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もめん随筆37

时间: 2020-03-31    进入日语论坛
核心提示:屋島の狸   二屋島の狸の親切を人に施して迷惑がられたことはずゐ分あるのだらうけれど、他人の心理はこちらにはわかりにくい
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屋島の狸
   二

屋島の狸の親切を人に施して迷惑がられたことはずゐ分あるのだらうけれど、他人の心理はこちらにはわかりにくいから、知らないで過ぎてゐる。その代り人から屋島の狸の親切を受けて困つたことの方は、志道先生のお話を伺つてゐるうちに二つ三つ思ひ出した。ひよつとすると私といふ人間は何かしら間がぬけてゐて、人からじれつたがられるやうな性質に生れついてゐるのかも知れぬ。……五年ほど前のある春先の事だが、私は大阪の北の方のある宿屋に十日あまり泊つてゐたことがある。俗に北の新地といふあの曾根崎の花街の中で、そんな処で宿屋でもしようといふ女将は、やはり昔芸妓をしてゐた人であつた。
さして広い家でもなかつたが二階にも階下にも一室づつ、奥まつた離れのやうな隠れ部屋があつて、階下のその部屋には寝台を入れて普段はおかみさんがそこに寝てゐた。洋室を好む客があると女将はその部屋を明渡して表の方の居間へ来るのだが、ある夜おそく、所在なさのあまり散歩でもして来ようかと私が階下へ降りて行くと、表のその居間におかみさんをはじめとして妹のおせさんやおうんたんや女中の誰彼、事ありげな顔をそろへてひそめいてゐる。自然に私の足はその前にとまつた。
「何かあるんですの」とたづねるとおうんたんが、——ほんたうの名前はおうのといふのだけれど、おかみさんがおせいさんの方をおせさんと呼び、おうのさんはおうんたんと呼んでゐるので、ここの家ではそれが通り名になつてしまつてゐる。そのおうんたんが丸い肩をすぼめるやうにして「いま奥のお客さんのところへ別ぴんがきやはりまんね。奥さんもここにゐて見物しといなはれ」と教へてくれた。しばらくすると門に自動車がとまり、女達は鳥のやうにざわざわと起上つて出迎へた。おうんたんが案内して急ぎ足に廊下をわたつてゆく女の人の派手な訪問服の裾模様ばかりが、ちらりと障子のかげの私の眼に映つた。「女給さんでつせ」とやがて戻つてきたおうんたんはすこし興奮したやうに鉄瓶の白湯を湯呑についでがぶがぶのみながら私に告げた。おせさんもおうんたんも一度嫁ぎながら不縁になつて、まだ三十前の若い身空で姉の商売を手伝つてゐる不幸な人達であつた。
堅気の旅館など儲かりもしなければお客もくすんでゐて面白くないけれど、新派の俳優で相当きこえたその夫が商売柄にも似合はず地味な性質で、席貸しなどの派手な商売をひどく嫌ふので止むを得ず旅館を、それも出来るだけ堅くやつてゐるのだといふ女将にとつても、たまたま連込のお客は何か心をそそるものがあるらしく、彼女は強ひて私を引とめて茶だんすの中から甘納豆など出したりするので、一つ二つつまみながら私の腰もいつかそこに落着いてしまつた。「あんなお客さん始終あるんですの」ときくと「そらあんた、この辺で旅館《りよくわん》してたらなんぼ堅うにしたいと思たかてしようがおまへんわ。そいでもうちの人がゐてはる時やつたら、断わつてしまへてそらやかましおまんね」女将は細面のきりりとした顔に、ちよつと首をすくめるやうな表情を見せて笑つた。そのやかましい旦那さんはちやうど旅興行に出て家にゐなかつたのである。おうんたんは思出したやうに、
「いろいろなお客さんがおまつせ。せんどももう仲よう寝やはつたやろとおもてる頃にヂーと鈴がなりまんね。なんやしらと思ていて見たら、女の方はしくしく泣いてるしお客さんは怒つていまから帰るいうてはりまんね。まあまあとわてがなだめて話をきいたら、約束がちがふいひまんね。女は十五円貰ふつもりやつたといふし、お客さんは七円位やとおもてたいひまんね。そいでわてが女に向て、いまから帰つたかて誰もあんたの潔白信じる人あれへんよつて、災難やとおもて十円で辛抱しときなはれ。お客さんもお客さんや、七円は安すぎまつせ、いまどき飛田へ往てくさつたやうな女買うたかてぢき十円は飛びまつしやないか。あつさり十円出して他になんぞ土産もんでも買うたげなはれイないうて納めましてんわ。そいでその晩はまあまあよかつたと思て寝ましたんやけど、あくり朝二人連れだつていちやいちやして帰つてゆかはるの見てたら、なんや阿呆らしなつてきて御飯が味なうなつてしまひましたがな。お客さんかて女の方かてほんまにえげつない人ばつかりだつせ」
一ぱし姐御気取りで粋な裁きを見せたおうんたんにも、若い血は沸つてゐるのであらう。抑圧された情熱のはけ口は時時女中達への叱言となつて爆発したり、電話口に起つて、知らぬが仏の細君へそこの家の亭主の秘密を教へたりもする。私が初めてこの宿に泊つた翌日の午後、客の皆出払つた静かな家中に響きわたる明けつ放しの声で電話をかけてゐたのは、いまから思ふとまちがひなくおうんたんであつた。「あんたとこのお父ちやんいま家にゐてはる?」電話の話はそんな問から初まつたやうに記憶する。「さうやろと思た。いまうちのお松どんのとこへ自働電話がかかつてきてなあ、お松どんが急用がでけたいうて外出したんやけど、その自働電話があんたとこのお父ちやんくさかつたよつて、あんたが知つてはるのやつたらかめへんけど、あんな女子にかかりあうてたらあんまりええ事ないよつて……うむ、うむ、ううん、別ぴんやないねん、へちやむくれやねん。うむ、うむ、そらさうや。うむ、そんな心配はいらへんやろ、小遣のちつとも渡したら文句いへへん、そらわてがいはせへん。うむ。とにかくどんな女子か見においなはれな。うむ、そやそや、あははは」とその電話は面白さうな笑ひ声の中に切れてしまつたが、その時もこの居間に女達は集つてゐたらしく「あのねえさんはまたぽつぽと湯気たててきやはるで」と女将の笑つていふ声も聞えた。一ときほど経つて女将の部屋はまた賑やかになり、くどくどと何か嘆くやうな新しい声が交つてゐるので、おほかたそれが電話で呼びよせられたねえさんなる人であらうと、私の好奇心も動いて二階の廊下から中庭ごしに表の方を窺ふと、見馴れないぢみな丸髷のあたまが障子のかげに見えかくれしてゐた。その丸髷の人の亭主と訳があるといふ噂の主は、どうやらその朝食膳を私の部屋まで運んできた京都なまりの若い女中であるらしく、ぽつてりした顔に白く白粉をぬつて、赤いてがらの丸髷がすこし傾いてゐるところなど少少むつとするやうな感じであつたが、しかしものごしは落着いておだやかであつた。
私は晩のお給仕に又あの女中がくるかと心待ちしてゐたが、遂にその女は姿を見せず、小柄なおせさんが文楽の人形の着るやうな古い黄八丈の着物を着て、黒い給仕盆を神妙に控へてゐた。お松どんはあれなりこの家へは帰つて来なかつたらしい。私はそれをいま思ひ出してきいてみると「奥さんはお松どんを知つてはりましたんか」とおうんたんは意外さうな顔をしたが、あの女は京都で仲居をしてゐたのだが、あまり働き過ぎてからだをわるくしてしまつたので、堅気になりたいといつてうちへ来たのだけれどやはり長続きせず直ぐ暇をとつていつたといふのであつた。「そいでもあの子はふしぎに流行つてようお客さんがてつぱつたさうだす」とおうんたんがいつた。私はてつぱるといふ言葉がわからないので「それなんのこと」と問ひ返すと「奥さんは江戸つ子やよつて知らはらしめへんのやろ。てつぱるちうたらかちあふことでんが。お客さんとお客さんと一と晩のうちにかちあひますのや」とおかみさんが笑ひながら説明してくれた。
そんな話をしほに「さあそれではもう休ませて頂きませうか」と席を起たうとすると女将はいふのであつた。「お松どんとちごて奥さんは又、毎晩おひとりでさみしおますわなあ。ほんまに旦那はんもすげなうおまつしやおまへんか」慰め顔な女将のその言葉に、私は早速の返事も出来ずまごついてゐると「ほんまやわ。わてこないおとなしい奥さんみたことあらへん」とおうんたんがすぐ引取つて「わて、あしたはきつとあの旦那はんを泊らせてみせるわ」とひどく気負つていふのである。私の大阪行きはちよつと手紙ではわかりにくい急用ができて夫に会ふ為であつたが、行つて見ると折柄母方の親戚に危篤の病人があつて夫は其病院へ詰切り、宿へは帰つて来ないのであつた。それでも一日のうち一度はぬけ出して来たが、一時間と落着いてはゐられなかつた。すこし頭の狂つたやうな病人が、誰のいふことよりも夫の言葉をきくので、其ため夫は病床を離れられなかつたのだが、さういふ事情を幾へんかきいてゐながらやはり女将やおうんたんは、どうしても淡淡たる夫婦の間柄といふものは飲みこめず、わざわざ東京から追ひかけてきて嫌はれてゐるとより見えない細君のために、満腔の同情を寄せるのであつた。ひとつにはこの宿で夫の兄達が集つて生活のことの協議などした折、お前の処では細君が主人と同格であるのがいかんなどと、内輪の叱言も出たのを傍ぎきしたおうんたん達が、どのやうに権式ばつた奥さんかと想像してゐた私が、会つて見れば案外にも彼女達に親しみ易く見えたところから、会議の折に威張つてゐた兄達への反感も手伝つて一そう私をひいきにするのである。
今度話がまとまつて金子を出して貰へば、それが最後のものだなどいふことまで聞き知つた彼女達は、それでどんな商売を初めたらよからうかといろいろに案じてくれる。「奥さんいつそ大阪へおいなはれな。奥さんが大阪で席貸しをしやつたら、そら必ず儲りまつせ。奥さんの東京弁《えどつこ》がそらきつと売れまつせ、わてが保証しまつさ」と女将が自分でやりたい職業を私におしつけるとおうんたんも「この奥さんはべつに別ぴんといふのやないけど、笑ふと口のへんに愛嬌があつて、かういふ人が商売をしやはつたらきつと儲りまつせ」と私の顔をつくづく見ながら人相見のやうなことまでいふのである。「席貸しといふと東京の待合ね。あんなむつかしいもの私には出来さうもないなあ」と答へると「そらその時はおうんたんをつけてあげますわな。おうんたんはこれでちよつと席貸しの経験もありまんね。奥さんは何も心配せんとただ東京弁《えどつこ》をつこてなはつたらそれでよろし」私はどんな商売もする気はないのですよと真面目に断わるほどの話でもなく、といつてふんふんと聞いてゐるとどうやら先方はだんだん乗気になつてくるらしく、好意はうれしく感じられるものの何か坐りのわるい心持だつたが、おひおひ帰京の日も近づく私のために、是非一度夫を泊らせようとさまざまに心を砕いてくれる彼女達の親切は、一そう断わるに断われず、冗談口のきけぬ私はうまくはぐらかす言葉を知らず、おひおひと冷汗のにじみ出る心地で一日も早くその宿を逃げ出したいと思ふのであつたが、ある日も洗面所へ行かうとして階下の奥座敷の前を通ると、ちよつととその中から私を呼びとめたおかみさんが、そこに積まれた新しいちりめんの布団を指していふのであつた。「このお布団なあ、奥さんに着て頂かうと思てせいだい急がしていまやつとでけてきたとこでんね。どうでつしやろ、あての好みは」
贅沢な布団の好きな女将は、くすんだ宿に似気なく派手な布団をつぎからつぎへとこしらへてひとり楽しんでゐる様子だつたが、紅地によい好みのうす色で大きく牡丹花を染出した表に、黄味の勝つたひは色ちりめんの裏をめぐらした新しい布団は、ふつくらと柔かく真綿が入つて、愛らしく着心持がよささうである。私がそれをほめると「お気に召しましたか、フム、フム」と女将はくせの鼻をならして機嫌のいい顔を見せたが「そやけど奥さん、お一人やつたらあきまへんで」……私は赤面するより先に、むしろ茫然して起ちすくんでしまつたやうにおぼえてゐる。私は彼女達の好意に疲れ、もはやそれを受けることの苦痛に耐へ難かつた。
その年の秋に、私は大阪へ移り住むこととなつた。彼女達が案じてくれたやうな席貸しを営むためではなかつたが、とにかくそこで根を下したいと思つた私の生活は、四年越し苦労をかさねて遂に成らず、再び東京へ帰る日に思ひついて北の新地の宿をたづねてみると、そこは代が変つてゐてあの親切な三人姉妹は、どこか遠い郊外の方へ越して行つたとのことであつた。会へぬと思へば一そうなつかしく、屋島の狸の親切はひよつと自分の願望を人に強ひるのではなからうかと、皮肉に思へば思はれもするものの、やはり今ごろ三人ともどうしてゐるであらうと、あのころの親切が忘れ難なく思ひ出されてくるのである。
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