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記憶の絵69

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:恋愛なんだ、どこが恋愛の話だと言わないで、黙って終りまで読んでいただきたい。私の父親は私に婚約者が出来ると、なんとなく変
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恋愛

なんだ、どこが恋愛の話だと言わないで、黙って終りまで読んでいただきたい。私の父親は私に婚約者が出来ると、なんとなく変った様子になって来た。私が「パッパ」と言うと「ふむ、ふむ」と柔かな微笑で返事をする。何か言って微笑《わら》えば、前と同じように微笑う。影の深い、なつかしい微笑いが返ってくる。ふざけて膝に乗れば、柔しい掌が背中を軽く叩《たた》いた。だがそれがどこか前とちがっている。その微妙なちがいは、私が我ままな恋人だったとしても責めることは出来なかったろう。たとえば、横を向いていた人間が、微かに、微かに、わからない程その角度を変えた。そういう感じだった。説明のむつかしい哀しみと、恨めしさが、私の心のどこかに宿った。いくら見ても、前と同じようなのが、いいようもなく寂しい。寂しさというものが、形のあるものなら、その寂しさの影のようなもの、といったらいいだろう。私が舅のくれた干柿(広島の祇園坊の)を三つだけ(私は常に吝《けち》である)父に持って行ってやったことや、父親が白い菫を掘って押し花にして、奈良から送ってくれたことや、楽しいこともあったが、だがやっぱり、いつのまにか、ふっと生れた、父と私との間の弱い、透明なような寂しさは、いつもあった。会えばいつも、一種の冷たさともいえない冷たさ、薄い黄金色《きんいろ》の蝋燭の火の、その又影のような寂しさだ。私と夫との、子供の女と大人の男との生活のような、甘い砂糖菓子のような世界にはだから、いつでも一滴の苦い汁が混っていた。やがて一足《ひとあし》先に渡欧した私の夫から父親のところへ、舅が私を呼ぶことに同意しないからなんとかしてくれという手紙が来はじめた。最後の手段で父親は郵船の知人に事を明《あ》かして船室を予約してから舅に会って一時間話をした。既に萎縮腎が起きていた父親は、それをやった後《あと》で母親に(俺は生れて始めて悪いことをやった)と言った。事後承諾で、舅の金で私を西洋にやったのだからだ。彼の私への微妙な変化を気づいて訊いた母に、(お茉莉はもう珠樹君に懐かなくてはいけない。俺はわざとしているのだ)と言った、ということを、私は後になって知った。さて私の出発の日が来た。父親は朝から心持青い、むつかしい顔で黙っていたが駅にくると見送りの人々の一番後に立って俯向いている。俯向いている父親の顔が、私はひどく気になった。今の今まで父との間の寂しさを恐れ、どこかで恨んでいた心が急に消えて、なんだか(行くな)といって寂しがっている父親をふり切って夫のいる巴里へ発とうとしている自分が悪い、ひどい娘に思えて来た。父の窃かに引きとめる心は柔しくて、弱々しい生れたばかりの薔薇の、薄紅の棘のように心臓の奥に刺さってくる。発車のベルが鳴った時、チラと見ると、父は二三度深く肯いた。(みんなわかっている)と、父の顔が言っている。昔の顔だ。死が三、四カ月後に来ることを知っていた父はとうとう仮面を脱いだのだ。私は顔中を涙にして泣いた。その柔しい薔薇の棘は私の心臓の真中に、今も刺さっている。これは私の恐ろしいほどな恋愛である。
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