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音楽大学に通っているころ、親からもらうお小遣いは、たいてい楽譜代で消えた。風月堂やジローといった当時のたまり場でおしゃべりするためのコーヒー代とか本代は、アルバイトで稼ぎださなければならなかった。従って単行本には手が届かず、もっぱら文庫本を愛読した。サガンの『悲しみよ こんにちは』(新潮文庫)は、文庫になるのを千秋の思いで待ちうけて、それでようやく買った本である。ショックであった。十八歳の少女がすでにあのようなアンニュイにみちた小説を書いたという、その才能に頭をガンとやられた思いだった。そのおかげで、もし仮に私が小説を書きたいという夢を心の中に育てていたとしても、そんなものは木《こ》っ端《ぱ》みじんに吹きとんでしまった。『悲しみよ……』の後遺症はその後もかなり長く続いた。