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大都会11

时间: 2020-04-13    进入日语论坛
核心提示:種馬の復讐「渋谷のスカウトは無理だな」花岡進の面目なさそうな報告を聞いた花岡俊一郎は案外、淡々とした口調でいった。どんな
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種馬の復讐

「渋谷のスカウトは無理だな」
花岡進の面目なさそうな報告を聞いた花岡俊一郎は案外、淡々とした口調でいった。どんなに激しい罵声を浴びせられることかと、戦々兢々としていた進は、意外に穏やかな俊一郎にかえってとまどった。
「どうせお前には無理な工作だと思った」
しかし、その後に続けられた俊一郎の言葉に、進はおずおずと上げかけた視線をふたたび伏せた。この方が激しい叱責よりもよほどこたえる。
静かな口調の裏に隠された自分の無能への嘲り、進は唇をかみしめた。そんな彼の心を見すかしたように俊一郎は、
「そんなにくやしそうな顔をせんでもよい、誰がやっても無理な仕事だった」
と慰め顔につけ足した。
「それでは、最初から、結果をごぞんじだったのですか?」
それなら何故、そんな無理な命令を出したのか? やや憤然として言う進へ、
「怒るな、なるべくなら穏やかな方法でやりたかったのだ」
「穏やかな?」
とすると、次には穏やかではない工作が用意されてあるというのか?
「そうだ、自分にとって不利益なものを取り除く最も端的な方法は、それを抹殺することだ。しかし、この法治社会でそんな直線的なことができるはずがない。とすれば、次には敵を自分の味方に変えるちえとなる。ちえとしては最上だが、これは簡単なことではない。まず第一工作は失敗というわけだ。しかしよく考えてみろ。今度の失敗は渋谷だけに関することだ」
俊一郎は妙なことを言った。渋谷のスカウトに失敗すればそれは完全な失敗ではないか。
渋谷が欲しいからこそ彼を抜こうとした。それに失敗したからにはそれ以上の失敗はない。
「渋谷がどんなにえらそうなことを言っても、所詮、奴はサラリーマンだ。星電研に雇われているにすぎない。たまたま、その雇用関係がなにわ節と結婚によって一般サラリーマンのものよりも強い連帯に結ばれていたから、彼はスカウトに応じなかった。とすれば、こいつはそのまま逆用できる。どう逆用できるか、分るか?」
「……?」
「お前には分るまい。一晩、家でゆっくり考えてみろ」
俊一郎は口を結ぶとインターホーンのスイッチを押した。
「山路君を通したまえ」
秘書のかしこまった返答を待たずにスイッチを切った俊一郎は、進に目くばせした。
それはもう用はすんだから出て行けという合図である。
扉のところで秘書に案内された一人の来客とすれちがった。たった今、俊一郎がインターホーンで呼び入れた山路という男である。進はその男を知っていた。協電の幹事証券会社たる井口証券の株式部長、山路紫朗であった。
 微光の一筋も射さぬ暗黒の中で進は妻の躰から降りた[#「降りた」に傍点]。いつものことながら、いったい、今自分は何を為し終ったのだろうかと思わずにはいられない索漠たる空しさが胸に湧いた。
この妻の躰は女の肉体ではない。肉づきもよく、女盛りのしっとりとぬめった彼女の肌は、唯物的には上物であった。
求めれば決して拒まぬ従順さで進の前に開く順子の躰には、確かに妻だけが持つ確実さがあった。しかしただそれだけのことである。
性を交えることは決して異質な肉の結合だけではない。たがいに或る一点に向かって同時に至るために震え、悶え、たがいの汗を吸い合い、狂おしく噛み合うことだ。肉と骨がどろどろに溶けるような感覚に溺れこんで、一人だけでも、また、第三者の前でも決してとることのない恥知らずの痴態を、たがいの目の前に晒しながら、たがいの肉を露骨に貪り合わなければならない。
この何ともなま臭く、淫靡で、原始的な二つの性の協同作業が緋のように彩られるのは、少なくともその瞬間、たがいに相手方を自分の快感の媒体として自分自身が、日頃の慎みも身分も地位も打算も、その他、人間が社会生活上身にまとうもろもろの�飾り�をかなぐり捨てて、動物そのものの姿に還って狂気するからである。
セックスが辛うじて美しいのは人間が人の目の前の一切の虚飾をかなぐり捨て、肉欲と快感のために狂うからだ。
単に躰を開き、男の体液を生殖のために体の奥へ蓄えるだけであったら、それは生殖とは呼べても、性を交えたとは言えない。
進と順子の行為がそれであった。順子は進のために躰を開いても、決して同調はしなかった。閨房の中でどんな微細な灯をつけることも許さなかった。どんなに進が性のテクニックを尽くしても、呻き声一つもらさず、肉の襞《ひだ》の一片も震わさなかった。漆のような暗黒の中で男の躰を辛うじて受け入れる程度の角度に下半身を開き、男の波が高まり、至り、そして退いて行くのを静かに待っているだけである。
暗いので分らなかったが、進は女の躰の上の単調作業を繰り返しながら、暗黒の中からひたと自分に注がれている妻の冷たい視線を痛いほどに感じるのであった。従って、彼も妻と行為する時には常に目を開いていた。
たがいに目を開いたままのセックス、——自分は順子の躰に流れる花岡家の純血を絶やさぬために雇い入れられた種馬である。
日本財界の名門、花岡家の一人娘として生まれた順子は、その名家の血液を伝える人間にふさわしく、すべての人間が狂うべき性交すら子孫に純血を伝える神聖な行事として見ている。
いや、この気位の高い女にとって性はそれ以外の何物であってもならなかった。
彼女にとって夫は種馬にすぎない。自分はその男の体液を受け止めさえすればよい。
進は行為の都度、妻の躰が水道の蛇口の前に置かれたプラスチックの容器のように思われてくるのだ。
行為が終った後も順子はその姿勢を崩さなかった。
順子にとって男の体液は貴重なものであった。一滴でも雫《こぼ》すようなことがあってはならない。しばらくの間はそのままの姿勢で受け止めたばかりの男の粘っこい体液を、芳醇な酒を醸《かも》すように体の奥深い所で暖めなければならなかった。
「馬鹿めが!」
闇の中に妻のそんな姿勢を想像して、進は彼女に聞こえないようにつぶやいた。
順子は知らぬ。進がひそかに、精管《パイプ》切断《カツト》の手術を施していることを。進の体液の中には順子の欲する、いや、花岡家の欲する精子《たね》はなかった。
パイプカットは二年位の間ならば復元できる。そのうちに不妊の原因を医師を買収して順子のせいにすれば、純血を伝えることに熱心な、この見識の高い愚かな女は、妻としての屈辱を耐えて自ら進に妾を持てと薦《すす》めるであろう。そうすることにより生物的な純血は途絶えても、名門花岡家の人脈は続くことになる。
そうなれば天下晴れて�公認�の好みの女に、切断した精管を復元して自分本来の精子を仕込む。やがて、天下の名門、花岡家はこの俺の血が完全に乗っ取ることになる。進はほくそ笑んだ。
それが種馬として彼を雇った妻と花岡家に対する痛烈な復讐であった。
「馬鹿め!」
進は闇の中で笑った。彼は妻の姿に、いくら抱いても孵化することのない、瀬戸の疑似卵を必死に暖めている哀れで滑稽なめんどりを見たのである。順子の躰を抱くことは、そのまま進の復讐であった。
順子の躰から降りた進は、昼間の俊一郎の謎めいた言葉を思い出した。
俊一郎は言った。渋谷と星電研の雇用関係が強ければ、それを逆用してやると。それは一体どういう意味か?
「灯、つけてもいいわよ」
酒を暖め[#「酒を暖め」に傍点]終った順子が言った。「このままでいい」
進は素気なく答えた。答えながらハッとなった。灯があればこそ様々の物が見える。様々の色彩も、塗料が光の一定のスペクトルを吸収することによって生じる。光がなくなればどんなに美しい、どんなに強烈な色も見えなくなる。
渋谷夏雄は一つの色だ。それがどんなに強烈なものであろうと、星電研という光によって見えるのである。ならば、渋谷という色彩を消すためには星電研そのものを消せばよい。
ここにおいて、彼と星電研の強い連帯がものをいう。彼にとって必要なことは星電研という組織の中で働くことであって、星電研そのものがさらに上部組織に吸収されても彼の知ったことではない、——はずであった。
星電研の吸収。そうだ、それにちがいない。進は闇の中でひとり、相槌を打った。
彼は昼間、社長室ですれちがった一人の男を思い出した。目の鋭い痩せた男、平凡なサラリーマンからはとうてい感じられない勝負師の気魄を放射していた。井口証券株式部長の肩書きを持つ山路紫朗が、俊一郎を訪れていた理由もはじめてうなずける。
しかし、それには厖大な資本力がいる。
花岡家がいかに名門であろうと、それほどの資本があろうとは思われない。また、当主の俊一郎が協電の社長の地位にあり、協電がいかに大資本であろうと、公金をたかが一社の買い占めのために動かすほどの専断ができようとは思われぬ。
第一、渋谷個人にそれだけの価値があるか? 一人の男を得るために、その男の属する組織そのものを吸収しようとする。
何と雄大で、かつ、無謀なる計画だ。ただ、一人の男のために、——
進はベッドの中で転々とした。俊一郎の大体の目論見は分ったものの、まだまだ残されたいくつかの疑問点が彼の目を冴えかえらせたのである。
かたわらから妻の健康な寝息がもれてきた。おそらく、進の躰を受け入れたままのしどけない姿勢で眠りに落ちたのであろう。彼はその時、妻に対して殺意に近い憎悪を覚えた。
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