エーゲ海航海誌
八月二十四日
十時にマルマリス港を発ちエッキンチック港へ。約三時間のセイリング。
たった一軒だけレストランがある小さな美しい入江だ。先客の大型ヨットが美しい船体を浮かべている。
我々のオクタント号とシヌーク二世号も並んでイカリを下ろした。
ペッパーの作ってくれた素晴らしいランチの後、トルコの海で初泳ぎ。ヨットから海中に次々と飛びこむ。約七メートルから十メートルの水深だが、底まで透明である。
水はかなり冷たい。私は水中眼鏡と足ヒレをつけて泳いだが、奇妙なことにクリスタルブルーの海中に、魚影がほとんど見当たらない。色とりどりの魚の姿を想像していた私と娘たちは、これにはちょっとびっくり。
入江をくまなく海中探索して思ったのだが、エーゲ海というのは、ほんとうに死の海である。もう何百年も前にとっくに死んでしまった海である。海流が外洋と混ざり合わず、そのために湖のようになっているのだ。
海水はあくまでも透明で冷たいのに、海底は灰色一色である。いきいきとうごめく海草とてなかった。
海から上がってヨットの甲板で甲羅《こうら》を干していると、モーターボートでトルコ人がやって来た。レストランの主自ら、今夜の夕食の予約を取りに来たのだ。九時に、例によって十六人分を予約。うちのヨットが十人。隣のシヌーク二世号から六人。ペッパーがゴミの入ったビニール袋を、モーターボートのトルコ人に渡した。彼はゴミの回収もして回っているのだ。
夕日が沈む頃に本格的に酒盛りが始まり、シャワーを浴び、一応簡単な夜の服に着替えて、九時少し前にオクタント号の大きなゴムボートで、港に一軒だけあるレストラン「マイ・マリーナ」へ。
レストランは丘の中腹にある。そこまでの登り坂がなんとも辛《つら》い。デカダンスとしこたま飲んだ食前酒のせいだ。
魚料理はどうだと店の主人がすすめるので、四十センチばかりの魚を塩焼きで頼んだ。約五人分。後で支払いの時にわかったが、ギリシャでもトルコでも魚は希少価値でバカ高いのだ。もちろん東京の値段に比べればさして違いはないのだが、トルコでは一匹約十四万TL。日本円にして約二万円くらい。
それがまた大味の魚で美味《おい》しくもなんともない。エーゲ海では、魚料理は敬遠した方が賢明だ。
食事中トルコ音楽の演奏が始まり、二、三歳の子供が二人、それにあわせて踊りだした。ピーター船長が私を誘い、ペッパーがマイクと夫のアイヴァンを誘った。それで食事中のダンス大会となり、みんなで|おへそ《べリー》ダンス。ウェイターたちも、給仕などそっちのけで踊りまくる始末。一時間踊って席に戻ると、当然のことながら料理はすっかり冷たくなっていた。その夜、風がないので、船室は寝苦しいと、娘たちと、夫は甲板で一夜を明かす。