返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 作品合集 » 正文

シャドウテイカー ドッグヘッド27

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:4 わずかな間、眠ってしまったのかもしれなかった。部屋の中でなにかを引きずるような音が聞こえる。それを耳にして、初めて自
(单词翻译:双击或拖选)
 わずかな間、眠ってしまったのかもしれなかった。
部屋の中でなにかを引きずるような音が聞こえる。それを耳にして、初めて自分が目を閉じていることに気付いた。
裕生《ひろお》は目を開けた。
相変わらずなにもないビルの一室に腰を下ろしていた。あの黒い霧《きり》も完全に姿を消し、窓の向こうには早朝の青みがかった空が見えるだけだった。
階位の中にいるカゲヌシは既《すで》に消えているだろう。カゲヌシに取《と》り憑《つ》かれていた人々も、すべて解放されているはずだった。
少なくともこれで「黒の彼方《かなた》」は葉《よう》から離《はな》れざるを得ない。餌《えさ》となるカゲヌシがもういないのだから。それまでにどの程度の時間がかかるか分からないが、今まで「黒の彼方」が捕食を行ってから飢《う》えるまでの時間を考えれば、長くともあと一、二ヶ月で解放されるはずだった。
それは満足すべきことだと思う——しかし、裕生にとっては失敗だった。
(多分《たぶん》、もう葉には会えないな)
おそらく、「黒の彼方」に殺されてしまうだろう。しかし、どこかでそれを予想していた気もする。みちるには必ず帰る、と言ったが、二人|揃《そろ》って帰ると誓うことは出来なかった。あの時、もし自分が死んだとしても、葉一人は必ず帰れるようにしようと思った。
ふと、右手に硬いものが触れる。カゲヌシの黒い卵が転がっていた。
どうしてこんなところにあるのだろう?
「目が覚めましたか?」
葉の声が聞こえる。顔を上げると、ドアのそばに葉が立っていた。背中で両手を組み、満面の笑《え》みを浮かべている。「黒の彼方」の姿はどこにもない。
「あの黒犬は?」
「黒犬?」
彼女は不思議《ふしぎ》そうに首をかしげた。
「……戻りましたよ」
裕生ははっと傍《かたわ》らの卵を見る。ひょっとすると、「黒の彼方」の性質を誤解していたかもしれない。裕生を殺してもなんの意味もないと合理的に判断し、早速《さっそく》自分から卵に戻ったとしても別に不思議は——。
再びなにかを引きずるような音が聞こえた。
「……え?」
葉が例の斧《おの》を引きずってこちらへ近づいてきた。裕生のそばで立ち止まると、その武器を高々と振り上げる。そして、彼の右脚に向かって振り下ろした。
「うわっ」
水の中にいるような重い動きで、裕生《ひろお》はごろごろと転がった。
裕生は自分の足を確認《かくにん》する。無事だった、と一瞬《いっしゅん》思ったが、ジーンズのふくらはぎのあたりがざっくりと切れて、血がじわりとにじんでいた。骨まで達してはいないようだが、もう素早く動けそうもない。
「とりあえず、逃げられないようにさせてもらいました」
明らかにこの相手は「黒の彼方《かなた》」だ。葉《よう》に戻ったと思いかけた自分が情けなかった。
「『本体』はどうしたんだ?」
「影《かげ》に戻しましたよ。もう、本体を出さなくともこの娘はわたしのものですから」
葉——「黒の彼方」は、斧《おの》を引きずったまま裕生の方へゆっくりと近づいてきた。顔に奇妙な笑《え》みを浮かべている。今にも吹き出すのをこらえているように見えた。
「もう一度、その卵を割っていただけませんか?」
「……え?」
裕生は床《ゆか》の上にある黒い楕円体《だえんたい》を見つめた。
「あれはなんの卵なんだ?」
「廊下にあった……アブサロムの卵です」
「アブサロム?」
あのシャドウテイカーのことを言っているらしい。
「瀕死《ひんし》の状態でしたが、また卵に戻ってしまった……あなたにそのカゲヌシともう一度契約を結んでほしいのです。わたしの餌《えさ》にしたいのでね。もし協力していただけるならあなたの……」
「ぼくの命を助けてやるって言いたいのか?」
バカバカしい、と裕生は思った。このカゲヌシが自分を助けるはずがない。そんな口車にやすやすと乗るほど、愚《おろ》かではないつもりだった。
しかし、相手はぷっと吹き出して、はっきりと首を振った。
「いいえ、助けませんよ」
「……え?」
「わたしの言うことを聞けば、殺し方を変える。それが提案です」
「殺し……方?」
相手は深くうなずいて見せた。
「あなたがわたしの言うことを聞けば、わたしの『本体』があなたを殺す。その後、すぐにわたしはこの世界から去ります。しかし」
葉の体はやすやすと斧を持ち上げた。三日月《みかづき》形の刃《やいば》が窓から差し込む朝日に鈍《にぶ》く光った。
「もし断れば、この雛咲《ひなさき》葉の体で殺します」
「それがなんだって言うんだよ」
と、裕生《ひろお》は言った。殺すことになんの違いもない。
すると、「黒の彼方《かなた》」は葉《よう》の声でくすくす笑った。
「まだ分かっていないようですね。わたしが去れば、この娘は目を覚ますのですよ。失われた記憶《きおく》も、時間をかければ元に戻ります。しかし、その時はあなたもわたしもいない。残るのは彼女があなたを殺したという事実だけです」
冷たい恐怖がじわりと裕生の足元からのぼってきた。
「もちろん、あなたを殺したという証拠は残しておく。誰《だれ》の目にも分かるようにね。あなたのいない世界で、最も愛するあなたを殺した雛咲《ひなさき》葉が、どんな一生を送ることでしょうね?」
こらえきれなくなったように、「黒の彼方」は声を立てて笑い始めた。裕生にも事情がはっきりと呑《の》み込めてくる。
もし、そのようなことになれば、彼女の心は想像を絶する深い傷を負うだろう。自分から命を断ってしまうかもしれない。
「もちろん、あなたの代わりに彼女を癒《いや》しかねない人間も、同じように殺してもらいます。さしあたって、あなたの兄、彼女の叔母《おば》、あなたの友人たち、そして……」
「やめろ!」
と、裕生は叫んだ。想像するだけでも震《ふる》えが止まらなかった。
「……分かったよ。言う通りにする」
今度こそ本当に負けだと思った。自分が言う通りにしたところで、このカゲヌシが約束を守るとは限らない。しかし、最も危険な相手の良心に期待するしか、今の裕生には選択肢が残されていなかった。
裕生はもう一度カゲヌシの卵を見つめた。この卵を割り、シャドウテイカーともう一度契約を結べば、自分がこの世で出来ることはすべて終わってしまう——。
(シャドウテイカー)
ふと、裕生の頭に夏の日の記憶が蘇《よみがえ》った。団地のそばの公園。黄色《きいろ》いレインコートを着た男。それを追いかけた自分。
「……あ」
あれはレインメイカーと初めて会った時だった。あの時、彼が口にした言葉の一つが、「シャドウテイカー」だった。意味が分からなかったので、そのまま気にも留めていなかった。裕生は今までの「黒の彼方」との会話を反芻《はんすう》した。
「そうだったのか」
と、裕生はつぶやいた。アオカガミと最初に話した時に、気が付いてもよかったのだ。
「覚悟は決まりましたか?」
裕生は葉の顔を見上げる。もう体の震えはぴたりと止まっていた。
「シャドウテイカー」
と、裕生《ひろお》は言った。葉《よう》の目がすっと細くなった。
「それがどうかしましたか?」
「……お前の真の名前だ」
「真の名前?」
相手は首をかしげた。裕生は構わずに話を続けた。
「考えてみれば、『影《かげ》を奪《うば》う者』……そのまま『カゲを食う者』って意味にもなる。お前にぴったりの名前じゃないか」
「誰《だれ》がそんな話を吹き込んだのですか?」
あくまで「黒の彼方《かなた》」は落ち着き払っている。しかし、裕生はもう騙《だま》されなかった。
「レインメイカーに教えてもらったんだ。階位の外にいるカゲヌシには、他《ほか》のカゲヌシとは違う別の名前があるんだろう? 卵に返る時には、自分でそれを唱《とな》えるんだって」
「あのカゲヌシの言うことを本気で信じているのですか?」
「黒の彼方」は嘲笑《ちょうしょう》まじりに言った。
「さっき、ぼくが自分のカゲヌシの名前を出した時、お前は名前について尋《たず》ねた。名前の意味を知りたかったんじゃない。誰が自分の真の名前を洩《も》らしたのか、知りたかったんだ」
「バカバカしい、一体どんな根拠で」
「じゃあ、唱えてみせろ!」
裕生はたたみかけるように叫んだ。わずかに相手の顔色が変わる——裕生は確信《かくしん》した。
「さっきからお前は一言も『シャドウテイカー』って言葉を口にしてない! 言わないんじゃなくて、言えないんだ!」
沈黙《ちんもく》が流れた。
いつの間にか、朝日がくっきりと部屋の中に差し込んでいた。もう夜が明けている。
「不用意に他《ほか》のカゲヌシの真の名を口にするとは」
やがて、かすれた声で「黒の彼方」はつぶやいた。表情は変わらないが、その奥ではレインメイカーや自分への憎悪が渦巻《うずま》いているのが分かった。
「それで、どうするつもりですか? あなたがなにを企《たくら》んだところで、もう彼女はあなたの言葉には……」
「もう企みなんか必要ないんだ!」
裕生は体に力が漲《みなぎ》るのを感じた。この名前を使って「黒の彼方」を元に戻すことこそ、自分の本当のねがいだったのだ。カゲヌシと契約を結んだからこそ、皮肉にもカゲヌシの力を借りる必要はなかったと分かった。
「葉はぼくを待ってたんだ。だったら、ぼくの呼びかけに答えないはずがない」
「もう待っていませんよ。あなたの呼びかけにも、答えなかったではありませんか」
「……違う」
裕生《ひろお》は手を突いて、傷ついた足を庇《かば》いながらゆっくりと立ち上がった。
「葉《よう》が答えなかったのは、答えるのを信じてぼくが呼び続けなかったからだ」
彼は一歩ずつ葉の方へ歩き出した。
「ぼくは藤牧《ふじまき》裕生。雛咲《ひなさき》葉、君に会いに来た」
葉の顔に嘲笑《ちょうしょう》が浮かぶ。しかし、裕生はひるまなかった。今目にしているのは、本当の彼女ではない。自分は彼女の本当の気持ちをもう知っている。
「葉、君に会いに来た」
「自分のことなど憶《おぼ》えていませんよ、この娘は」
裕生は首を振った。
「いや、憶えてる。お前が必死に耳を塞《ふさ》ごうとしてるだけだ。葉!」
じりっと裕生は前へ進んだ。葉の手がぎゅっと斧《おの》の柄《え》を握りしめた。かすかにその顔から笑いが引く。
「葉、君に会いに来たんだ……もっと早く来ればよかったんだけど」
「あと一歩でも近づいたら、殺しますよ」
「お前は黙《だま》れ! 葉!」
葉の体が動いて、大きく斧を振りかぶった。そして、ひゅっという風音とともに刃《やいば》が裕生の目の前を通り過ぎて行った。腕を吊《つ》っていた三角巾《さんかくきん》が裂け、だらりと左手が下がった。腕を固定していた雑誌が、ほとんど真っ二つになって床《ゆか》に落ちた。裕生の胸と腕からどっと生温かいものが溢《あふ》れた。
「う……」
怪我《けが》を確《たし》かめる余裕はなかったが、致命傷ではないことは分かった。
この相手は迷っている。カゲヌシの首を一刀両断にする力がありながら、裕生を一撃《いちげき》で殺せないはずがない。「黒の彼方《かなた》」が言うほど、葉との関係は強固ではないのだ。
「葉……ぼくは来た。会いに来たんだ」
体から力が抜け始める。はっきりした声を出せなくなっていた。さらに一歩、裕生は前へ踏み出す。手を伸ばせば葉に触れられるところまで来た。しかし、彼女の体がすっと引き、両手が斧を握り直した。床に触れていた刃がわずかに持ち上がる——もう一度|斬《き》り付けられれば、自分の命もどうなるか分からない。
しかし、裕生は足を止めるつもりはなかった。彼女の名を呼ぶこと以外のすべてが、今の彼には遠い出来事でしかなかった。
「葉!」
深く息を吸い込んで、彼は叫んだ。葉の体がびくっと震《ふる》える。彼の声が合図であるかのように、彼女は両腕を斜め上に跳《は》ね上げた。
裕生《ひろお》はさらに一歩近づいた。
頭上に持ち上げられているのは、葉《よう》の両手だけだった——彼女の斧《おの》は攻撃《こうげき》の前に手から離《はな》れて、床《ゆか》に転がっていた。しかし、裕生はその方も見ていなかった。
彼はふらりとよろけ、倒れるのを防ぐように足を踏み出した。そして、葉の肩に手を置いた。彼女に触れたというよりは、そうしなければ立っているのが辛《つら》いだけだった。彼の服は鮮血《せんけつ》で重くなっていた。
彼女は棒《ぼう》のように固まったままだった。
夜の学校のベンチで、突然入れ替わった「黒の彼方《かなた》」と話した時のことを、裕生はぼんやりと思い出した。相手は逆だったが、今の状況とよく似ている気がした。
「……葉」
葉の目を見ながら、裕生は囁《ささや》いた。青みがかったように見えるその瞳《ひとみ》は、不思議《ふしぎ》なほど澄《す》んでいた。彼女の唇が震《ふる》えながらゆっくりと動いた。
「……だれ?」
小さな声がその口から聞こえた。その声に裕生は歓喜した。今、目の前にいるのは雛咲《ひなさき》葉だ。
「裕生だよ。藤牧《ふじまき》裕生」
「……だれなの?」
(ぼくの名前をもう憶《おぼ》えてないんだ)
<img src="img/dog head_303.jpg">
胸が張り裂けそうに痛んだ。かろうじて声に反応しただけなのだろう。彼女の体は奇妙な震《ふる》えを繰《く》り返している。急がなければ、また「黒の彼方《かなた》」が戻ってきてしまう。
「君は誰《だれ》?」
裕生《ひろお》はゆっくりと尋《たず》ねた。
「わたしは、く………ろの、かなた」
一瞬《いっしゅん》、目の前が真っ暗になった。
もうここにいるのは雛咲《ひなさき》葉《よう》ではなく、あのカゲヌシなのかも——。
「くろいうみの、かなたにいるもの」
(あ……)
そういえば、あのカゲヌシ自身が言っていた。「黒の彼方」に付随したこと——裕生の書いた物語のことは、裕生に関することよりも長く憶《おぼ》えていると。裕生のことも自分自身のことも忘れた今、あの物語に出てくる少女を自分だと思っているのだ。
「じゃあ、ぼくは誰?」
「なまえを……くれた、ひと」
その言葉に裕生は納得した——今の葉の中では、自分はあの少年になっているらしい。裕生の名前に反応しなかったのもそのせいだろう。あの少女と一緒《いっしょ》に旅をする少年の名前を裕生は書いていなかった。
「ぼくがこれから言う名前を唱《とな》えてほしいんだ、君に」
彼女は不思議《ふしぎ》そうに小首をかしげた。
「たびは……?」
「え?」
「わたしたち……たびを、してた。おおきなおしろに、いるの」
そうか、と裕生は思った。あの物語は旅をしている最中で途切《とぎ》れていた。裕生は必死に頭をめぐらせた。こんなところで、あの物語を続けることになるとは想像もしていなかった。
「もう、旅は終わりなんだ」
この旅も本当にここで終わりだ、と裕生は思った。
「旅を終わらせるために……本当の名前を唱えないといけない」
急に息が切れ始める。裕生の体力の限界が近づいているようだった。
「だれの……なまえ?」
裕生は葉の肩に手をかけたまま、ぐったりと顔を伏せる。一体誰の名前だろう。集中しようとしても、もう考えがまとまらない。気が付くと一番単純な答えを口にしていた。
「ぼくの名前」
そう言ってから、裕生の心がかすかにうずいた——この数ヶ月、彼の一番大切な相手と彼自身を苦しめてきた怪物の名前を、自分の名前と言ってしまった。
「……え?」
「ぼくの名前を、君に呼んでほしいんだ」
こくりと彼女はうなずいた。本当に自分の名前を呼んでもらえたら、という思いが彼の頭をかすめた。それが今の裕生《ひろお》のねがいだった。
裕生は最後の力を振《ふ》り絞《しぼ》って顔を上げる。今まで澄《す》んでいた彼女の瞳《ひとみ》が揺らぎ始めていた。一刻も早く名前を唱《とな》えなければならない。
「ぼくの名前は、シャドウテイカー」
葉《よう》の唇は動かなかった。永遠と思われるほど長い時間が過ぎた。
目に冷たい光が宿り始める。それは雛咲《ひなさき》葉ではなく、「黒の彼方《かなた》」のものだった。
間に合わなかったのか、と思いかけた刹那《せつな》、彼女の唇が動いた。
「……シャドウ、テイカー」
突然、どこからか苦悶《くもん》と憎悪の叫びめいたものが聞こえた気がした。
彼女の影《かげ》が瞬時《しゅんじ》に長く伸び、ぶつんと途中で切れた。切り離《はな》された影は楕円形《だえんけい》に変化し、水から浮かび上がるように床《ゆか》の上に立体となって現れた。
黒い卵だった。
それがなにを意味しているのか、裕生にはもう判断する余裕はなかった。
葉は力が抜けたようにその場に倒れて行った。同時に支えを失った裕生の体も、床に向かってまっすぐ落ちて行った。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%

[查看全部]  相关评论