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大都会18

时间: 2020-04-13    进入日语论坛
核心提示:牝《めす》 商《しよう》内野恵美子が居室としている2456号室はホテル最上階にある国賓用のスイートで、二つのツインベッド
(单词翻译:双击或拖选)
牝《めす》 商《しよう》

内野恵美子が居室としている2456号室はホテル最上階にある国賓用のスイートで、二つのツインベッドルームの他に応接室、会議室、侍従室、浴室などが組みこまれてある、一泊十万円の豪華室である。
恵美子は千種区の高級住宅地に豪奢な邸宅を持っていたが、一泊十万もするスイートに泊まる客はめったにないところから、ほとんどこの部屋に生活の本拠を置いていた。しかし、キイはフロントへ預けっぱなしで出入の都度、ボーイ長やメード頭がパスキイで恭々《うやうや》しく開《ドアオ》 扉《ープン》をした。
見識の高い恵美子にとって、自らドアオープンするなどとんでもないことであった。
彼女にはこんな逸話がある。
たまたま、恵美子が自邸に帰った夜、ホテルが超満員となり、予約のある新婚客を収容できなくなった。困惑したフロントクラークは、たまたま当夜空いていた内野社長の居室をその新婚に提供してしまった。
ところが、深夜に至り、急に用事を思い出した恵美子は、突然、ホテルに帰り、自室が他客に提供されていることを知ってカンカンに怒った。そして何がなんでもその客を追い出せと、厳命を下したのである。
しかし、追い出せと言われても、当夜は満室、それに深夜である。その新婚客も初夜の夢の最中のはずである。いくら、社長だからといってそんな無理難題の通るはずがなかった。
それを、恵美子はとうとう、自分の横車を押し通してしまったのだ。甘くまどやかな新褥《にいどこ》から追い出された新婚客は、初夜から温泉マークの一室(それもホテル側が必死に探した)ですごさねばならなくなった。
当然、それは大きな苦情《コンプレインツ》になった。恵美子はホテル幹部が客にひたすら、陳謝しているのを冷然と横目に見ながら、
「このホテルでは私より偉い者はいないわ。私に無断で私の部屋に侵《はい》る者は誰であろうと許さない」
とせせら笑ったそうである。
それほどの女であるから二十四階のメードキャプテンは心の休まるひまがなかった。二十四階は貴賓室ばかりである。重要客《ヴイアイピー》ばかりが滞在しているところで、内野恵美子がいかなるVIPよりも優先されなければご機嫌が悪かった。
少なくとも、ホテルナゴヤにおいては一国の元首や皇族よりも内野恵美子の方が偉大であったのだ。
その夜、恵美子はやや早目に自室に引き取った。あるテレビ番組に見たいものがあったからである。しかし、それは彼女が期待した内容のものとはかけ離れていた。
失望してカラーテレビのスイッチを切ると恵美子は浴室へ立った。金粉を塗《まぶ》したガラスタイルの仕切戸の奥の浴槽《バスタブ》にのびのびと身を沈めながら、彼女は自分自身の躰に見惚れるのだ。
女盛りの躰は美食と順調な事業の発展と、そして適度な異性交渉のおかげで弾み切っている。透明な湯の中で様々な姿態をとりながら、自分の躰を観察している間に、彼女は欲情がたかぶってくるのを感じた。
昨夜の今日なので成瀬を帰したことがくやまれてならなかった。恵美子はとりあえず、火照った身体をシャワーを浴びて鎮《しず》めようと思った。どの男を呼ぶべきかはそれから先の問題である。
肌が痛くなるほどに強く出した冷水の中に躰を入れて恵美子は眉を顰《しか》めた。火照った躰に何と強烈な刺戟であろう。
——これはどうでも誰かを呼ばなければならなくなりそうだわ——
恵美子はシャワーによって鎮められるはずの炎が躰の芯にあって、燃え盛ってくるのを感じた。
「だあれ?」
その時、彼女は浴室の外に人の気配を感じたように思って声をかけた。
ルームサービスを運んで来たメードであろうか、きっと、シャワーの音に消されてコールサインが聞こえなかったのであろう。彼女は気にも止めずにシャワーを浴び続けた。
やがて、バスタオルをまとって浴室から出た恵美子は、依然として隣室の応接室に人の気配が残るのを感じて少々ぎょっとした。ルームサービスがこんなにも長くいるはずがない。
それとも成瀬が気を利かして来たのであろうか? いや、そんなはずはない。あの�飼い犬�は呼ばなければ絶対にこない。
「誰!?」
彼女は声にやや嶮を加えた。女王の部屋に無断で入るとは何たる不心得か! きつく糺明してやらなければならない。
返事はなかった。
恵美子の声にいらだちと不安が加わった。浴室の外は寝室となり、寝室から応接室へ続いている。何者とも知れぬ人の気配は、寝室と応接室の境の半開きになった扉のかげにあった。
恵美子は非常ベルを押そうとした。その瞬間、扉が微かに軋み、応接室からの逆光の中に男のシルエットが浮かび上がった。
「非常ベルを押すのはちょっとお待ち下さい。私は怪しい者ではありません」
恵美子にとって全く未知の声が図々しいことを言った。人の居室に無断で、しかも、女の身がバスタオル一枚まとったきりの裸身でいる時に、正体不明の男が闖入して来たのである。
これが怪しくなくて何であろう。
しかし、恵美子が辛うじて非常ベルにかけた指を止めたのは日頃女王として習練した度胸と、男の声の紳士的な柔らかさのおかげであった。
それでも胸のあたりで合わせたバスタオルにかけた手の力が、無意識のうちに強くなったのはやはり、恵美子が女である証拠であった。
「あなたは?」
「初めまして、協和電機の花岡と申します。昼間社長室の方へおうかがいして門前払いを喰わされました」
「そのあなたが何故無断で!?」
「昼間のお話しが決して社長の不利益にならないと信じましたので」
「私は申し上げたはずよ、そういうお話は一切支配人が承りますと。そういうことのために私は彼を雇っているのですから」
「雇人に話せる内容ではありません。私の話は支配人如きの雇われ者にできる話ではないので」
「お引き取りいただくわ。ここは私の私室です。ビジネスのお話をする場所ではありません。さもないと家宅侵入罪で警察に引き渡すわよ」
恵美子の声に一歩の妥協も認められなかった。彼女は本気で怒っていたのである。いまだかつて、この女王蜂の巣へこのような形で侵入した者はいなかった。それをこの野放図な男は平然と侵した。まるでロビイや公園へ入るような無頓着さで、彼女の�聖域�を侵したのである。
「家宅侵入罪とはひどいですな。たしかあの条文は、刑法百三十条、故ナク人ノ住居ニ侵入シタル者ハとある。私は堂々とフロントでこの室のキイをもらい、しかも、故なく入ったわけではない。それ相当の用件をもって入ったのです」
「屁理屈言うわね、とにかく、出て行ってちょうだい。今のうちなら許してあげるわ」
「貴女の商魂の逞しさは実業界では評判ですが、どうやら看板に偽わりらしいですな、せっかく、三千万円ほどの商談を持ちこんだというのに」
「三千万? それはどういうこと?」
恵美子は開き直った。三千万は彼女でも聞き流せる金額ではなかった。
「いくらか興味が湧きましたか?」
花岡は意地悪そうに笑った。
「ま、話してごらんなさい。でも、興味を失ったらすぐ出て行っていただきますからね」
恵美子はバスタオル姿のまま、ソファに腰をおろした。進の眼前で平然と脚を組む。バスタオルの合わせ目が割れて、むっちりした内股の白さとほの暗い奥が男の目に痛いばかりに映るのを、花岡進は視線をそらさずに、まるで無機質でも見るような目で見つめていた。
——この男は一体まあ、何という男だろう——
自分の躰に絶大の自信を持つ恵美子は、それだけで重大な侮辱を加えられたように感じた。
花岡は別に進められもしないうちに、恵美子の前のソファに向かい合う形で腰をおろした。
そうすることにより、彼女の躰の奥の眺めはますます良くなったはずであるのに、花岡は一切の感情を喪失したような|能面づら《ポーカーフエイス》で話し始めた。
「協電弱電部の販売代理店は、全国に約五千店あります。そのなかから成績の優秀なのを二千店ほどよりすぐり、約四千名、二班に分けて慰労と販売網強化のために年二回、旅行招待しております」
「その位のことはどこの大手でもやっているわよ。第一、二千名の団体に泊まられたら他の顧客を逃がしてしまうわ。そんな団体をとらなくとも私のホテルは充分やっていけるのよ」
「それは春秋のハイシーズンのことでしょうが。それを我が社は夏冬のオフシーズンにやるとしたらどうですか?」
「オフシーズンに?」
恵美子の瞳がキラッと輝いた。ビジネスに反応するシャープな商人の目である。
ホテルの種類により多少の差はあっても、大体、ホテルのかき入れは四月と十月の観光シーズンである。夏と冬、特に七、八月と一、二月はホテルにとって厄月である。
最近は国際会議や株主総会の誘致、オフシーズン割引などの閑散期《オフシーズン》対策がある程度効を奏してきたとはいえ、巨大な設備投資と人件費の圧力にどこのホテルでも青息吐息であった。
しかし、うまくいかないもので、団体旅行が動くのも、専らハイシーズンにかぎられる。オフシーズンには気紛れの観光客や、商用客などの個人《バラ》客がまばらに動くだけだった。そういうバラ客はあまりホテル内で食事を摂らない。これではホテル収入は上がったりである。
この時期に団体が入ってくれたら、ホテルにとって救いの神となる。おまけに団体には必ず食事がつきまとう。客室収入と飲食収入が切り離されているホテルでは、素泊まり客だけの客室収入では商売にならない。泊まってめしを喰ってくれる客が、一番有難いのである。
オフシーズンに二千人の団体、朝夕食をつけるとして、客室料共に莫大な売り上げとなる。ホテル経営者としては絶対に逃がせない話であった。
恵美子は組んでいた脚をそっと外した。花岡の話が事実とすればこれは大変な客《かも》である。
彼女は急に自分の裸身にひけ目を感じた。しかし、今さら、ドレスアップするのは彼女の自尊心が許さない。
「春秋の観光シーズンは我々家電屋にとってもかき入れ時です。折角、招待しても集まりが悪い。高い金を費っての招待だからできるだけ効果的にやらなければならない。そこで夏冬のオフシーズンに避暑避寒をかねての招待旅行となった。今年は関東以北の千店は名古屋に、中部以西の千店は東京の一流ホテルに招待し、それぞれ、そこを本拠に三日間ばかり、周辺の観光地巡りをさせようというプランになりました」
「そうすると三日間、ホテルに連泊というわけ?」
恵美子は声を呑んだ。ただの一泊でも大きな収益につながるところを、三泊もするとなれば、飲食量も宴会数もそれだけ増える。それだけでなく、お客が個々に落とす金も莫大な額に上る。
「そのように考えております。招待客は中年以上のどちらかといえば老人が多い。三日間、宿から宿へ転々とさせるのよりは、設備の調《ととの》った一流ホテルに滞在させ、ゆったりとしたスケジュールで観光や、観劇をさせてやった方が喜ばれるのです。地方の代理店主だから、最初のうちはホテルは固苦しくていやだという苦情もありますが、招待旅行が終ってからの印象が日本旅館よりも格段によい。結局、ふだん泊まりつけない所へ泊めてやり、食べつけない洋食ぜめにする方が印象も強烈で、思い出に残るのです。今年は招待状の受け通知が千八百名、二人部屋が八百、一人部屋が二百室必要です。その他、協電側の幹事連が約五十名付き添いますから五十シングル。食事は朝食を三回、夕食を三回ホテルでとります。それから到着した日の夜は盛大な慰労パーティを張りたいと考えております」
ツインは一室あたり|税抜き《ネツト》で四千五百円、シングルは三千円。食事は朝夕食それぞれ五百円と千五百円、これに千八百五十名をかけて、さらに三泊分として三倍する。その他の飲料代宴会料を加えれば、
(三日間で大体、ネット三千万円の売り上げになるわ)
胸の中で弾いたソロバンの示す莫大な額に恵美子は上気した。一口に三千万円というが、オフシーズンにこれだけの収益は全く有難い。
「もし、この冬がうまくいけば来期の夏にまた、持ってきますよ」
花岡は誘うように笑った。
「でも、名古屋にホテルはうちだけじゃないし、昼間あれだけ冷たくあしらわれたのにもかかわらず、何故わざわざ私の所へ持ってきたの?」
恵美子は先刻から抱いていた疑問を口に出した。協電とホテルナゴヤは別に資本のつながりもなければ、商歴もない。これだけの美味い話を明らかに家宅侵入罪に問われるような行為を犯してまでも、恵美子のところへ持ってくる義理など一片もないはずであった。
収容設備にしても、これだけの団体をこなせるホテルは他にもあった。
「ここでなければならないのですよ」
彼はニヤリと笑った。
「どうして? 丸栄でも、国際でも喜んで受けるわよ」
「実はお願いがあるのです。いや、条件といってもよい」
「やはりね、これだけおいしい話を、なまのままくれるはずがないと思ったわ」
恵美子は肩をすぼめて、急に興味を失った顔になった。
「そうげんきんにおざ[#「おざ」に傍点]が冷めたような顔をしないで下さいよ。条件と言いましたが、この条件、決して悪い話じゃない」
「言ってごらんなさい。ことのついでだわ」
「ついでとは熱意ないですね」
「いいこと、私はまだあなたの家宅侵入を許したわけじゃあなくってよ。そのつもりで口をきいてちょうだいね」
「分ってます。……それでは申し上げます。実は星電研です」
「セイデンケン?」
「インチキカラーテレビで株が暴落しましたね。実は我々はある理由からその株が欲しいのです。社長は三十万株を保有する大株主だ。それをぜひ譲って欲しいのですよ」
内野恵美子は花岡の顔を凝視した。花岡も恵美子の視線をがっちり受け止めた。二つの視線は重なり合ったまま、どちらからも外そうとしなかった。
ややあって恵美子は花岡と視線をからませたまま薄笑いした。
「分ったわ。ここのところ星電研株が反騰《はんとう》してきたと思っていたけど、あなた方が陰で動いていたのね。好材料が何もないのに値上がり……おかしいなと思っていたら協電が買い集めていたのね。何故あんなボロ株を買いたがるの? カラーテレビはインチキだったし、星電研のドル箱といわれた渋谷技師は大山師じゃないの」
「とにかく、譲って下さい。カラーテレビや渋谷技師はインチキでも、我々は星電研の過去のパテントが欲しいのですよ」
「それだけ?」
「それだけです」
「駄目よ、私にビジネスのごまかしは効きません。本当のことをおっしゃいな。そうすれば考えてあげてもいいわ」
「…………」
「言えないのね」
「社長、三十万株、時価百五十円ですからシメて四千五百万円、放っておけば額面を割りかねないボロ株にそれだけの金を出そうというのです。しかも千八百名の団体を見返りにして。理由などどうでもいいじゃありませんか。聞くところによれば社長は星電研とけんかをして、創立時ここを事務所にしていた彼らを追い出したそうですね。別に株を後生大事にかかえ込んでおく義理などないでしょう」
確かに花岡の言う通りであった。創立時、事務所としてホテル客室を貸してやったよしみで大株主の一人になっていたが、利ザヤを稼ぐチャンスを棒に振ってまで抱えておく義理などさらさらなかった。
まして、渋谷夏雄には決して忘れることのできない怨みがある。あの男は女王のプライドを土足で踏みにじった。あの屈辱はいつかは必ず復讐してやらなければならない。女王の名誉にかけても許してはおけないのだ。
恵美子はあの折、渋谷に思い切り叩かれた火の出るような痛覚が、たった今の出来事のように頬に生々とよみがえった。
(そうだわ、理由なんかどうでもいいわ。要するにあの男に復讐できればいいんだわ。あの男が死ぬほど愛している星電研を、他社に乗っ取らせるために株を売り払う。思えば小気味よい復讐じゃないの)
恵美子はふたたび顔を上げた。
「いいわ」
「えっ」
「売ってあげるわよ。ただし、時価ではいやよ。放っておけば買い占めでまだまだ上がる株よ。一株、二百円、これ以上|鐚《びた》一文欠けてもだめよ」
恵美子は挑戦するように言った。
(足許を見やがって、この女狐め!)
花岡はその時、この女というよりは女怪に殺意に似た憎悪を覚えたが、それをおくびにも現わさず、
「止むを得ません、手を打ちましょう。それでは二百円で三十万株、六千万円の小切手を切ります。名義の書き換えは」
「待って。取引は明日午後一時、社長室でしましょう。あなたはその時現金と団体の契約書を持ってきてちょうだい。株券はその時に引き渡すわ」
今ここで取引きしてしまえば団体契約をぼかされるおそれがある。株券と引き換えに招待旅行受入れに関する契約も固めておこうという肚であった。さすがホテル界の女王、どこまでも抜目がなかった。
「結構です。では明日午後一時に。今夜はこれで失礼します。長い間お邪魔いたしました。家宅侵入罪で突き出される前に退散することにします」
花岡はソファから立ち上がると軽く一礼した。寝室からパーラーへ、パーラーから会議室へ、そしてそこから廊下に面する扉へと靴の埋まりそうなカーペットの上を歩いて行った。
出口扉のノッブへ手をかけた時、
「待って!」
恵美子の命令するような声が後ろから追ってきた。
「は?」
「この取引、どうももう一つ底がありそうだわ。儲けて笑うのはあなたのような気がするのよ。でもいいわ。儲けられるのを覚悟で取引きするわ。でもね、それだったら儲ける方が儲けられる側のお客に景品を置いていくべきだと思うけどな」
「景品?」
「そうよ」
恵美子は蓮っ葉に笑うと素足のままカーペットの上を歩み、花岡の目の前へ近づいた。……そして胸元で合わせていたバスタオルを、はらりと床の上に落とした。間接照明の柔らかい光が彼女の豊満な裸身を妖しい生き物のように浮き立たせた。
「あなたも私と同じ姿になってちょうだい! すぐ! 今すぐよ。そして、私の命ずる通りの姿勢で私を抱くのよ。それが私の言う景品よ。どう、できて?」
大きく脂ぎった豊饒な女体が勝ち誇ったように笑っていた。情欲をむき出しにした牝は逃がれようもなくしっかと捕えた獲物をねぶるように舌なめずりをしている。
「できるさ」
花岡は短く言うと、女体に凶暴に跳びかかった。女を組み敷きながら服を脱ぎ捨てる。
カーペットの上を転々と転がりながら花岡は完全な獣に変身して行った。こうなると、どちらが獲物か分らない。二人は負けず劣らずの逞しさで相手の肉を貪りながら、少しでも相手より多く、自分の情欲を充たそうと互いの躰をせめ合った。
ルームサービスの銀器《シルバー》を下げに来たキャプテンは完全防音の扉からもれて来る、あられもない社長の呻き声に足を竦めてしまった。
 翌朝午前十時、何喰わぬ顔をして社長室へ下りて来た恵美子を一人の来客が待っていた。
「こういう方が、先刻からお待ちになっておられますが」
成瀬は一枚の名刺を乗せた銀製の名刺受けを差し出した。
菱井電業株式会社家電第一事業部テレビ課長代理、岩村元信とある。
「支配人へ通そうとしたのですが、どうしても社長にお会いしたいそうで」
成瀬は恐る恐るつけ加えた。昨日の花岡のことがあったからである。
「会うわ、お通しして」
「は?」
成瀬は面喰ったように顔を上げた。多分、断わられるだろうと予測していたからである。
やがて、成瀬に導かれて来た岩村は、人払いされた社長室で内野恵美子と二人だけで何事か一時間ほど語り合っていた。
何の 約《アポイン》  束《トメント》 もないフリの客と一時間も話しこむとはよほど、興味のある話題にちがいない。
そろそろ、役員との午餐会の時間なのだがと、成瀬がやきもきしかけた頃に、社長室からインターホーンブザーが鳴った。
慌てて立ち上がった成瀬が秘書室を通り抜ける前に社長室の扉が開き、客が送り出されて来た。内野恵美子が直々に送り出したのである!
恐縮して扉を開いた成瀬の耳に、
「それでは今夜八時、2456号室でお待ちしてますわ」
恵美子が送りしなに客にかけた声が入って来た。ビジネスから離れた、彼女の妙に浮き浮きしたつやのある声調《トーン》に成瀬は覚えがあった。成瀬自身、過去幾度か社長からそういう声をかけられたことがあった。
自分自身、恵美子の�ハレム�の中の不甲斐ない一人にすぎないことは、分りすぎるほどに分っていながら、成瀬は嫉妬に胸を熱くした。
「812号室に泊まっている花岡という人を呼んで、今日午後一時の約束は、明日の一時に変更と伝えてちょうだい」
一瞬、職務を忘れて呆としていた成瀬に、恵美子の冷酷な命令が下りて来た。それは先刻、岩村にかけた口調とは別人のような厳しさにあふれていた。成瀬はそれをくやしいと思う間もなく内線のダイヤルを回さなければならなかった。
 翌々日、午後一時、ホテルナゴヤの社長室で内野恵美子と相対した花岡は憤然として叫んだ。
「それじゃあ話がちがうじゃありませんか」
「ごめんなさいね、でも事情が変ってきたのよ。あなたが帰った後、菱井電業の岩村という人が見えてね、星電研を二百二十円で売ってくれと言うのよ。少しでも高い方へ売るのが商売の常道じゃないかしら」
「しかし、我が社は千八百の団体を送る」
「それも同じなのよ。オフシーズンに販売代理店招待千三百名、あなたより五百名ほど少ないけど、四泊よ、それに」
「それに何ですか?」
「あなたと同様に景品までくれてったわ」
花岡は呻いた。山でザイルを結んだ山仲間が、資本主義社会の酷風の中で敵味方になるのはいたし方ないとしても、まさかこのような形の恥ずべき共通項[#「共通項」に傍点]を持とうとは思わなかった。
「もっとも、この方はどちらも同じ位に優秀だったけど」
恵美子はニンマリと思い出し笑いをした。
「止めてください!」
やはり、獲物にされたのは自分の方であった、
「怒ることないわよ。私、全部、菱電に売るとは言ってないのよ。仲良く半分ずつ、売って上げた方が両方共幸福になれるし、第一家電業界の東西両横綱からお引立ていただけるもの」
花岡は自分がこの女怪に完全に振り廻されていることを知った。恵美子は、昨夜二百円で手を打った株価を二百二十円に釣り上げ、しかも、見返りとして協電、菱電両社の団体旅行を喰わえこもうとしている。さらに、その上に自分と岩村の山で鍛え上げた躰をいいように貪ったのだ。
しかし、それでもなお、恵美子から星電株は買わなければならなかった。もし、インチキカラーテレビが協電の工作であると知れば、この女狐はもっともっと吹っかけるにちがいない。花岡は眼前に笑う毒の花のような恵美子の大柄な顔を張りとばしたい衝動を耐えるのに必死であった。
「でもね、それではあなたが余りに可哀想、何事にも先着順ということがあるから、二百二十円ということで二十万株あなたに売るわ。菱電には十万株、これなら文句ないでしょ」
内野恵美子は頬づえを突いて言った。豊かな頬が口を動かす都度、二重にくびれてたゆたゆと震えた。
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