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もめん随筆30

时间: 2020-03-31    进入日语论坛
核心提示:萩の楊枝   一下頤の奥の方のむし歯が呼吸もできない程痛むので、私は仔犬のやうにまるくなつて座敷の隅にちぢかまつてゐた。
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萩の楊枝
 
   一

下頤の奥の方のむし歯が呼吸もできない程痛むので、私は仔犬のやうにまるくなつて座敷の隅にちぢかまつてゐた。五つの時であつたと思ふ。前の晩の夜中から痛み出して、朝になつてもお昼になつても痛みはすこしもとまらないのである。母は無教育な人であつたから子供の歯の衛生など考へた事はなかつたのであらう。それに又その頃は激しいヒステリイのために、私だけを連れて田舎の林檎畑へ出養生にきてゐた時なので、汽車に乗つてわざわざ札幌の歯医者のところまで私を連れてゆく気も出なかつたものらしい。どうしたのか広い家の中に母の声も女中の声も聞えず、しんかんとした午後であつた。昼寝をしてゐたのかも知れない。座敷の障子はすつかりあけ放されて、すぐ庭さきを流れる小川にあをく空の色が映つてゐた。小川の向うはお隣りのやはり家とおなじい林檎畑で、茂りあつた林檎の梢にさわさわと風がわたつてゐる。やや紅らみかけた夏林檎の実が葉洩れ日にかがやきながら、かぼそい一茎の青い柄にそのつぶらな実を重たげにささへて、風の吹きすぎる度静かにゆらゆらと揺れてゐる。……私はひどく心細く、悲しかつた。その、あやふく揺れつつ落ちもせずかがやいてゐる林檎の実をぢつと見てゐると、だんだん不安な気もちがつのつてきて、私は歯痛のためばかりではなく、何かおそはれるやうな耐へ難い心地にわつと声をあげて泣き出したくなつてくるのであつた。世界中にたつた一人置いてけぼりにされたやうに、沁みわたるやうに心細く、だが私はぢつと喰ひしばつてそれを耐へた。泣く事さへも怖しいやうな気もちであつた。
そんな風にしてどれだけ時間が経つたものか、それともほんのちよつと間の事であつたのか、ひつそりとした村の一角で突然ポオオウと高い法螺の貝の響が鳴りわたつた。ポオ、オオオオとながく余韻をひいて、村中を一どきに揺りさまさうとするやうにこだまを返しながら、やがてその音はだんだんと家の方へ近づいてくるのである。私ははつと耳をたててその音の近づくのを聞いた。自分の気のせゐかと半ば疑ひながらも急にいきいきと生き返つたやうな心強さで、近づく法螺の貝の音を聞きすました。しんとした夜中にただ一人眼をさまして、ふと汽車の笛の音をきいた時とおなじやうな安心が、いつかゆつたりと柔かく、身体中の筋肉をときほぐしてくれてゐた。
何処からか女中が出てきて、おまじなひをしますからいらつしやいといふままに、女中のあとに随つて玄関の方へ出てゆくと、玄関の戸を開け放した往来に、白い着物を着て高い足駄をはいた山伏が立つてゐた。白い着物のうしろにすぐ空があをくつづいて、行者の脊が見あげるやうに高かつた。——むし歯かな、すぐなほると玄関へ一ト足ふみこんで行者が私の顔を見ながら云つた。障子のかげに子供のやうに小さく坐つた母が、口の中で何かぶつぶつ云つて頭を下げた。
女中が半紙と硯箱を運んで来たやうでもあるし、私の行つた時にもうそれ等の品が母の傍に置いてあつたやうにも思はれる。行者が私を起たせておいて片足を前へ出させ、足の裏へベツトリと墨を塗つた。さうしてその足で畳の上にひろげた半紙を踏ませた。ヒヤリと氷の上をわたつたやうな冷たい感触が、薄荷のやうに気もちよく頭の先きへぬけていつた。足形をとつたのであつた。
それでそれからどうしたのか、何もおぼえがないのだけれど、しばらくすると家の中をさらさらと風が吹き通つて、私は歯痛がとまつたらしく、せいせいとした心もちで座敷の熊の毛皮の上に寝ころんでゐた事だけ、はつきりとおぼえてゐる。萩の爪楊枝と梨子を断たなくてはいけないとその行者が云つたさうで、私はずゐぶん大きくなるまで梨子をたべさせて貰へなかつた。
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