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記憶の絵01

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:薄闇の中    三歳の記憶部屋の中は七時をすぎていてまだ電灯はつけていない、そんな位の薄暗さである。七時すぎと書いたが困
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薄闇の中
    ——三歳の記憶——

部屋の中は七時をすぎていてまだ電灯はつけていない、そんな位の薄暗さである。七時すぎと書いたが困ったことに私の部屋は七、八年来ずっと電灯は夜昼|点《つ》けっ放しなので、何時頃が今私の想い出の中に浮んでいる暗さなのかわからない。ともかく新聞の大きな活字も朧気《おぼろげ》にしか読めない位の暗さである。だがこれも又現在の私の視力で言っているので正確ではない。その私の視力が又おぼろげであって、今普通の電灯の百ワットを点けているが朝しか新聞が読めない、かと思うと親友の萩原葉子の部屋に行くとこれが読めるので、愕いてきいてみると、彼女の部屋は普通電灯、螢光灯、合せると全部で百三、四十ワットだというのである。四十位の時眼鏡というものを誂えたが、かけたり外したりしていると神経が疲れるし、あっと愕くほどよく見えるその見え方も好きではなかった。天然色映画のようで、いやに綺麗すぎて、昔眼のよかった時の光景では絶対にないのである。それでなんとなく見えている幽明の明《あか》りの中に今生きている。どうしてこうすべてが朦朧《もうろう》としているのか、不便なことである。さて、その度《ど》の判らない暗さの中に黒い洋服(軍服である)の男がこっちへ向いて座っていて、その後はうっすらと明るい障子である。私とその男との間の畳の上に灰色の小さな、いろいろな形をしたもの、丸いもの、なぞが十五、六並んでいる。これが私の最初の記憶で、女中の背中にくっつけられる怒りや、銭湯の湯気の中の真暗な湯槽《ゆぶね》の恐怖、又その時の、一寸冷えて、雫だらけの、底の方に温かみのある母の体に密着した記憶などはもう少し後の記憶である。
母親にきくとその時の黒い男は凱旋したばかりの父親で、灰色のものはゴム毬やゴム人形で、動物もあったのだそうだ。それは父親が失望して、私を見ていたところだというのである。戦争中、満洲へ遣った母の手紙で父親は私の成長した姿や、言葉、動作、なぞを知っていて、大変に会いたがって帰って来たのだが、私が仲々懐かなくて、頼むようにして抱こうとすると(一寸だけよ)と断って抱かれるので父親は失望した。私は父親より祖父や母親に抱かれたがり、女中にさえ「オンプ、オンプ」といって背負《おぶ》さるのを喜んだ。私がゴム人形が好きなので父親は出る度にさまざまのゴム人形を買って来てご機嫌を取っては、「パパ(パパァだったか、パァパだったか、父親は独逸の子どもの発音で言わせようとしたのだろうと想像するが、私の方ではパッパと言いはじめたので、その頃は母親も、祖母も、親類中の大人たちが皆父親をパッパと言っていた)のところへおいで」と言って膝へこさせたがっていたのだそうだ。私と父親との恋愛は、だから始めは父の方が恋をして、最後の別離の時には私が捨てたような形だ。事実はホオムスパンの背広の婚約者のフランス文学的殺し文句に一時傾斜しただけのようである。
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