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もめん随筆47

时间: 2020-03-31    进入日语论坛
核心提示:十三夜東京のやうな人の多いところへ出てゐてはいつどんな災難にあはないともかぎらない、神信心が何よりも大切ですと故郷の母か
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十三夜

東京のやうな人の多いところへ出てゐてはいつどんな災難にあはないともかぎらない、神信心が何よりも大切ですと故郷の母からたよりの度に書いてよこすので、神信心をしようといふ気になつた。観音さまが守本尊だときいてゐたので浅草へ月詣りをして、帰りにはかならず仲見世のいせ勘で飛んだりはねたりを一つづつ買ふ事とした。ひよつとするとそれが買ひたさに浅草へ通ふやうになつたのかもしれないが、とにかく他のおもちやは何を買つてもかまはないけれど、飛んだりはねたりだけはお詣りをしたしるしに一つづつときめてしまつたので、帰りがけにいせ勘の店の前に起つて、硝子の戸棚の中に新しい飛んだりはねたりがいく種もならんでゐるのを見るとわくわくする。どれを買はうかしらと思ひ、あれも欲しく、これも欲しく、その中からたつた一つだけえらばねばならぬと思ふとときどき何か運命的な気もちになつて汗がにじんだ。翌くる月の十七日を待ちかねて行つてみると、このまへ心を残して帰つたおさむらひだの蛙だのがもうすつかりなくなつて、また別の新しい品のならんでゐることが多いからである。
神楽坂の島金といふ料理屋の横をはいつた露地の奥に住んでゐたが、うへが一ト間下が二タ間形ばかりの小庭にざくろの樹があつて竹垣の塀のそとは朝の箒目が夕方までのこるほどひつそりとしてゐる。二軒つづきのお隣は南へ向いて、庭もひろく屋敷もひろいらしいのになぜか若い女の人が、ただ一人で住んでゐた。居るか居ないかわからぬくらゐ夜も昼もしんとしてゐると思ふと、ある晩急に陽気な笑ひ声がして、それから三味線の音がきこえた。格子戸のそとでおたまさんおたまさんと艶つぽい声で呼ぶ人があるので、あわてて出てみると、家の前には人影がなくて、開いたのはお隣の格子戸であつた。
「いいお月さまよ。ちよつとそとへ出てごらんなさいよ」
お隣へ遊びに来たお客さんが帰つてゆくところらしかつた。島田にゆつた若い二人連れである。私は自分の耳のあやまりを自分で照れながら暗い玄関の中に起つて、さざめきながら家の前を通りすぎる人達を眺めた。一人の女の首にまいた白いショールに月がさえてゐた。
ときどきお隣へ旦那さんがきて晩御飯のあとで二人揃つて出掛ける事が私にもわかつてきた。お隣でポインタアの雑種らしい仔犬を飼つたからである。るすになるとその仔犬が床下をもぐつてきて家の玄関の板の間を頭でつきあげクンクンとなきたてる。初めのうちはすぐ板をあけて出してやり、隣の人の帰るのを待ちかねて女中にだいてゆかせたが、だんだんそれがかさなると、又かといふ心地がして隣の人の不始末をすこし不満に思ひ出した。犬もちひさいうちは人間の子供とおなじ事だから、長い間ひとりぽつちに放つておくのはかあいさうである。仔犬を飼ふくらゐならそのために女中を一人置くとよい。それが出来ないなら戸外へ出る時一しよに連れてゆくとよい、それも出来ないのなら出掛けにちよつと家まで抱いてきて、お願ひしますと置いてゆけば、家でも床下をもぐつてきた泥だらけの仔犬にブラシをあてる手間が省けてどんなによいか知れないのに、どうしてそれがわからないのかと何となくいらいらした。仔犬はかあいさうだけれどお隣の人の仕打ちが気にいらないから、今度からはいくら鳴いても知らぬふりをしてゐようと申合せたが、クウンクウンといつまでも闇の中で鳴かれるとついその声にほだされて、あけておやりといつてしまふ。まるで家の犬のやうに尾をふつて飛びついてくるのをやつとおさへて、縁側へつれて行つて泥を落すと今度はほんたうの家の犬が、庭さきできやんきやんとなきたてて、自分も家へ上りたいとさわぎ出すので閉口した。
家の犬は茶目といつてもとは道端で拾つてきたアイリツシユセツタアの雑種だが、ちひさい頃は家の中で育てられた事をおぼえてゐて、庭さきへおろされてからの生活が不服でたまらないのである。仕方がないから家の犬も足をふいてあげてやると、大きな茶目と白黒の小さなぶちと二匹がもつれあつて狭い座敷中駆けまはつた。さうして到頭おしまひには床の間にまで駆けあがつて、私がそこにしつらへたおもちや戸棚をひき倒した。
あつといふまもなく二匹の犬は転がるおもちやに飛びついて、ものもあらうに一ばん大切な、飛んだりはねたりを一つづつ口にくはへて駆け出したので、私は夢中で叫びながら座敷中追ひかけたが、捕まへた時はもう二つともぐしやぐしやに噛み砕かれて、竹の台ばかりがズルズルと歯形を残して濡れてゐた。三つ四つ頭をぶつてそれでもまだ憤りが納まらないので二匹とも庭へつまみ出し、もうもうどんな事があつたつてお隣の犬なんかかまつてやらないからと力み返つた。
今度こそお隣のおくさんに困りますからつていふんですよ、忘れずにいふんですよと私は息を切らしながら女中にいひつけたが、故郷から来てゐるちひさな女中は、やはりその時も先方へは何にも取次がぬらしかつた。お隣のおくさんは大へんおきれいな方なんですと何となくおどおどして、遠慮がちにするのである。駄目ぢやないのと女中にはえらさうに叱りつけたが、さういふ自分も東京へ出て漸く三年目の秋の事で、まだ何となく御近所へ身がひけてならなかつた。殊にお隣のおくさんは芸者であつたときいてから眩しいやうな心地がして、私は長唄のお稽古にかよつてゐるくせに、家では一度もそのおさらひをする事が出来ないのである。お隣のおくさんは小玉さんといふ名前で芸者をしてゐたさうである。それではほんたうのお名前も私とおなじであるかもしれない。いつぞやの晩の声は私のききちがひではなかつたのだが、だがそんな事はともかくも、犬は来ないやう何とかしてもらはねばいつまでも果しがない。
静かな夜更けに帰つてくる足音が隣の家の前にとまつたのをききすまして、私は仔犬を抱いて出て行つた。女中ではいつまでもらちがあかないから思ひ切つて自分でいはうと決心したのである。格子戸をあけると同時に白い卵なりの顔がふり返つて「今晩は」と挨拶した。その声に何ともいへぬ丸味があつて、私は咄嗟に自分の心がまへを忘れてしまつた。
「あのおたくのポチちやんがうちへいらしてるんですけれど……。」
「まあ。すみません」
言葉が一すぢの淡い煙になつてふうつと消えた。青い月が出てゐてさうして霧がこめてゐるのである。私は自分とおなじ年ごろの脊かつかうもあまりちがはない小玉さんの胸へポチを渡しながら、
「あのもうヂステンパアはおすみになりましたのですか」
「はあ、……」
と小玉さんは何となくおぼつかない返事をした。
「さうですか。それぢやもう御心配はありませんね。……」
家へはいつて長火鉢の前へ坐ると、ひどく咽喉がかわいて出がらしの番茶を息もつかず飲みほした。女中はお風呂へ行つたるすで、私は猫板にぼんやりと頬杖をついたまま、お腹の中でもう一度不首尾に終つたいまの会話をおさらひした。あのう、おたくのポチちやんがうちへいらしてるんですけれど、……
急に酒の酔ひがまはつたやうにかつと頬が熱くなつた。ポチは犬であつたことにやつと気のついた私は熱くなつたり冷たくなつたりして、誰もゐない部屋の中でただ一人いつまでも顔を赧くして坐つてゐた。
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