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大都会12

时间: 2020-04-13    进入日语论坛
核心提示:非常空間翌朝、進を呼び寄せた花岡俊一郎は、秘書が退がると同時に、「どうだ、分ったか?」と訊いた。「はい、大体」「言ってみ
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 非常空間

翌朝、進を呼び寄せた花岡俊一郎は、秘書が退がると同時に、
「どうだ、分ったか?」
と訊いた。
「はい、大体」
「言ってみろ」
「星電研の吸収では?」
「ほほう」
俊一郎はのどの奥からもらすような声を出した。
「その通りだ、お前にしては上できだ」
種馬にしては上できだ、と言ったのと同じである。進は屈辱感を、この頃は持ちまえのものになったポーカーフェイスの下に押しこめながら、
「しかし、まだ腑に落ちないことが二つあります」
「何が?」
「まず、第一に星電研は東京、大阪の第二部市場に上場されているとはいえ、資本金一億二千の過少資本で浮動株が少ない。株の過半数は星川社長をはじめとする星電研創立者の一族や安定株主によってかためられております」
「当然の疑問だな」
俊一郎はうなずいた。
株式会社の経営を支配する最も手取早い方法は株の買い占めである。最も多く持てる者が勝つという資本主義の非情なる原則は、株式保有率において最も端的に表現される。
どの程度の株を集めればその会社を握れるかはその株式の分布図により一律には言えないが、経営支配権を握るためには五割以上を必要とすることは素人にも分る。
しかし、この種の買い占めは、株式の大部分が投機的で浮動性の強い個人株主の間に分散している場合は資金さえあれば容易なのであるが、星電研のように典型的な過少資本で、個人的色彩の強い会社ではきわめてむずかしいのである。
進はそのことを言ったのだ。
「お前の言う通り、資本金一億二千万円、総発行株式二百四十万株のうち、約六十万株は星川社長をはじめとする創立者群によって保有されている。その他、名京銀行が十五万株、ホテルナゴヤが三十万株、中京証券が十五万株で総計百二十万株、その他にも創立以来の安定株主も相当いるはずだ。とすれば、市場に出廻っている株はせいぜい三割、下手をすれば、少数株主権すら確保できなくなる」
発行株数の二割五分、即ち四分の一を抑えると、商法による少数株主に対する保護が与えられるようになり、会社側は買い占め派を制するための勝手な真似ができなくなる。
二割五分をおさえるのは買い占めを狙った場合、買い占め派がとにもかくにも辿り着かなければならない第一橋頭堡であった。
「ま、それに答える前にお前の第二の疑問とやらを聞こうか?」
俊一郎は顎をしゃくった。
「発行株式の半数をおさえるとして、百二十万株、時価三百六十八円、買い占めによる高騰を含んで平均買入価五百円として計算すれば買い占めに必要な資金は六億円になります」
「分った。それだけの資金をどう捻出するかというのだろう?」
「はっ」
「いかに儂が協電の社長でも、取締役会にかけずにそれだけの資金を動かすことはできない。また、よしんば取締役会にかけても重電の強硬な反対にあうことは目に見えている。そこでだ」
俊一郎はテーブルの上にやや身体を乗り出した。進もつられて身体を前かがみにした。
「お前、儂が協電の株をどれ位持っているか知っているか?」
「……?」
「十万株だ、その他に花岡一族の保有株が合せて十万株ほどある。それ以外にも儂の指示でどうにでも動くものが百三十万株ある。総計、百五十万株——資本金八百億円、発行株式総数十六億株の一%にも充たない微々たるものだ」
それが星電研の買い占めにどんな関係があるのだと言いたそうな進の顔色を無視して、
「ここのところ、弱電、重電両部門の不振で、配当はどうにか一割を保っているとはいうものの、時価、百二十六円、全部、叩き売ったところで一億八千九百万円、とうてい、星電研買い占め資金には足りない。
それに社長たるものが自社株を売り払ったとなれば穏やかではない。重電側が巻き返すための絶好の材料とされる。しかしだ、……こいつを誰にも知られないように売り、誰にも気づかれないうちに買い戻したらどうだ?」
「そんなことができますか?」
「できるさ。つまりだ、名義書換停止中にやるのだ。我が社の決算は五月。六月一日から七月二十五日の株主総会までは株主名義の書き換えが停止される。この期間を狙って、今試作中のマイクロカラーテレビが近々完成と流す。星電研より一歩先がけての好材料に株価は当然、上がる。高値になったところで売り抜け、七月二十五日までに今度は逆の悪材料を流して一気に反落させる。いいかげん底をついたところで買い戻せば、書き換え停止中に株は馬鹿な買手の間を往復しただけで本来の名義人の所にちゃんと戻っている。ちょっと外出しただけで、外出の証拠すら帳簿には残らない。残るのは厖大な利ザヤだけというわけだ。
まず、売り高値が五百円位、買い戻し値が百円として、一株平均四百円のサヤだ。操作可能株数が百五十万株あるんだから、このちょっとした工作でいくらの金がひねり出せると思う」
花岡俊一郎はニヤリと笑った。ふだん、めったに笑わない俊一郎の笑顔は、斃《たお》した敵の死体を貪る食屍鬼《グール》のように陰惨であった。進は権力の座を悪用したむしろ壮大ともいえる�資金繰り�に声も出なかった。
「ここでお前の第一の疑問に答えてやろう、好材料と悪材料でドデンを打てば当然、会社の信用が傷つく。だから、書き換え停止が解けたら、ふたたび、好材料を打ち出して、株主のご機嫌を取り結ばなければならん。そいつに、星電研のポケットカラーテレビをはめこむのだよ」
進は俊一郎のあくどさに舌を巻いた。手持ち株を社長の座を悪用工作して、厖大な利ザヤを稼ぎ出し、それを資金に星電研を乗っ取る。そして乗っ取った会社の商品をもって株価工作で喪った信用を回復しようとする。
権力と商法の盲点を縦横に駆使した正に一石三鳥の布石であった。進は俊一郎の姿に資本主義社会の妖怪を見る思いがした。
「しかし、買い占め資金ができたとしても、星電研株の買い占めには依然として難点が残りますが」
進はようやく発言の機会をつかんだ。協電の株価工作と、星電研株主の結束とは何の関連もないのだ。いくら資金があっても、株主が株を手放さないかぎりお話しにならない。
「ふぁっふぁっ」
俊一郎は肩をゆすって笑った。
「お前は儂を相当にあくどい人間だと思っているだろう、いや、いいのだ、隠さなくとも。儂自身、自分があくどい人間だと思っている。しかし、本当の儂はお前が考えているより遥かにあくどい人間なのだ。資本金八百億、系列会社十数社、関連会社や下請けを入れたならこの協電のおかげでめしを喰っている人間は数もはかれん。そういう厖大な組織の頂上に座し、内にあっては反主流派を抑え、外にあっては血で血を洗う資本競争に生き残っていかねばならん。冷酷と蔑まれようと、非情と罵られようと、それに徹せられない人間にはこの椅子に坐る資格はない。
いいか、儂が今、坐っている椅子をただの椅子だと思うなよ。この椅子は何千何万の人間の生活がかかり何千人のエリートの血みどろの競争が収斂《しゆうれん》されたものであり、そして絶えず血潮を流さなければ保持していけないものなのだ。その血潮の一滴が今度の星電研なのさ。星電研株主の堅いことは百も承知、しかしだ、創立者や安定株主といったところで人間の欲に変わりはない。株価が下がれば何とか高値のうちに売り抜けようと焦るだろう」
「しかし、今の星電研は相次ぐ新製品の発表で業績は好調、一割五分の高配当を続け、株価も堅いですよ」
「だからそれが崩れるような悪材料を流せばよいではないか」
俊一郎はこともなげに言った。
「悪材料? そんなもの何もないじゃありませんか」
「造るんだよ。なければ造るまでだ。現在星電研で開発しているポケットサイズカラーテレビはインチキである。三原色を分解する三色受像管《トライカラーチユーブ》が、ポケットサイズに縮小できるはずがない。これは星電研の業績を粉飾するための悪質な工作であるとでもな」
「しかし、そんなことをすれば業務妨害罪で訴えられます。星電研のカラーテレビが本物であることは社長もご存知のはずではありませんか」
「知っておるとも。いやしくも、渋谷が開発しているものだ。インチキのはずがない。しかしな、本物、必ずしも本物でない場合があるぞ」
「……とおっしゃいますと?」
「我々の謀略で作為した悪材料を流せば、星電研はいやでも試作品の発表を急がねばならなくなる。公開する試作品は、ただの一台、どんな工作でもできようというものじゃないか。こんな日もくるだろうと思って渋谷の助手につけた杉田技師は、儂が学生時代から面倒を見ていた男なんだ。
儂の命令一下、杉田は積年の恩顧に報いんものと発表直前に試作品の部品《パーツ》のすげ替えをやってくれるだろう。全国のマスコミ関係者が固唾をのんで見ている前で、スイッチをひねられたテレビには白黒の映像しか映らん。こいつはマスコミを狂喜させるだろう。それまでに流した悪材料に半信半疑で横這いをしていた株価は一気に崩れる。その機を外さず買って買って買いまくる。おそらく、浮動株はこの時に全部抑えられるだろう。いいか、買い占めのチャンスは杉田がどの程度のテレビ工作ができるかにかかっている。簡単には修理不能の工作が施せればそれだけ我々の株は増える。渋谷がテレビを再生して今度こそ本物のカラーテレビを公開するまでのわずかの間が勝負だ。この間に星電研株の過半数を制さなければならない。
お前はその間、あらゆる策略をつかって渋谷の再公開を妨げるのだ。星電研内にあってお前と呼応して妨害工作を施すべく杉田以外に数人の男を入りこませてある。皆、儂が学費を出して大学を出してやった奴らばかりだ」
「それではすでに学生時代から協電のスパイを養成しておられたのですか」
「スパイ? 人聞きの悪いことを言うな。匿名社員と言って欲しいな。一度入社させた社員は企業謀略担当スタッフにはなかなか仕立てられない。社籍にのってしまうからな。退職届を出したところでライバル会社は信用せん。しかし、どこの社でも新卒には心を許す。まさか純真な新入社員がライバル社のヒモ付きだとは思わない。それどころか、自社の将来の幹部候補生として採用するおめでたさだ。だから、儂はもの[#「もの」に傍点]になりそうな学生には、学生時代からコネをつけておいた。今でも一流名門校に三十人位は我が社の匿名社員がおるわ。彼らが将来、ライバル会社の幹部候補として潜りこみ、どんな働きをしてくれるか。それを思えば安い投資じゃないか。
お前の役目はさし当たり彼らを使い、渋谷の再公開をできるだけ遅らせる。それから、大株主のうちの一人か二人を落とせ。実験再公開前の星電株など額面を割りかねないボロ株に堕ちる。買い占めによる品薄値上がりも大したことじゃあない。先様が買い占めと気がついた頃には、儂の手許に過半数の星電株が集められているという寸法だ。要するに、過半数さえ制すれば渋谷のみならず、彼が心血を注いで開発した新製品のパテントはそっくりそのまま、協電のもの、いや正確には儂のものになる。儂は星電研を吸収した余勢をもって一気に強電を押しまくる。それでなくとも大得意先の鉄鋼業界をゆさぶる大不況のあおりを受けて青息吐息の強電は、星電研の製品で一気に市場シェアを拡大した弱電に、完全にとどめを刺される。強電の協和を弱電の協和に体質を変える。
そのためには手段を選ばない。死にたい奴は勝手に死ね。自分が生き残るためには感傷や情けなど一片も持てないのだ。いいか、今度こそうまくやれ。単に渋谷という人間一人が欲しいための乗っ取りではない。彼を含む星電研の吸収が我々の生き残るための唯一の手段であることを胆に銘じておけ」
進の胸に俊一郎の執念といってもよい気魄がひしひしと沁みた。
秘書室を前衛にした完全防音、完全空調、空気浄化装置のほどこされた社内で最も豪華な空間、緋の絨毯を敷きつめた上に九点と五点セットの二組、バストイレのほかに電気冷蔵庫まで備えつけられてある。そしてその豪華な設備と装飾の中央には、マホガニーの机を控えた総皮張りの社長の椅子。俊一郎はそれを冷酷非情なる者のみが坐る資格があると言い、無数のエリートの血みどろの競争が収斂《しゆうれん》されたものであると断じた。
そして、その座は分秒たりともそれを保持するための努力を怠るならば、たちどころに奪取されるという酷烈の場所であるとつけ加えた。
ソファにたゆたゆした豊かな体躯をゆったりと任せている俊一郎は、一見、我が世の春を楽しむ大社長の風情だったが、それはかつての日、進が立った目もあけられぬ風雪の吹き荒ぶ山頂以上に酷しい場所に毅然として耐えている姿であった。
しかし、そこがどんなに酷しい場所であろうと、サラリーマンとなったからにはいつかは必らず到達しなければならぬ場所であった。
そこだけが組織の中で去勢された男らしさを回復するべき唯一の空間であったからだ。
進は深く一礼すると扉に向かって静かに歩み始めた。秘書室を通り廊下へ出る。社長室を挟んで副社長、専務、常務の役員室が並んでいる。広々とした廊下には同様の緋の絨毯が敷きつめられ、人影一つ見当らなかった。企業の謀略と資本戦争の総司令部とはとうてい信じられない深海の底のような静寂の中に沈んでいる。
彼には絨毯の燃え上がるような緋の色彩が、野望にとり憑かれて這い登って来た無数の男達の滴々としてしたたらせた血の痕のように思えた。
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