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記憶の絵83

时间: 2020-03-30    进入日语论坛
核心提示:巴里の悪魔≪Me donne un baiser mユamie, que la bague aux doits≫(僕に接吻をくれるだろうね。僕が遣《や》った指環をその指
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巴里の悪魔
≪Me donne un baiser mユamie, que la bague aux doits≫(僕に接吻をくれるだろうね。僕が遣《や》った指環をその指に嵌めて……)
 矢田部達郎の破《やぶ》れたような、嗄《かす》れた声が、静寂《しづか》な羅甸街の闇の中に馬鹿に大きく響いた。一高経由帝大出の、デカンショ声である。歌は『ファウスト』でメフィストフェレスが歌う誘《いざな》いの歌である。それはたしかに悪魔の歌であって、止《と》めのところの悪魔の哄笑はとくに凄かった。『巴里の屋根の下』でアルベエル・プレジャンがやくざたちに囲まれ、「好きなのを取れ」と言って並べて見せる刃物の一つを取った場面のような、瓦斯灯の下である。
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≪Que la bague aux doits, que la bague aux doits,……≫
[#ここで字下げ終わり]
矢田部達郎の悪魔の声は悪魔の黒い翅のように、嗄《かす》れながら、ふわり、ふわりと闇の中に千切れ飛んだ。
オペラで『ファウスト』を観た帰りの私たち、石本己四雄、山田珠樹と私とは、矢田部達郎をとり囲んで歩いていたが、私を除いた後の人々は矢田部達郎の悪魔には馴れっこになっていて、(こいつは本当の悪魔だな)と、歌を聴いて改めて感じ入るようなこともない。私だけが、矢田部達郎の独逸語の ach の音に似ているメフィストの哄笑につりこまれたようになっていた。私たちがそれから何本目かの瓦斯灯の下に来た時、どこからともなく一人の痩せて小さな爺さんが出て来て、何か恐ろしいものを見るような眼で矢田部達郎を見上げた。
「おい爺さん、君んとこに娘がいるね、小柄で可哀い……」
矢田部達郎が破れ鐘のような声で言うと、彼の悪魔の声と、髪も眉も濃く、髭の剃り痕の青い東洋人の顔と、射るような眼の光にすくんでいた爺さんはいよいよ体を小さくした。と、矢田部達郎の眼がとたんに柔《やさ》しい微笑《わら》いに崩れ、彼は爺さんの肩を大きく一つ、二つ叩いた。「嘘だよ、嘘だよ」爺さんは洞《うろ》のように開《あ》いた眼をしょぼしょぼさせると逃げるように去った。
矢田部達郎はフランス語の発音の勉強だと言って、手あたり次第に街の人々に話しかけるのを常としていたが、その夜のは明らかに彼の悪戯《いたずら》だったのだ。彼は『ファウスト』を観てメフィストの歌に魅せられ、夜更けの巴里の町を一高育ちのデカンショ声で歌って歩いていたところへ現れた気の弱そうな、小さな爺さんが、自分を恐ろしそうに見るのを見てふと揶揄《からか》いたくなったのだ。
その小さな爺さんにとってそれは胸の潰れるような、悪魔の夜だったのだ。
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