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シャドウテイカー ドッグヘッド24

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:第四章 「シャドウテイカー」1 どれぐらいの時間、暗い部屋にうずくまっているのかよく思い出せない。加賀見《かがみ》駅で彼
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第四章 「シャドウテイカー」

 どれぐらいの時間、暗い部屋にうずくまっているのかよく思い出せない。
加賀見《かがみ》駅で彼女にかけた最後の言葉が、頭の中をぐるぐる回り続けていた。
少し待ってて、と裕生は確《たし》かに言った。あの時、彼女はとても寂しそうな顔をしていた。なにか言いたそうだったのに、どうしてもう一度きちんと聞かなかったんだろう?
結局、あれっきり一言も話すことは出来なかった。
これからも、もう二度と話せない。
「……藤牧」
誰かが呼んでいる。ぼくの名前だ、と彼は思った。
誰が呼んでいるんだろう。葉《よう》とは違う。葉でなかったら、一体誰が——。
「藤牧」
はっと我《われ》に返った。すぐ目の前にみちるの顔がある。彼女は裕生《ひろお》の正面に腰を下ろしている。彼はぎこちなく周囲を見回した。彼は明かりの消えた部屋で、窓を背にして座っていた。レースのカーテン越しに月光が差し込んでいる。
「ここは……?」
みちるはくすっと笑った。
「藤牧《ふじまき》がここに来ようって言ったんだよ。団地の雛咲《ひなさき》さんの部屋」
「あ……」
裕生はようやく思い出した。警察《けいさつ》が到着する前に、裕生たちも体育館《たいいくかん》の裏から外へ出た。朝まで誰《だれ》にも見つからずに隠れられる場所というと、ここしか思い付かなかった。上の階の裕生たちの部屋には父の吾郎《ごろう》が帰ってくるおそれがある。今自分がどういう状態に置かれているのか、父に話すわけにはいかなかった。
さっきこの部屋のラジオを点《つ》けてみると、ちょうど学校での事件が報じられていた。死者一名、重傷者四名と言っていた。死者の一人は蔵前《くらまえ》に違いない。学校を出る時に裕生たちは蔵前の死体を見ていた——「黒の彼方《かなた》」に喉《のど》を噛《か》み千切《ちぎ》られていた。同情の余地はないが、無惨《むざん》な死に方だった。
他《ほか》に死んだ人間がいないということは、ひとまず雄一《ゆういち》も無事らしい。裕生たちは安心していた。
「ごめん……ぼーっとしてた」
「別に謝《あやま》ることないよ。さっき、また痛み止め飲んだせいだと思う」
「そっか……そうだったね」
あまりにも怪我《けが》の痛みが激《はげ》しくなり、この部屋に着くとすぐに薬をもらった。怪我をしたことすらほとんど忘れかけていた。
「もう、薬も必要ないんだけど……どうせ、朝になる前に全部終わるんだし」
と、裕生は言った。みちるがカゲヌシと交わした約束のことはもう聞いている——もうすぐ、自分は死にに行くのだ。
結局、葉《よう》を助けられなかった。もう彼女を救う方法はない。
裕生は奇妙にさっぱりした気分だった。自分の周りの人間たちも大勢傷ついた。自分一人で済むのなら、もうそれで決着を付けたかった。
一晩時間が出来て良かった、と彼は思った。「黒の彼方」が気まぐれを起こさなかったら、どうして自分が死ぬのか分からないまま死んだだろう。この一晩の猶予《ゆうよ》のおかげで、きちんと自分で覚悟を決めることが出来た。もう、いつ死んでも——。
「あたしと逃げない?」
「え?」
裕生は自分の耳を疑った。
「もし藤牧《ふじまき》がそうしたかったら、あたし一緒《いっしょ》に逃げてもいいよ。どこか遠いところへ行って、二人きりで暮らすの。カゲヌシのこととか、全部忘れて……」
「なに言ってるの。だって、さっきは……」
みちるが黒の彼方《かなた》と約束を交わしたはずだ。しかし、彼女は激《はげ》しく首を横に振った。
「あたし、藤牧に死んでほしくない!」
その声の激しさに裕生《ひろお》は飛び上がりそうになった。
「あんな約束、好きでしたわけじゃないよ。藤牧を死にに行かせるなんて……」
彼女は裕生の無事な方の手を握って、はらはらと涙を流し始めた。
しかし、見られるのを恥じるように顔を伏せた。
「……ごめん。逃げられるわけないよね。なに言ってるんだろ、あたし」
ふと、頭に浮かんだのは葉《よう》のことだった。最初に「黒の彼方」に取《と》り憑《つ》かれていると分かった時、この部屋でこんな風《ふう》に泣かれたことがあった。町を出ます、と言い張る彼女に、「一人にしない」と裕生ははっきり誓った。
(あの時、どうして気が付かなかったんだろう)
葉を一人にしたくないのではない。自分が葉にいてほしかったのだ。たとえ彼女がカゲヌシに取り憑かれ、人間でなくなったとしても。自分が葉から離《はな》れたくなかったのだ。
今になって、ようやくその気持ちが分かった。
「……葉《よう》」
気が付くと裕生《ひろお》はつぶやいていた。一瞬《いっしゅん》みちるは息を詰めて、静かに裕生の手を放した。それから、立ち上がって窓の外を見た。
長い沈黙《ちんもく》の後で、みちるはつぶやいた。
「あたし、藤牧《ふじまき》が好き」
あまりにも普段《ふだん》通りの口調《くちょう》だったので、裕生は聞き流すところだった。裕生は彼女の顔を見上げた。本当かと聞き返す気にはならなかった。みちるが冗談《じょうだん》でこんなことを言うはずがない。
「藤牧は誰《だれ》が好き?」
裕生の気持ちを分かった上で尋《たず》ねているのだと分かった。それなら、はっきり答えなければならない。裕生は目を閉じて今一度自分の気持ちを確《たし》かめた。
「ぼく、葉が好きなんだ」
震《ふる》える声で裕生は言った。ごめん、と言いそうになるのを慌ててこらえた。なぜか、謝《あやま》ってはいけない気がした。
みちるが目を閉じてふっとため息をついた。そして、笑顔《えがお》で振り返った。
「じゃあ、これからどうするの?」
彼女は明るく言ったが、よく見ると目にはまだほんの少し涙がたまっていた。
「……葉のところに行く」
待っていてほしいと彼女に言ったのだから。たとえどんな方法を使ってでも、「黒の彼方《かなた》」から彼女を助け出そうと思った。
そう言ってから、裕生の胸に不安が兆《きざ》した。それはあくまで自分の願《ねが》いだった。互いに気持ちを確かめ合ったこともなく、彼女がなにを願っていたのかは知らない。
「はい」
突然、目の前になにかが差し出された。よく見ると、それは葉の持っていた手帳だった。
「学校で拾ったの。結局|雛咲《ひなさき》さんに返す機会《きかい》がなくて……悪いと思ったけど、ちょっと中見ちゃった。藤牧は読んでもいいと思うよ」
裕生はそれを受け取って中を開いた。
「あたし、諦《あきら》めたわけじゃないからね」
どういう意味だろう、と思いながら、裕生は月明かりで手帳を読み始めた。内容の一部は裕生も知っているし、見たこともあった。前半には彼女の生い立ちや人間関係や日用品の置いてある場所にいたるまで、小さな字でぎっしりと書かれていた。
後半に行くと記述は日付ごとに区切られていて、詳細な日記のようにここ数ヶ月間の出来事を確認《かくにん》することが出来た。最近になるにつれてその字は少しずつ乱れ、つたなくなっていき、同時に裕生の名前が増えていった。
裕生ちゃんがお見舞《みま》いに来てくれた、裕生ちゃんと朝食を食べた、裕生ちゃんと買い物に出かけた——やがて、登場する名前はほとんど裕生《ひろお》だけになった。
最後に近いページで、裕生ははっとして手を止めた。
「裕生ちゃんへ」と、大きな字で書いてある。
(ぼくへの手紙だ)
その手前のページを確《たし》かめると、加賀見《かがみ》に戻ってきてから書いたものらしい。まだ、ほんの数時間前だった。
宛名《あてな》の下はほとんど真っ黒になっていた。途中まで書いてから、ぐしゃぐしゃと波線《なみせん》で消してしまっていた。裕生は目を近づけてわずかに読める断片を辿《たど》った——。
「あなたが名前を呼んでくれた」
「今までほんとうに」
「わたしはずっと前から」
裕生の頬《ほお》がかっと熱《あつ》くなった。これは葉《よう》のラブレターになるはずのものだ。ここに書かれているのは彼女の気持ちなのだろう。しかし、気に入らなかったのか、すべての言葉は消されている。
結局、言わずにおこうと決めたのか、もっと別の理由があったのかもしれない。
裕生は何気なく次のページをめくって、今度こそ息を呑《の》んだ。
そこには新しく書き直された手紙があった。「裕生ちゃんへ」という宛名の後は、たった一行書かれているだけだった。
 はやくきて。
 裕生は声を上げそうになる。下を向いて必死に涙をこらえた——彼女が呼んでいる。
「……分かった。必ず行く」
と、裕生はつぶやいた。
 アオカガミは病院の建物の前の空き地にいた。長い衣《ころも》を翻《ひるがえ》して、地面を見ながらとんとんと片足で跳《と》んでいる。みちるたちが近づいて行くと、アオカガミは顔を上げずに言った。
「他《ほか》の全部のカゲを卵には戻せないよ。君たちは条件を満たせなかったじゃないか」
その言葉にみちるたちは足を止めた。思った通りに事が進まなかったせいなのか、このカゲヌシは少し不満げに見えた。
「均衡《きんこう》を取り戻すのが、ぼくの出した条件だっただろう? アブサロム・ドッグヘッドがいなくなっても、『同族食い』が完全体になってしまったら意味がないよ……もちろん、ぼくに戦う力はないんだし」
みちるは地面を見たが、そこにはなにも描かれていない。誰《だれ》もいない相手と影踏《かげふ》み遊びをしているかのようだった。彼は片足を上げたまま、またひらりと跳《と》んだ。
「戦う力がないから、今までカゲヌシには近づかなかったのか?」
と、裕生《ひろお》は言った。
「うん……だから、他《ほか》のカゲの前にはできるだけ出ないようにしてたよ。危ないからさ」
アオカガミの澄《す》んだ声が、静かな夜の空気によく響《ひび》いた。
「じゃあ、もし条件を満たせたら?」
裕生がさらに尋《たず》ねると、カゲヌシはかすかに口元に笑《え》みを浮かべた。
「うん。もちろん、他のカゲを全部卵に返してあげるよ。ぼくも『黒の彼方《かなた》』があのまんまじゃ困るからね。でも、そんなの無理じゃないかな。君、死んじゃうんだし」
みちるはその言葉に動揺した。人の気持ちをなんだと思ってるの、と言いかけたが、やめておいた——なんとも思っていないに決まっている。
「『黒の彼方』を卵に戻す方法はないの?」
と、みちるは尋ねた。アオカガミはぴたりと足を止めて、みちるを不快げに見やった。裕生に比べると、明らかにみちるのことを気に入っていない。そういう感情の分かりやすさも、人間の子供のようで不気味だった。
「さっきも言ったじゃないか。あいつ自身が自分で隠された真の名前を唱《とな》えるしかないんだよ。あいつは自分で喋《しゃべ》れないから、この場合は契約者の方だけどさ」
「その名前って?」
「そんなの聞いてどうするの? 今のあいつが自分じゃ絶対に唱《とな》えるはずないんだから……それに、最初に会った時にちゃんと教えたよ」
「え?」
思わずみちるは聞き返した。
「ぼく、同じこと二回言うの、好きじゃないんだ」
むすっとしてレインメイカー——アオカガミはまた遊び始めた。
みちるはため息をついた。ここに来るまでに、みちると裕生はこれからどうしたらいいかを散々《さんざん》話し合ったが、なにもいい考えを思いつかなかった。このカゲヌシに聞けば、なにか分かるかと思ったが、やはりそれほど甘くはなかった。
「藤牧《ふじまき》裕生、君はよくがんばったよ。カゲ相手にさ。生身の人間の限界までやったと思う……でも、それももうおしまいだね。君が死んじゃったら、どうするかちゃんと考えるよ」
カゲヌシは一際《ひときわ》高く跳んだ。着地する時に、二本の脚の間にうろこの生《は》えた長い尾がちらりと見えた。
「次はグンタイとか、そういうのをあいつにぶつけてみようかな。この世界の人間は、色々武器を持ってるんでしょう?」
次になにをして遊ぶかを考えている子供のようだった。この世界でしていることも、彼にとっては遊びのようなものかもしれない。
「人間……」
その時、裕生《ひろお》が初めて口を開いた。
「……人間の限界」
彼の顔色はさらに青ざめていた。ぎくりとしたようにアオカガミが足を止めた。
「本気でそんなことするの?」
裕生に向かって言う。どうやら裕生はなにか思いついたらしい。そして、それがそのままアオカガミに伝わったようだった。裕生は軽くうなずいた。
「その方法でうまく行ったら、カゲヌシを消してもらえる?」
「……うん。まあ、君がいいんだったらぼくはいいけど?」
アオカガミがためらっているのを見て、みちるは不安にかられた。危険な方法なのではないだろうか。
もっとも、この期《ご》に及んで危険でない方法などありそうもなかった。
「ありがとう。じゃあ、そうするよ」
裕生はくるりと背を向けて門の方へ歩き出した。みちるは慌てて彼の後を追った。
「ねえ、なにを思い付いたの?」
「西尾《にしお》」
と、裕生は言った。
「後はぼくが一人でやるから」
みちるは立ち止まりそうになった。なにをしようとしているのかは分からない。しかし、もう裕生は結論《けつろん》を出してしまったように見える——なにを言っても無駄《むだ》だと思った。
「帰ってくる?」
一瞬《いっしゅん》、裕生はためらったが、答えははっきりしていた。
「うん。必ず帰る」
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