エーゲ海航海誌
八月二十三日
夫の友人マイク・ウェルシュ夫妻とその娘が早朝の五時に到着。この三人を待って、ヨットの出航が今日になっているのだ。
九時の朝食後、船長のピーターは私たちのパスポートを持ち、港の税関へ出港(国)手続きに。これから私たちが十日間クルージングをするのは、トルコの海岸線なのである。目下トルコとギリシャの関係が良くないので、ピーター船長は少し神経質になっている。
無事港の税関でスタンプをもらってピーターが戻ると、ただちに出港。おりから風速十五メートルの風に乗って、ロードス島はあっというまにおぼろげな陸影となってしまった。いよいよ十日間のクルージングの始まりである。七十八フィートの密室。十人の人間。その狭い空間の中でくりひろげられる人間模様。よくクルージングの終わりに喧嘩《けんか》別れになる親友もいるとか。すっかり冷えてしまう夫婦もあるとか。これぞわが題材なり。
メインセイルとスピニカだけで、ヨットは十二ノットのスピードで進んだ。船が大きいと多少の風でも怖くない。しかし沖に出ると、上下の揺れが大きくなり、末娘のナオミと私は気分が悪くなって、トイレで吐いた。
四時間でトルコのマルマリス港に到着。私たちと同じようなチャーターヨットがずらりと並び、観光客も一杯。太陽と活気のあふれる港町。船つき場のすぐ前にカフェが並び、その間にブティックやヨット用の必需品を売る店が軒並みに並んでいる。でも何と言っても一番多いのが、カーペット屋。
日没までの数時間、女たちはさっそくショッピングへ。娘たちはトルコ石と銀でできた腕輪や指輪やネックレスを漁《あさ》り、私は一途カーペットショップへ。約畳一枚ほどの絹のトルコカーペットは米ドルで二千ドル。さすがに高いが、それにかかった手間を考えれば無理もない。質感といい、デザインといい、色といいうっとりする。しかし私は、木綿と絹を織り分けた対のカーペットを二枚で千ドルというのを買った。織ってから四十年たったもので、色合いもしっとりとして来ている。新品よりも三割がた高いそうだ。
午後五時半。夕日を眺めながら、シャンペンカクテルで乾杯。この日にかぎらず、毎日、午後六時前後から我々は飲み始める。夕食の八時半までジントニックを四杯はおかわりする。
もっとも男の人たちは、何かと言っては朝から缶ビールを飲み続けてきているので、一日中アルコール漬けだ。
夕食は港のレストランでトルコ料理。東京から一緒にクルージングに加わったモリスとドリーンのヨット『シヌーク二世号』のクルーも参加して、総勢十六名の大晩餐会《だいばんさんかい》だ。
トルコ料理とは、主として冷たいサラダの前菜と、羊肉の串刺《くしざ》しからなる。羊のかわりに牛肉を使ったり、魚になったりするが、鶏はあまりない。地酒の白ワインは辛口。たらふく食べて飲んで一人約六百円。東京のレストランの値段が異常なのである。