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もめん随筆39

时间: 2020-03-31    进入日语论坛
核心提示:大阪の雨   一「あんさんあひ状あつめてはりまんのか、それやつたらこんどええのためといてお届けしますわ、ちよつとおところ
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大阪の雨
   一

「あんさんあひ状あつめてはりまんのか、それやつたらこんどええのためといてお届けしますわ、ちよつとおところここへ書いて頂戴。あれは大阪だけらしおすな、京都かてあれしめへん。万亭はんだけ時どき出しはりますけど、やつぱり上の方紅でそめてな、おなじやうなもんだす」
髪にこてをあてた若い芸者が三つ折にした小菊をふところ鏡の上にのせて、ちよつとおところここへ書いて頂戴といひながら差出すのであつた。あひ状をあつめてゐたのはふるい話なのを誰かが思ひ出して云つたものらしい。云はれるまま素直にところ書きを書いてわたすともう一度、こんどは慶応の応援歌をちよつと書いとくれやすと書かされた。祇園にゐた妓と見え京都なまりがまじつてゐる。
「京言葉はやさしいてよろしな。Tさんうれしおまつしやろ、奥さんとおなじ京都で」
女将さんがそんな事を云つてTさんをからかつてゐる。いつのまにか虎になつたTさんは、なんでえ京都がどうしたんでえと云つたが、やはりちらりと家を思ひ出した風であつた。Tさん、お家までお送りするわもう散会しませうと、提議すると僕の事は心配せんでもよろし、まあ飲みたまへと盃をさしてよこす。だめよ私は飲めないんぢやないのと断わるのに、ナニ飲めん事があるものか、飲めなくつても飲みたまへ。
時どきさあつと雨がきて、窓のそとのすだれへばらばらと大粒の音をたてるかと思ふと、又潮がひいたやうにしんとなつて、むしむしと蒸すのである。煽風器をかけると何か肌が粟だつやうであり、かけねばじつとり汗ばんで息苦しい。その息苦しさはだんだんとつのつてきてちやうど九月一日のあの震災の朝のやうなへんに落着かぬ気持がする。けつたいな晩でんなあと一時をすぎたせゐか妓達はぼんやり疲れた顔を見合せ、ダンスでもしまひよかと、一人が云ふと賛成賛成とすぐ応じてたちまち蓄音機が運ばれ、卓は片隅へよせられて軽快なメロデイが座敷へ流れるのであつた。
レコードを二枚ほどかけると、しかしみんな飽きてしまつて再び卓の周囲へあつまり、いま迄あまり飲まなかつた妓までこんどはぐいぐいと麦酒や酒をあふるやうに飲み出した。Tさんは常磐津ならうまいけれどダンスはきらひの筈とおもひのほか意外に鮮かなステツプを見せたので、いつのまにそんなおけい古をしたんですときくと、
「このごろTさんはな、カフエーやとかダンスホールやとかああいふハイカラな方へ転向しやはりましてん。モダンな女子はんがゐやはるよつて」と女将さんが笑ふのである。
「さういふ訳ぢやないよ。さうぢやないよ。僕がダンスを初めたのはそらいつか徳田さんと尼ケ崎へ行つた事があつたねえ、あれ以来さ。徳田さんがダンスをやるのにさ、あの御老体がやるのにさ、われわれ若い者がどうしておめおめ指をくはへて見てられますかつてんだ」
もうあんまりお若くもないと思ふのだけれど、それを云ふと御機嫌を損じさうだからふむふむと謹聴して、それぢやあれね、徳田先生も思はぬところに一人お弟子を得た訳ね。まあさういつた訳ですかな、一ついきませうと、何かにつけてTさんは飲ませねば承知しないのである。
さあつときてふと降りやむ雨の、気がつくといつかしたしたと軒に雨だれのたえぬ本降りとなつたらしかつた。明日ぶじに東京へ帰れるかしら、瞬間不安なおもひがかすめたのを、又れいの取越苦労とすぐ打消した。むかし特急の富士で、それ程でもないと思つた雨が山北松田間で不通となり、夜中の二時に東京へ着いて弱り切つた経験があるために私は大阪の雨にはひどく神経質になるのである。
ホテルへ帰つて床へはいると何処かで三時を打つ音がした。窓をたたく雨あしがだんだん強くなるやうで、それに又カフエーやお茶屋で夜を更かすとどうしても眠られぬくせがあつて、明日は汽車だから疲れぬやうにと思へば思ふ程眼が冴えてくるのである。さうだ、宇野さんへ手紙を書かうと思ひついてベツトの上に起きなほつた。大阪の芸者はふしぎといつ会つてもフアミリイアで、いま三味線をひいてゐたかと思ふともう東京は家賃が高いだらうといふ話をし、尾張町の交叉点がこはくつて通れないから東京へ行くのはおつくふだといふ。さうかと思ふとぜひ一度巴里へ行つて見たいともいふのである。巴里の事から思ひついたのか、応援歌を書かせた芸者が小原良節をひきながらふと、宇野千代さんといふお方の罌粟はなぜ紅いといふ小説はほんまに面白おまつせと云ひ出した。私は驚いてまちがひではないかと思ひ、それはどういふ小説ときくとその妓は三味線を下へおいて、初めからおしまひまで丹念に筋を話してくれたので私は一層驚いた。
「そんでなあ、しまひにその人が瓦斯自殺をしやはりまんね」
そんな風に話されると宇野さんの小説の人物が、ついお隣にでも住んでゐるやうにひどく身近な心地がして、ふしぎな愛情を感じさせられるのである。芸者の言葉をそのまま書いて、北の新地であなたの小説の筋をきかうとは思ひがけませんでしたと書いてゐるうちに雨の音が雹でも交るかと思ふほど激しくなり、それに気を奪られるともう手紙の筆はすすまなくなつてしまつた。Tさんはどうしたかしら、あれから家へ帰つたであらうか、さつき蘆屋まで送つて行つたらいま頃は阪神国道の自動車の中でこの激しい雨の音にすくんでゐねばならなかつた。送つて行かなくてよかつたと思つた。
まつたく送つて行かなかつたから助かつたのである。送つていつたら阪神間の水の中で立往生してしまつたにちがひないのだが、それでも号外を見るまでは昨夜の雨がそれ程のものとは思はなかつた。夜があけてなほ降りつづく雨に、つばめに乗るのを見合せはしたけれど、私が案じたのは京都からさきの事で、阪神間に水が出るとは実に思ひもよらなかつた。咽喉もと過ぐれば熱さを忘る。あしかけ四年西宮に暮してゐて、大阪とあの辺とでは距離にすればほんの東京と川崎ぐらゐの事ながら、一方は六甲の山をひかへて雨量や雪にずゐ分と差があり、そのため思はぬ失敗さへした事があつたのを、すこし東京に住み馴れてはいつのまにやら忘れ去つてゐたのである。それにしてもTさんは、今朝はうまく新聞に間にあつた事であらうか。私はTさんが出したのかも知れない、——それとも昨夜あれから蘆屋へ帰つてしまつて間にあはなかつたかも知れない一片の号外をつくづくと眺めながら、ふと偶然か必然かと身にあまる大事を考へた。
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