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角川文庫のP・ヴァール、M・シューヴァル『笑う警官』は、私の読書歴の中では最も長く続いたミステリー・スリラー・SF時代の終わりごろに読んだ作品である。子育てに専念した六年間がそれにあたり、一日に一冊か二冊のペースであった。そのころ私たち一家は三浦三崎の突端に住んでいた。日がな一日中砂浜の上でミステリーをむさぼり読む母親の傍らで、娘たち三人は砂で遊んだり、貝を集めたり、小波とたわむれたりして成長した。ストックホルム警視庁殺人課主任警視マルティン・ベックは、それまでずっと私のヒーローであったチャンドラー描くところのフィリップ・マーローを軽くいなして、新たな私のヒーローとなったのであった。ベックというのは胃痛病みで夫婦仲がしっくりいっていない中年男なのだが、その魅力を知るには、本を読んでもらうしかない。