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もめん随筆15

时间: 2020-03-31    进入日语论坛
核心提示:秋の匂ひ虫干しのほそびきを縦横に張りわたし、部屋一ぱいにさぼした衣服の下にかびの匂ひをききながら坐つてゐると、とりとめも
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秋の匂ひ

虫干しのほそびきを縦横に張りわたし、部屋一ぱいにさぼした衣服の下にかびの匂ひをききながら坐つてゐると、とりとめもなくさまざまなことが浮んでくる。思ひ出は着物にしみたかびの匂ひとおなじものであるかもしれない。おもひ出して何の役にもたたぬことながら、年に一度つづらの底を払ふとひろげた衣裳のあひだから黴の匂ひがたつやうに、ふるい昔が思ひ出されてくるのである。
十九の秋、札幌から東京まで一人旅をして、向島の長唄のお師匠さんと知り合ひになつたことがある。お師匠さんは六十あまりのでつぷりと肥つたお婆さんで、仙台の花柳界へ出稽古の帰りだといひ、大勢の芸者が見送りにきてゐた。お師匠さんは汽車が動き出すと直ぐとから、ひとりぽちの私に眼をつけてまるで孫娘をでもいたはるやうにお菓子を紙に包んでくれたのである。
「若いもんは若いもん同士、さアさアこつちへきて賑やかにおやんなさいよ」
お婆さんはさういつて無理に私を自分の席の方へ連れてゆき、同行の若い学生風の二人に紹介した。
「この人達はネ、変りもんでネ、美術学校へ行つてるんだけど、私の秘蔵弟子でネ、この福井さんといふのは唄がいいし、町田さんはとても三味線がうまくてネ、私の代稽古をしてるんですよ、二人ともほんとに息子みたいなもので……」
ふつくらして脊の高い人が福井さんで、小柄のやせぎすの人が町田さんといつた。お師匠さんの仙台滞在があまり長くなりすぎてぬけられなくなつたので、東京から二人に迎ひにきてもらつたのださうである。東京へ帰つたら是非遊びに入らつしやいとお師匠さんはひどく私を気に入つて、いい娘だいい娘だとほめてくれた。
向島といふところは大変遠い気がしたし、また大変イキなところのやうにも思はれてついお師匠さんをたづねそびれてゐるうちに、町田さんからお手紙がとどいた。何だかむづかしい言葉が多くてよくわからなかつたけれども私が汽車の中で鏡花の小説を読んでゐたことが胸に応へたといふやうな話で、誰が見てもさしつかへのない手紙だつたのに、私の周囲の人は、汽車の中ですぐさういふ風に若い男の人と心易くなるのは不謹慎だと私を非難した。
私は周囲の人の反対をおしきつて町田さんに返事を出したと見え、そのうちに町田さんが私のところへきて三味線をきかしてくれることになつた。春さきのすこし埃だつ日に、黒い眼がねをかけ黒いケースに入れた三味線を提げて町田さんは私をたづねてきてくれた。さうして狭い二階の六畳で娘道成寺をひいてきかしてくれた。けれども田舎ものの私にはそれがどれほど上手な三味線かよくわからなかつた。ただビーンと耳の聾するやうな激しい音《ね》いろだけが感じられた。
町田さんが帰つて十分ほどすると、近所にすむ山田流のお琴の若いお師匠さんがきて、私に会ひたいといつた。何の御用でせうと玄関へ出てゆくと、お師匠さんは束髪のほつれ毛を二すぢ三すぢ頬にまつはらせて何となくのぼせたやうな声で、突然出ましてまことに失礼ですけれどいまお宅で三味線をおひきになりましたのはどちらのお師匠さんでせうか、あまりお立派なのできいてゐるうちにわくわくしてきまして失礼をかへりみず伺ひましたといふのである。いえお師匠さんではありません、まだ学生さんですけれどといふとお琴のお師匠さんは息をひくほど驚いて、それでは何とも恐れ入りますけれど今度またお見えになりました時一度私と手合せをして頂けますまいか、ぜひそのことをお願ひしてみて下さいといひ置いて帰つていつた。お師匠さんよりも私の方がよつぽど驚いてしまつた。
その秋にもう一度訪ねてきてくれた町田さんは、今度は三味線を提げて来なかつた。野分になりさうな夜の気配で、窓の障子の鳴る音を気にしながらむきあつてゐたが、風のせゐか何となく話が落着かなかつた。私が常磐津の稽古をしてゐるといふと町田さんはそれは無意義ですねといつた。藤間流の踊りを習つてゐるといふと、古いものはもう行きづまつてゐますよといふ。自分のしてゐることをいちいちけなされるやうで私は内心不服であつた。日本の音曲はもうすべて行きづまつてゐる、一度すつかりそれをこはして新しいものを建設しなくてはならない、——町田さんはさういふことをいろいろと難しい言葉で熱心に話されたが、私にはやつぱり何のことかよくわからなかつた。だから賛成も反対もできなかつた。
町田さんを見送つてそとへ出ると、どこかで栗を焼く匂ひがすうつと風にのつてきた。ひどく親しい匂ひであつた。町田さんは昂然と肩をそびやかすやうにして風の中を歩いて行かれたが、私のあたまにはその町田さんのうしろ姿と栗を焼く匂ひとが一つのおもひでとなつて残つた。
この間新聞のラヂオ欄を見てふと気がついた。伶明会の町田嘉章さんといふえらいお方がひよつとあの昔の町田さんではないかしらといふことである。もつとも私の知つてゐる町田さんは博三さんといひ、嘉章さんとはお名前がちがふけれども、何となくおなじ人のやうな気がされる。美術学生であつた町田さんはあの秋風の夜に別れたきり、消息が絶えてしまつた。私の音痴によくよく愛想をつかされたのであらうが、私はその後常磐津のお稽古はやめてしまつた。しらずしらず町田さんに感化されてゐたのであらう、長唄といへばいまはすぐ娘道成寺があたまへくる。町田嘉章さんがむかしの町田さんとおなじお人であつてもなくてもさしつかへはないのである。私はただそんなことを思ひ出せるのが愉しい。
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