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シャドウテイカー リグル・リグル19

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:6 葉はいったん公園の出口まで駆け戻っていた。抱き合っている二人の姿が、葉の頭の中をぐるぐると回り続けていた。いつからだ
(单词翻译:双击或拖选)
 葉はいったん公園の出口まで駆け戻っていた。
抱き合っている二人の姿が、葉の頭の中をぐるぐると回り続けていた。いつからだろう、と葉は何度も思った。きっと最近のはずだ。二人とも気を遣《つか》ってなにも言わないでいてくれたに違いない——。
ふと、葉は立ち止まった。
(じゃあ、今朝《けさ》のあれは……?)
みちると付き合っているのだったら、裕生があんなことをするとは思えなかった。
葉《よう》はさっきの二人の様子《ようす》をもう一度よく思い返してみた。みちるの顔は見えなかったが、裕生《ひろお》の顔はどこかおかしかった気がする。大きく目を見開いて、なにか恐ろしいものでも見たような表情を浮かべていた。恋人と抱き合っている時に、あんな顔をするものだろうか。
(もう一回、行ってみよう)
なにか大事なことを見落としているのかもしれない。葉はもう一度向きを変えて、木立《こだち》に向かって走り出した。
 葉は裕生の隣《となり》に立って、銀髪の少女と向かい合う。一瞬《いっしゅん》だけ、彼女からは確《たし》かにカゲヌシの気配《けはい》がした。
「雛咲《ひなさき》さん、こんにちは」
と、彼女が言った。葉は目の前の相手が誰《だれ》なのか分からなかった。どこかで会った気もしたが、名前を思い出せない。それでも相手は彼女のことを知っているようだった。
「……誰?」
そう言った時、隣にいた裕生がはっと息を呑《の》んだ。
「船瀬《ふなせ》千晶《ちあき》。この前、名前も名乗ったと思うけど?」
不満げに彼女は言った。
「……船瀬千晶」
その名前は知っていた。巨大な幼虫の姿をしたカゲヌシ・リグルの契約者。
「西尾《にしお》の中にリグルのうちの一匹がいるんだ」
と、裕生は言った。みちるは千晶の後ろに立って、裕生と葉を楽しそうに見守っている。
(さっきはそのせいだったんだ)
と、葉は思った。カゲヌシに操《あやつ》られていただけだったのだ。
「葉、『黒の彼方《かなた》』を出さないで」
と、裕生は小声で言った。
「分かってます」
このカゲヌシは人間の体内に潜《もぐ》りこむ。契約によって人間を攻撃《こうげき》できない「黒の彼方」には、戦う方法がなかった。
「雛咲さん、『同族食い』を出さないの?」
と、言いながら千晶が葉を見る。
「噂《うわさ》通り、本当に人間を攻撃しないのね」
葉ははっと息を呑んだ。この相手は「黒の彼方」の弱点を知っている。
「どのリグルも単体の力はさほど強くないけれど、人間の体に潜りこんでこそ真価を発揮する……あなたのカゲヌシとは相性《あいしょう》が悪いみたいね」
千晶は背後にいるみちるをちらっと振り返った。
「藤牧《ふじまき》裕生《ひろお》がリグルのどれかを受け入れれば、この子は解放してあげる」
 千晶《ちあき》の言葉にみちるは気が遠くなるほどの衝撃《しょうげき》を受けた。
(あたしのせいで藤牧が……)
裕生が捕まった瞬間《しゅんかん》、自分たち全員が千晶の道具と化す。葉《よう》も今以上に苦しい立場に追い込まれるだろう。
裕生と葉は顔を見合わせた。ああやめて、とみちるは思った。
お願《ねが》いだから二人とも逃げて。
しかし、次の瞬間裕生が千晶の方へ一歩踏み出した。葉がなにか言いかけるのを制して、彼は口を開いた。
「分かった。ぼくが……」
途方《とほう》もない恐怖と怒りがみちるに今までにない力を吹きこんだ。
(あたしが自分でリグルを追い出せばいいんだ!)
みちるは右手を左に動かした。さっき文字を書いた時とは比べものにならないほど大きな動きだった。苦痛もまたさっきとは比べものにならない。指、手首、肘《ひじ》、右腕のあらゆる関節に無数の灼《や》けた刃《やいば》が押しこまれているようだった。
すべてを一瞬で終わらせなければ、意識《いしき》どころか正気を失うと彼女は悟った。彼女は左手がゆるく握りしめていた「黒曜《こくよう》」の小瓶《こびん》をもぎ取った。そして、ゴムの栓《せん》を親指ではね飛ばしながら、瓶の口を自分の唇の隙間《すきま》に差しこんだ。
かちん、と歯とガラスがぶつかる音が聞こえた。みちるは瓶そのものを口の奥へと押しこみながら、掌《てのひら》の手首に近い部分で顎《あご》を思いきり跳《は》ね上げた。
下向きに傾いた瓶から、苦《にが》い液体が流れ出してくる。それは口全体を満たして、喉《のど》の奥へと流れこんでいった。反射的にごくりと嚥下《えんか》する。
(飲みこんだ!)
一瞬、意識が遠のいた。右腕は苦痛に灼《や》かれて、跡形もなく消えてしまったような気がした。
この「黒曜」が人間に無害かどうかはまったく分からない。みちるが知っていたのは裕生が口に含んでも無事だったということだけだ——口に含むことができるなら、飲みこむこともできるかもしれない。
「西尾《にしお》!」
はるか遠くから裕生の声が聞こえる。その呼びかけで、ぎりぎりのところで意識を保つことができた。体の奥へ「黒曜」が流れこむのがはっきりと分かる。その部分だけリグルがもたらすものとは別の、しびれるような痛みが走った。
突然、みぞおちのあたりにいる大きな塊《かたまり》が体の中で跳ねた。
(うっ……)
彼女の体の中で、リグルが激《はげ》しく動いている。その動きは徐々《じょじょ》に大きくなり、やがて彼女の口を目指して、身をよじるように這《は》い上がっていった。
 ぼとり、と巨大な青い芋虫《いもむし》がみちるの口から地面に落ちる。千晶《ちあき》は裕生《ひろお》たちに背を向け、青のリグルの方へ急いで戻ろうとした。
裕生も葉《よう》を見逃さなかった。
「葉!」
と、裕生が叫ぶと同時に、葉は口の中で自らのカゲヌシの名を呼んだ。
「黒の彼方《かなた》」
葉の影《かげ》がみるみるうちに膨《ふく》らんで、弾《はじ》けるように巨大な双頭の黒犬が姿を現した。片側は目を開け、片側は眠ったままだった。
裕生は葉の手をしっかりと握りしめている。このカゲヌシを葉の影に戻すには、裕生が彼女の名前を呼んで目を覚まさせるしか方法はない。今までにも影の中に戻ることを嫌《きら》って、何度も裕生のもとから逃げ出そうとしていた。
「黒の彼方」は地面の上でもがく青のリグルへと一直線《いっちょくせん》に駆けた。リグルは自ら機敏に動くことはできず、地面の上をのろのろと進むだけだった。
千晶が追いつく直前、地面を蹴《け》った黒犬は青い幼虫をくわえてくるりと向きを変えた。顎《あご》にはさまれたリグルは激しくもがいている。
「黒の彼方」は肩で息をしている千晶と向かい合った。
その一方で、
「お久しぶりですね」
と、葉が裕生に言う——今、彼女が口にしているのは葉の肉体をも支配している「黒の彼方」の言葉だった。裕生は無言で葉の手をさらに強く握った。あの青のリグルが倒された瞬間、葉を呼び覚まして「黒の彼方」を影へと帰すつもりだった。
「まだわたしを倒す方法を探っているのですか?」
なおも「黒の彼方」は語りかけてくる。裕生は答えなかった——答えられることがなにもなかったからだ。
「あの虫のカゲヌシを食いつくしたら、おそらくわたしは元に戻ります」
裕生の全身がこわばった。龍子主《たつこぬし》を倒した後、葉の記憶喪失《きおくそうしつ》はさらにひどくなった。たった今も、一昨日《おととい》会ったはずの船瀬《ふなせ》千晶の顔を忘れていた。
それでも三つ目の首を失ったままのこのカゲヌシは完全体ではない。もし、完全体に戻ったら、一体どんなことが起こるのだろう?
「その子を放しなさい」
千晶の声が聞こえた。彼女は黒犬の前に立って、体を震《ふる》わせている。
葉《よう》——「黒の彼方《かなた》」は嘲《あざけ》るように鼻を鳴らした。
「人間に潜《もぐ》りこむだけが能の、こざかしい虫」
と、低い声でつぶやいた。
「わたしの一部になるがいい」
黒犬の顎《あご》に力がこもり、裕生《ひろお》は思わず目を背《そむ》けた。
不意に低いうなり声に似た音が聞こえ始めた。ぱちっとはぜるような音がそれに混じる。
「うっ」
なぜか声を上げたのは葉の方だった。彼女は崩《くず》れ落ちるように地面に膝《ひざ》を突いた。
裕生が「黒の彼方」の方を見ると、黒犬が全身の毛を逆立《さかだ》てながらぶるぶると震《ふる》えていた。青白い火花が時折音を立てて弾《はじ》ける。体のあちこちから煙が上がっていた。
(電気……?)
やがて、力なく開いた顎から青のリグルが地面に落ちた。千晶《ちあき》がリグルを拾い上げても、黒犬はその場から動けずにいた。
「人間に潜りこむだけが能じゃないわ」
彼女は大きく口を開ける——ネズミが巣穴に戻るように、青のリグルが彼女の体の奥へと潜りこんでいった。
「電流の制御《せいぎょ》がリグルの本来の能力。神経系の微電流を制御することで、人間を操《あやつ》っているの。人間の体内にいる時は高圧電流を放出できないけれど……油断したわね」
それから、千晶は裕生と葉の方を向いた。
「方法を変えるわ」
と、彼女は言った。
「もう、あなたたちを無傷で手に入れようとは思わない。覚悟しておいて」
彼女は裕生たちに背を向け、杖《つえ》を突きながら早足で木立《こだち》の奥へと消えていった。
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