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もめん随筆03

时间: 2020-03-31    进入日语论坛
核心提示:夙川雑筆   二いつであつたか、心斎橋まで買物に出たついでに活動写真を見る気になつて、戎橋際の松竹座に入つた事があつた。
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夙川雑筆
   二

いつであつたか、心斎橋まで買物に出たついでに活動写真を見る気になつて、戎橋際の松竹座に入つた事があつた。昼間の事だから空いてゐるだらうと思ひのほか立錐の余地もない満員で、これはこれはと思つたが今更ら仕方もなく、二階の席へ上つてゆくと此処はさすがにまだ空席がある。しばらくすると私の隣へさやさやと衣ずれの音をたてながら来て腰かけた人があつた。その衣ずれの音に惹かれて見るともなく見ると、藤色の華美な訪問服に白地にぬひとりのある帯をきつちりとしめて、まるで婦人雑誌の口絵からぬけ出したやうな美しい若夫人である。私は幸福になつた。美しい人といふものはいつも男のためにばかりあるのではない、彼女の存在は時として女をも子供をも愉しくさせる。私はいい匂のする花を嗅ぐやうに隣席のその若夫人が身動く度にただようてくる甘い香水の香をうつとりと吸ひながら映画を見てゐた。私は若い男のやうに幸福であつたが、ただ少少そぐはない事には映画はハロルド・ロイドの喜劇で、私はそんな美しい人の隣で、笑ふ事などは出来るだけつつしまうと思つたにもかかはらず、ついくすくすと忍び笑ひがもれてしまつたのである。
と突然、私の隣からぎやつといふやうな奇声があがつた。ちやうど蛙がふみつぶされる時とそつくりそのままの、世にも奇怪な声音である。私は瞬間茫然としてゐたが、やがてそれが、肩をすくめて笑つてゐる隣席の美しい夫人の笑ひ声であつたと知つて、再び茫然としてしまつた。しばらくすると何となく悲しいやうな気がしてきて、私は席を起つて映画館を出てしまつた。出て見ると戸外《そ と》はもうちらちらと灯のつき初めるやうな暮れ方で、そんな時刻だといふ事までが何か私は悲しかつた。べつにはつきりと、東京を思出したわけでもなかつたのだが……
そのまま家へ帰つてしまふ気持になれず、私はぶらりぶらりとその辺の裏通りを歩いてゐた。うつかりと、どういふ処とも気がつかず歩いてゐると、不意に私の袂をひかへて「遊んでいつたとくなはれ」といふ人がある。六十に近いやうなお婆さんで、白髪の多いあたまに小さな丸髷をのせてゐる。私はただまじまじと起つてゐた。「なあ貴女《あ ん》さん、あがつたつとくなはれ、皆からだがあいてますよつて、どの妓かてかめしめへん。遊んだつとくなはれイな」
やうやく私には、自分の歩いてゐる町がどんな処かわかつてきた。一現茶屋とか芝居裏とかいつて、通りすがりの旅人でも雑作なく遊ばしてくれるお茶屋があるときいてゐたその町並なのであつた。だがそれにしても、私は男ではないではないか。
「遊んでゆけつて、だつておばあさん、私は女ではありませんか」
「何をおつしやる。男はんかて女子はんかて、お客さんにはかはりがおまつかいな。女子はんの方がこどもらかてからだがらくでよろこびまつさいな。なあ、あんさん、ひまで困つてまんのだつせ、遊んだつとくなはれイな」
なるほど、さうしたものかと私は感心して、大阪ではそれでは女のお客もあるのかと私の好奇心は動いて、どんな処かちよつと上つてみたいやうな気持になつたのを、いやいやと思ひ返した。上るのはよいがさてそれから、どんな事をすればよいものやら、私にはわかりにくい大阪言葉にかこまれて、唖のやうにただにやにやしてゐるばかりの自分の姿を想像すると、折角の好奇心もたじろいでくるのである。私は家に子供が待つてゐるのだからと断わりを云つてやつとその袂を離して貰つたが、それであとから気がついてみると、自分がひよつとそのお茶屋へ上つて見たいやうな気持に誘はれたのは、あのとしよりのねばねばとした、どこまでもからみついてくるやうな言葉のせゐではなかつたかと思はれる。いまどきのはやりに髪にこてなどあてた若い奥さんには、何かそぐはぬ心地のされる大阪言葉も、白髪の多い丸髷を小さくいただいたとしよりの口から聞けば、ピタリと胸に応へてくるのはふしぎである。「男はんかて女子はんかてお客さんにかはりがおまつかいな」私はひとりで口の中にまねて呟いて見たが、かんの高い東京の調子では上すべりがするばかりでいくら真似てもうまくはゆかぬ。私はあきらめるより仕方なかつた。ただその時以来、どんな美人の口からどんな奇怪な笑ひ声をきいても、一向悲観などしなくなつたのは、おなじ日に会つたあの客引きのとしよりのおかげである。
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