エーゲ海航海誌
八月二十六日
午前中ヨットはサーシェという入江へ。やはりレストランがひとつだけの入江。岩山がすっぽりと抱きこんでいるので、海は湖のように静かだ。モーターボートで、トルコ人がカーペットや果物や小魚を売りに来る。ペッパーはトマトを少し買った。サーシェの入江も水はクリスタルブルー。朝から水着だけで夕方まで過ごし、気がむくと海へ飛びこむという毎日。
ここのレストランは、本物のベリーダンスが見られるというので、男共が昼のうちから鼻の下を長くしている。
ところが私はこのところ続いているトルコ料理に少しウンザリしていて、ほとんど食欲がない。カクテルアワーにペッパーが出してくれたキャビアのカナッペを三つも食べると、夕食はもうそれでいいという感じ。で、ディナーもベリーダンスもパス。モーターボートで全員が出かけてしまうと、甲板に上掛けを持ちだして横になった。夜になると寒いくらいなのだ。夜空には降るような星の数。この旅で書くものがあるとすれば、ミステリーくらいかな、と考える。しかしオクタント号に乗り合わせた十人は和気|藹々《あいあい》と仲良し。殺人事件は起こりそうもない。小一時間のうちに流れ星を七つも見た。