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ある日、ある午後40

时间: 2020-03-31    进入日语论坛
核心提示:サラ・ミッダの絵ビスケットの箱とか、サラダオイルの缶などで、東京にいても時々彼女の愛らしい絵を眼にしていた。二十日大根《
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サラ・ミッダの絵

ビスケットの箱とか、サラダオイルの缶などで、東京にいても時々彼女の愛らしい絵を眼にしていた。二十日大根《はつかだいこん》やビーツやニンジンなどの野菜や、サクランボや赤いリンゴ、兎《うさぎ》やモグラといった、とても素朴で可愛《かわい》いものたちのイラストである。
人は信じないが、私は本当はものすごく引っこみじあんで、知らない人嫌いなのだ。十代まではそれで通ったが、社会人ともなるとそんなことは通用しない。現在は年の功で適当にお茶を濁せる程度に成長しはしたが、気むずかしいアーティストに逢《あ》うのは、やはり気持ちのどこかが重かった。
ただ、サラ・ミッダの描く絵から、心の優しい無垢《むく》な人柄なのに違いないとは想像していたのだ。でも無垢な人の純粋な視線で見られたら、私などレントゲン写真のように見透かされてしまうだろうと、別の意味で私はこの訪問が恐《こわ》かったのである。
彼女のアパートメントのドアをノックして、そこに最初に私が見たのは、とても小柄な、飾り気のない少女のようなひとだった。そして驚いたことに、その蒼《あお》く見開かれた瞳《ひとみ》が怯《おび》えていたのである。
はっとした。この少女のような面影をもつアーティストは、日本から押しかけて来ることになっていた女流作家の訪問に対して、恐怖心を抱いていたのではないだろうか。
私は、自分の前に私以上に怯えている人間嫌いの女性を見て、急速に気持ちが和らぐのを感じた。肩の力がぬけ、眼に見えないヨロイをひそかに脱いだのだった。なぜならサラは私を迎えるにあたって、ありのままの怯えた彼女自身の姿をさらしていたからだ。彼女はヨロイなど着ていなかったからだ。
サラのアパートメントは、彼女の絵の世界そのものであった。小さなものが数えきれないほど部屋中を埋めつくしていた。室内のそこここに、彼女のイラストレーションで見たことのある野の花や、兎《うさぎ》のぬいぐるみや、各種ハーブの植木鉢が置いてあった。
私たちは色々と話し合ったが、彼女が日本の着物の模様に興味を抱いていると知って、うれしかった。今度来日したら、ぜひ京都の友だちの染色家に紹介すると、約束した。
サラ・ミッダその人が、彼女の描くイラストレーションのひとつひとつである、という印象を強くして別れた。彼女の声の、人の心に滲《し》みいるような優しさも忘れがたい。
今回の旅で、私はイギリスにすっかり惚《ほ》れこんでしまった。以前にも最低十回はイギリスに行ってはいたが、いつもなんとなく、お互いによそよそしい気分のまま別れた、恋人同士のような感じがしていた。
それなのに、今度のロンドンはずいぶん愛想が良かった。ニコニコしていて優しくて、紳士的だった。両手を広げて、私を抱擁してくれている感じだ。どの街角、どの店先でもそれを感じた。空気や、町の匂《にお》いにも温かさがあった。パンクなどほとんどみかけなかったし、十年前に多かった物淋《ものさび》しそうな、あるいは怒ったような表情の色青ざめた男女も、少なくなっていた。人々は血色が良く、何よりもその表情が柔らかくなっていた。多分、景気が向上しているせいもあるのだろう。
あるいは、問題は私の方にこそあったのかもしれない。十年前、私たちは子供と生活に追われて、精神的にも経済的にも余裕がなかった。イギリスへの旅は、夫の両親に対する義務以外の何ものでもなかったのだ。
今回初めて、楽しむためのイギリス旅行をしたのだと思う。それですっかりロンドンに夢中になってしまった私は、街の中に小さなアパートを買おうと、秘《ひそ》かに決意したほどである。
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