私の10点
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二昔以上前、新宿に風月堂という喫茶店があった。当時、そこが、お茶の水のジローと並んで、私たちの溜《たま》り場であった。コーヒーが一杯、確か七十円だったころだ。芸大の学生だったので、いつもバイオリンのケースをかかえていた。最初にフランクのバイオリンソナタをリクエストして、それからコーヒーを頼み、バイオリンのケースの中から取り出すのが角川文庫の『中原中也詩集』であった。リクエストした曲は、なかなか順番が回ってこなくて、かからなかった。だから中也の詩は暗記するほどくりかえし読んだ。夜の十時ごろ、ようやくリクエストがかかり、私は文庫を閉じ、フランクを聴き、終わると大急ぎで家に帰るのだった。その風月堂は、その後ヒッピーの溜り場になったと聞く。もちろん、今はもうない。