英国で一番ポピュラーなスポーツは、釣りである。次にスポーツ人口の多いのが、ダーツであるとどこかで読んだことがある。
釣りがスポーツに入るのかどうかの議論は別にしても、海や河とイギリス人の関係は密接だ。
私の夫も例外ではなく、海指向の男である。それで三浦半島の油壺《あぶらつぼ》の近くに家を建てたくらい。
自分のヨットをもつのが、彼の夢であった。彼にかぎらず、全《すべ》てのイギリス男の夢なのではないだろうか。
その昔大英帝国の海軍の威容は、名実共にナンバー・ワンであった。七つの海を制覇した冒険魂は、チッチェスター卿《きよう》の世界単独航海へとひきつがれていったのである。
現在タイのプーケットに停泊中のトリスタン・ジョーンズは、今年中に中国の揚子江《ようすこう》をヨットで遡《さかのぼ》ることを計画中だという。ちなみに私の夫はトリスタンに頼み込んで、世界で初めての黄河《こうが》のクルージングに参加するつもりである。もう何か月も手紙のやり取りが続いている。
イギリス人のヨットの乗り方を見ていて思うのは、彼らがそれを余暇つぶしの贅沢《ぜいたく》な場にしてしまわないことだ。アメリカ人がヨットにバーベキューセットを持ち込んだり、大型ヨットの内部をまるでホテルのレセプションみたいに変えるのとは大違い。あくまでも質素。必要最低限の設備しかあえてそろえず、海に出たら甲板に寝そべってのんびりなど一時もしないのだ。四六時中駆けずり回ってヨットを走らせている。
まるで自分たちの肉体を酷使し、より困難なことにチャレンジするのが趣味みたいなのだ。試練のないスポーツを彼らは好まない。素手や自分の肉体だけを使うスポーツを愛するのだ。だから野球とかアメリカン・ラグビーのように道具や重装備を要するスポーツを、彼らは軽蔑《けいべつ》する。
イギリス人のスポーツマインドの根底にあるのは、彼らの健脚だ。とにかく老若男女、散歩やハイキングの大好きな国民なのである。私の夫でさえ、二言目には「レッツ・ゴー・ツー・ウォーク」と私を散歩に誘いだす。ところが私はただ漫然と歩くのが大嫌いなので、この二十年間誘いに応じたのはほんの数回。それでも性こりもなく、彼は私をウォークに連れ出そうとする。
今回の旅では、カウズレースで有名な、南のワイト島にあるカウズを訪ねた。小さな島全体がヨット一色に塗りつぶされた美しい島であった。ヨットハーバーでも、のんびり日光浴をしている人はいなくて、みんな甲板を洗ったり、帆を整備したりと忙しく立ち働いていた。