東京の聖心インターナショナルスクールに高校まで通って卒業した長女は、卒業まぢかになると、いくつかのイギリスのカレッジのパンフレットを取りそろえて、自分が通う学校を選択した。そして自分で手紙を出し、入学の許可をもらい、手続きをした。
みんな自分でそうやってカレッジや大学に入るのだから、私の娘だけが特殊なのではない。日本の大学受験がむしろ異常なのだ。おかげで私は、受験生をもつ母親の苦労など味わわなくてすんだ。本当にありがたいことである。
そんなわけで、娘が自分できめてさっさと留学してしまったカレッジを、私は初めて訪問するのである。娘は今年で二年目だから、丸々二年を、彼女がどんな学校に通っているか知らなかったわけだ。のんきな親だと思う。
さて、ロンドンから車で二十分ほどの郊外にあるリッチモンドの町並は、東京でいえば田園調布のような感じ。その一角に娘のカレッジがあった。
想像していたよりも全体にこぢんまりとしている。私はなぜか映画などでよく見るアメリカのカレッジ生活を想像していたらしいのだ。芝の庭にはよく手入れされた樹々《きぎ》があり、リスが走りぬけて行く。
イギリスにあるカレッジではあるが、イギリス人の生徒はいない。イギリス人以外ならそれこそ世界各国の顔がそろっている。
私の娘は英国籍なのだが、普通のイギリスの大学へは単位の関係で入れないのだ。というわけで娘の学校は正確にいうとロンドンにあるアメリカン・カレッジである。
廊下を歩いていて一番眼につくものは、アラブ系の学生たちである。東洋人もいるし、日本人も十人ほどいるという。インド人やベルギーからの学生、アメリカ人も少なくない。ちなみに娘のボーイフレンドはベルギーのヤン君という。
校庭の一角の駐車場から、最新型のポルシェ・カレラが爆音を立てながら突っぱしって来て校門の方へ消えた。クラスメートのアラブの生徒なのよと、自分の車をもたない娘は顔をしかめた。愉快なことに、先生たち専用の駐車場にはほとんどポンコツに近い車が並んでいる。一方の生徒用のコーナーには、ベンツやBMWやポルシェといった高級スポーツカーが、ぴかぴかしている。
リッチモンド・カレッジに二年いた娘は九月からケンジントンの方の美術専攻科に移転する。ヤン君は一級下なので来年の九月に、獣医の勉強にアメリカの大学に移るという話だ。