようす》を見に来る回数も増えていた。
「迷惑かけるわね」
「いいえ。そんなことないです」
裕生がなにかしているわけではない。一番|辛《つら》いのは葉のはずだ。
「本当はあたしが一緒《いっしょ》に住んで面倒《めんどう》見たいけど、葉は君のそばがいいって言うに決まってるから」
「……」
「でも、あたしも考えた方がいいかも。兄さんが元気になってくれたら別にいいけど、そうじゃなかったら二人もお宅に面倒《めんどう》見てもらうわけにいかないもの」
常識的《じょうしきてき》に考えればそうなのかもしれない。しかし、「黒の彼方《かなた》」を呼び出した葉《よう》を目覚めさせることができるのは裕生《ひろお》だけだった。今の葉と裕生は絶対に離《はな》れるわけにはいかない。
(でも、もし「黒の彼方」がいなくなったら)
無理に裕生と暮らす必要はなくなる。
そう思ったとたん、裕生は自分でも驚《おどろ》くほどうろたえた。かつて、裕生は葉を「一人にしない」と誓った——「黒の彼方」のことがあったから、そう言ったわけではない。彼女と一緒《いっしょ》にいるというのは裕生の意志だった。現に彼がそう言った時、葉本人は加賀見《かがみ》を出ていくつもりでいた。
裕生ははっと息を呑《の》んだ。
(ぼくが葉と一緒にいたいってことなのか?)
今までまったく意識していなかった気持ちだった。
「……ほんと、君には感謝《かんしゃ》してるわ。これでもね」
ツネコの言葉に裕生は我に返った。彼女は少し顔をそむけて紫煙《しえん》を吐く。
「いえ、そんな。別にぼくは……」
裕生は言いよどんだ。自分の意志でしていることに、感謝される道理はない。
「で、手は出してないわよね?」
いきなりツネコの声に殺気がこもった。裕生はぎょっとして激《はげ》しく首を振った。
「そ、そんなことしてません!」
「そうよね。前に手紙に書いたと思うけど、万が一のことがあったら……」
突然、タバコをはさんでいるツネコの指に力がこもった。火の点《つ》いたタバコが、ぐしゃり、と真ん中あたりで直角に折れ曲がった。
「こうなるわよ?」
それからツネコは灰皿にタバコを持っていくと、根本まですりつぶすように念入りに押しつけた。なにをですか、と尋《たず》ねる勇気はなかった。
「……は、はい」
裕生は背筋に嫌《いや》な汗をかいていた。
「よ、葉のお父さん、具合はどうなんですか?」
裕生は慌てて話題を変えた。
「体の方は大丈夫みたい。言ってることはよく分からないけど」
と、ツネコは言った。
「赤の他人を家族だと思ってたってどういうことかしら? どこでなにしてたのやら」
「……」
「一緒《いっしょ》に病院に運ばれてきた女も何者だか分からないし」
カゲヌシに関すること以外は、なにが起こったのか警察《けいさつ》にきちんと説明した。千晶《ちあき》の「母親」役の女性もこの病院に収容されている。何ヶ所か骨折したものの、命に別状はないという話だった。
「さっき兄さんにこの四年間のことを聞いたらね、悪い夢を見てた、なんて言うのよ」
「え……」
聞き覚えのある言葉だった。確《たし》か皇輝山《おうきざん》天明《てんめい》も、逮捕《たいほ》される前に同じことを言っていたはずだ。
「どんな夢ですか?」
「島にいた夢だって」
裕生《ひろお》は自分の見る夢を思い浮かべる——黒い海の向こうにある島。みな同じ夢を見ているのではないのだろうか。
(どういうことなんだろう)
その時、喫煙室《きつえんしつ》のドアのガラス越しに、誰《だれ》か覗《のぞ》いていることに気づいた。
立っているのはみちるだった。ドアを開けながら、みちるは裕生に話しかけてきた。
「藤牧《ふじまき》、ここでなにして……あ、こんにちは」
みちるはツネコに気づいて、丁寧《ていねい》にお辞儀《じぎ》した。ツネコも戸惑《とまど》いながら軽く頭を下げる。そういえば、ツネコとみちるが初対面だったことを裕生は思い出した。
「えっと、喜嶋《きじま》ツネコさん。葉《よう》のお父さんの妹さん」
「初めまして。西尾《にしお》みちるです」
「喜嶋です」
妙《みょう》に硬い声でツネコは言った。
「今、葉とお父さんが二人で話してるんだよ」
「……そう」
みちるの声は心なしか沈んでいる。表情もどことなく暗かった。
「どうかしたの?」
と、裕生は言った。なにか裕生に話をしに来たような気がした。一瞬《いっしゅん》、みちるは口を開きかけたが、ツネコを意識《いしき》したらしい。首を横に振った。
「ううん。別に……ちょっと様子《ようす》見に来ただけ。まだあたし佐貫《さぬき》の病室にいるから、時間があったら来て」
「うん。分かった」
骨折した佐貫も外科病棟にいる。予想よりも重傷で、数日中に手術が必要だという話だった。
「じゃ、後でね」
みちるは少し肩を落として出ていった。後でなにがあったのかちゃんと話を聞こう、と思っていると、
「あの子は?」
と、ツネコが尋《たず》ねてきた。
「ぼくのクラスの友達で、今日《きょう》も一緒《いっしょ》に行ってくれたんです」
「ほう」
ツネコは低い声で言った。
「きれいな子ね」
「え? あ、そうですね」
まあ、客観的《きゃっかんてき》に言ってその通りだと思う——が、次の瞬間《しゅんかん》、ツネコは裕生の胸倉《むなぐら》をつかんでぐいと引き寄せた。裕生《ひろお》の全身が恐怖で凍りついた。
「なに鼻の下伸ばしてんの?」
「は?」
「まさかうちの姪《めい》っ子《こ》とあの子と二股《ふたまた》かけてるんじゃないでしょうね!」
むちゃくちゃだ、と裕生は思った。「葉《よう》に手を出すな」という注意とまるっきり矛盾《むじゅん》している。しかし、とてもそれを指摘できる雰囲気ではない。
「ち、違いますよ!」
裕生はぶんぶん首を振って必死に否定した。
 病室に二人だけになってから、しばらくの間|清史《きよし》も葉も一言も口を利かなかった。
葉はベッドの脇《わき》の椅子《いす》に腰かけたままで、清史は窓の外をぼんやりと見ていた。傾きかけた太陽が病室の白い壁《かべ》をオレンジ色に染めている。
父の顔を見ていると、両親があの団地にいた頃《ころ》のことを思い出す。もともと父も母も外へ出かけるのを好まず、休日も部屋の中で静かに過ごしていることが多かった。父は自分の部屋で本を読んでいて、母は居間でクラシック音楽を小さな音で聴《き》いていた。
母が好きなのはオペラのアリアだった。葉には音楽のことは分からなかったが、歌声に耳を傾けていると時間がすぐに過ぎていった。
静かで満ち足りたあの時間のことは、今でもはっきりと思い出すことができる。
(どうしてお母さんは一緒《いっしょ》じゃないんだろう)
と、葉は思った——ただし、それは今が初めてではない。あの裕生の手術の日に父と話した時、いや、その少し前から何度かそう思ったことがあった。
両親は休日になっても、あまり一緒に過ごさないようになっていた。用事があると言って出ていくのは母の方で、たいていは夜になるまで帰らなかった。三人で過ごしている時は、両親の様子《ようす》に特に変わったところもない。
ただ、夜中にいつまでも二人でひそひそと話しているのを、ふすま越しに聞いたことがある。
そのことを葉《よう》は誰《だれ》にも言ったことがない。なんとなく口に出してはいけないことのような気がしていた。いつか両親が帰ってきたら、その時には尋《たず》ねようと思っていた。
未《いま》だに葉は父が帰ってきたという実感が湧《わ》かない。嬉《うれ》しいことのはずなのに、母がいないことがその喜びの邪魔《じゃま》をする。父が帰る時は母も一緒《いっしょ》だと固く信じてきたためだろう。頭では分かっているのに、どうしても目の前にいるのが父ではない別の誰かのような気がしてしまうのだった。
どれぐらい時間が経《た》ったのか分からなくなった頃《ころ》、ふと清史《きよし》が葉に顔を向けた。
「葉は本当に一人でずっと帰りを待っていたんだな」
と、清史が言った。
「ツネコからさっき聞いた。つい最近まで、ずっと団地に一人で住んでいたって」
葉はこくりとうなずいた。
「あの日、わたしがそうしろと言ったからか?」
葉はうつむいた。自分の気持ちをうまく言葉にできなかった。
もう信じられないほど昔の出来事のような気がする。最初は父の言葉を守っているつもりだったとしても、それだけで何年もあの部屋で待てるわけではない。
「この四年に起こったことを、わたしはよく憶《おぼ》えていない。どうして家を出ることになったのか、どこでなにをしていたのかも。ただ、わたしはずっと帰りたいと願《ねが》っていた。もう一度お前に会いたいと願っていた。お前に会って……」
ふと、清史の言葉が途切《とぎ》れた。沈黙《ちんもく》が葉たちを包む。
「本当にお前は大きくなった。わたしの記憶《きおく》の中では、お前はまだほんの子供だった」
再び口を開いた時には、別の話になっていた。
「この四年間、色々あっただろうな」
葉が真っ先に思い浮かべたのは、「黒の彼方《かなた》」のことだった。しかし、カゲヌシのことは伏せておくように裕生《ひろお》から言われている。カゲヌシに操《あやつ》られていたとはいえ、どこまで本人にその自覚があったのかは未知数だし、仮になにか知っていたとしても、「黒の彼方」にそれを知られてしまうのは危険だった。後日、裕生たちが確認《かくにん》することになっている。
「なにかあった時、お前を助けてくれた人はいたか?」
「裕生ちゃん」
と、葉は即答した。藤牧《ふじまき》先輩《せんぱい》、と言わなかったことに少し罪悪感を覚えたが、どうせそう言っても父には分からない。
「それにツネコおばさんや、他《ほか》にも……」
「……そうか」
と、言いながら、清史はゆっくりと目を閉じた。
「世話になった人たちに、お礼をしなければならないな……」
清史《きよし》の言葉が不明瞭《ふめいりょう》になっている。どうやら眠りに落ちかけているようだった。
「お父さん」
と、葉《よう》は呼びかけた。口に出してから、それが四年ぶりに口にした言葉だと気づいた。
「……なんだ?」
「お母さんは?」
しばらく待ったが、父の返事はなかった。
すでに清史は静かに寝息を立てていた。
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