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ある日、ある午後18

时间: 2020-03-31    进入日语论坛
核心提示:ある風景新婚間もない頃の話だ。何かの折りに、夫のもちもののなかからポロリと一枚の小さな写真が滑りでて、私と夫の間にあった
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ある風景

新婚間もない頃の話だ。
何かの折りに、夫のもちもののなかからポロリと一枚の小さな写真が滑りでて、私と夫の間にあったテーブルの上に落ちた。
そのころはまだ今みたいに家中に物が溢《あふ》れるほどなくて、私たちはお互いにたいしたものを所有していなかった。
従って何か秘密のものとか、相手に見られては困るものの隠し場所があまりなかった。(現在では物が豊富すぎるために、秘密の写真や手紙の隠し場所には困らないが、逆に、隠した場所がわからなくなって不便である)
さて、ポロリと落ちた一枚の写真。琥珀色《こはくいろ》で、周囲がギザギザに刈りこまれている。写っているのは若い女。金髪である。
「これ、誰《だれ》?」
と私が訊《き》いた。別に怒ってもいなかった。ただ単純に頭に浮かんだ言葉を言っただけだった。
「こ、これはドイツ人の娘で、そ、その」
と、なぜかとたんに若き日の夫がしどろもどろになった。
「と、とっくに別れた、ガ、ガールフレンド」
夫が非常に具合悪そうに説明するのを聞いているうちに、なんだか平然としているのも変だと私は思い、
「昔のガールフレンドの写真なんて、どうして大事に持っているのよ?」
と、怒ったふりをした。すると夫はいっそうしどろもどろに、ただなんとなく持っているだけで、意味はないんだ、と赤くなった。
「だったら捨てたら?」
私はあっさりそう言って、眼の前の写真を指でつまむと、近くのゴミ箱にポイと投げた。
「そうだね」
と夫は抵抗しなかった。
そしてそんなことは忘れて、何年かがたった。また何かの拍子に、夫の持ち物の中に、捨てたはずの写真がみつかった。それが騒ぎになったのは、またもや夫のドギマギした態度が尋常ではなかったからだ。
はっきり言って、昔の彼女のことなど、私は全然気にしていなかった。もしもその彼女が近くにいて、いつでもまた逢《あ》えるというのなら、多少は心配するだろうが、ドイツと日本と離れていたのでは、逢いたくとも逢えないではないか。それに今頃はジャガイモを食べすぎて、巨大な肉の塊りとなっている可能性大である。私だって、結婚する前にボーイフレンドや恋人がいたわけだから。済んでしまったことはいいではないか。昔の彼女の写真をこっそり持っているのも、可愛《かわい》いじゃないかと、そんな軽い気持ちだったのだ。
それが、夫があまり恐縮するので、形だけでも嫉妬《しつと》せにゃあかんのかな、と思い、私はそれを咄嗟《とつさ》にビリビリと四枚に破いて、クズ箱に投げ入れた。その時も夫は、肩をすくめてうなだれただけだった。
その後わかったのだが、夫は非常に妬《や》きもちやきで、私が男の人と一緒に写真を撮ると、これは誰《だれ》でどういう関係か、と執拗《しつよう》に訊《き》くのだ。
「なんでそんなこと、いちいち訊くの?」
と不思議に思ったら、
「アルバムに大事に貼《は》るくらいだから、特別の男なのだろう」
という発想だ。
「じゃ、あれは何だったのよ?」
と私は夫の古いスネの傷を突いた。
「昔のガールフレンドの写真なんて、いつまでも持っているのは、許されるの?」
「だからそれは君が破り捨てたろう?」
ところが私は知っているのだ。破り捨てたはずのその一枚の写真が、セロテープで貼り合わされて、夫のウォレットの中にこっそりと忍びこませてあるのを。
私はそれを知っているということを夫に言わなかった。私はその写真のことをほんとうに、何とも思っていないのだ。夫には夫の大事な思い出があり、彼がそれをずっと収《しま》っておきたいらしいことが理解できるからだ。たとえ夫婦だって、思い出の中にまで、ズカズカと入って行くことは出来ない。
ただ夫は今でも、ウォレットの中の写真については、私に対して後ろめたい気持ちを抱いているはずなのだ。妻を裏切っているような、秘密を抱いているわけだ。
だからこそ、あの一枚のつぎはぎの写真によって彼女との思い出が、彼にはいっそういきいきとして、鮮《あざ》やかに思い出されるのだろう。タブーだからこそ、それはめくるめく色彩を帯びるのだろう。私はそう考える。そしてそんな一枚の写真をひそかに所有している夫を、うらやましいと思う。
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