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大都会16

时间: 2020-04-13    进入日语论坛
核心提示:宿泊確認書「社長、こういう方がお会いしたいそうですが」秘書の成瀬幹夫が一枚の名刺を取り継いできた。協和電機株式会社家電第
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宿泊確認書

「社長、こういう方がお会いしたいそうですが」
秘書の成瀬幹夫が一枚の名刺を取り継いできた。協和電機株式会社家電第一営業課長、花岡進とある。
「用件は?」
ホテルナゴヤ社長、内野恵美子は短く訊いた。
「社長、直々でないと申上げられないとか申しておりますが」
「追い返してちょうだい、そういう人にかぎってどうせろくな用事ではないわ」
恵美子はきっぱりと言った。名古屋駅前に二十四階建、客室総数千五百の大ホテルを女手一つで建て、日本ホテル業界の女王と呼ばれるだけあって、見識も高い。
身許が確かで、しかも確実な推薦状を持たぬ人間には一切会わないことにしていた。
まだ四十前の脂の乗り切った女盛りの躰は、夜毎、男なしでは眠られぬ旺盛な欲望を示したが、昼間は一切の欲望がビジネスに切り換えられ、金儲けの権化のように冷たい女になり切った。
秘書の成瀬も昨夜の痴戯の相手である。しかし、オフィスでの彼女はよくこうも変れるものとあきれるほど見事に変身した。昨夜成瀬と躰を絡め合わせて快感にのたうち廻ったことなどおくびにも出さず、あくまでも自分の手中の一コマとして動かす冷酷な主人の面貌があるばかりであった。昼は昼、夜は夜、チャンネルの切り換えに巧みでなければ女王の座は勤まらない。少しでも、それを混同しようものなら、女王から夜の寵愛を受けたというだけでこの�男妾�共はたちまち増長する。
成瀬は社長室から立ち去ったが、いくばくもしないうちにふたたび困惑した表情で戻って来た。件《くだん》の名刺を相変らずたずさえている。
「何か、協電の代理店招待のことで直接お会いして特にお話ししたいことがあるそうで」
大手の会社では年二回ほど、全国の得意先や販売代理店を旅行招待してご機嫌を取り結ぶ。市場シェアの確保と拡大のために得意先招待は、各社共欠かせぬ年中行事であった。招待客数も大手になればなるほど多い。販売競争の激化と共に招待旅行は年々デラックス化する傾向にあった。宿舎も日本旅館や観光地の温泉を利用していたものから、徐々に大都市の一流ホテルを使うようになってきた。
地方人の多い販売代理店にホテル招待は評判がよかった。その社の一年の売り上げが伸びるか、伸びないかはひとえに代理店の意志にかかっていた。一年の売り上げが招待旅行にかかっていると言っても過言ではない。
それだけに各社共、ただ単に泊めるだけではなく、金に糸目をつけない大宴会や演芸大会を張り、代理店のご機嫌を必死に取り結ぶ。
大手筋から招待旅行宿舎として選ばれた場合の、ホテルへ落ちる金は莫大である。
花岡進がほのめかしたのはその招待のことらしいので、成瀬もむげに断われなかったわけである。しかし恵美子は、
「私は会わないと言ったはずよ。そういうお話は一切支配人にお任せ」
とニベもなく言った。もはや、脈がない。みすみす協電の招待旅行が取れるかもしれないチャンスをもったいないと思いながらも、成瀬はそれ以上押すことを諦めて社長室から出た。
日本交通公社に斡旋手数料を支払うのが惜しくて、敢然と交通公社とのホテル契約を蹴っとばしたほどの女傑である。
天下の協電もこの女怪の前には通用しなかったわけだ。
あれが昨夜、自分の躰の下でのたうち廻り、啜り泣いた同じ女か? 男女の交わりというものを時間の経過に従ってかくも見事に割り切れるものか? 成瀬は改めて内野恵美子の女怪ぶりを思い知った。
 ホテルナゴヤ、第四期学卒新入社員、大山晴夫は初の夜勤《ナイト》シフトについた。彼の配属はフロントデスク、日本旅館の帳場にあたる部署であり、お客の予約や希望に応じて部屋を|割り振る《アサイン》、いわばホテルのかなめの場所であった。
といっても、最初からフロントで最も重要な部屋《ルーム》  |割  り《アサインメント》は任せられない。蜜蜂の巣のようなキイボックスの前に立っての鍵の受け渡しが、まず彼に与えられた仕事であった。
これは簡単なようでなかなか難しい仕事だった。ホテルの客は外出する場合に、必ず自室のキイをフロントに残していく建て前になっている。キイボックスにキイがあるかないかによってフロントクラークは客が在室か外出かを知る。
従って、客から室番号を告げられて、キイを求められた場合、確かにその客の部屋であるかを確認しなければならない。何しろ、客室総数千五百もある大ホテルである。とうてい、何号室には誰というふうに室番号と顔を結びつけて覚え切れない。泊まってもいない外来客に番号を言われてそのまま渡したり、室番号を誤って記憶した客にちがう部屋のキイを渡してしまう危険性が多分にあった。これを防ぐ意味でたいていのホテルでは客が到着《チエツクイン》して|宿帳を記入《レジスター》する際にルームナンバーと客名と部屋の値段を記入した宿泊確認書《アイデーカード》を発行している。
外出先から帰館してフロントでキイを求める場合、クラークは必ずこの確認書のルームナンバーを確かめた上で、キイを渡すことになっている。
大山晴夫もフロントへ配属前、研修でそのことを古参クラークからくどいほど教えこまれた。しかし、胸に見習社員のバッジをつけて現場へ立ってみるとなかなか、教えられた通りにいかないことを知った。
何故なら、客はキイを渡しやすいように一人一人帰って来てはくれない。一度に二十人も三十人もフロントカウンターの前に群がり、同時にそれぞれのナンバーを求めるのである。
もちろん、英語もあればフランス語もスペイン語も混じる。一々、確認書との照合などとうていできることではなかった。第一、確認書など持ってこない者が多い。大部分はそれほど重要なものとは知らず、部屋へ残して来たり、紛失してしまっていた。
それでも、大山は最初のうちは教えられた原則を忠実に守っていた。しかし、一度確認書も部屋番号も忘れた国賓に断固としてキイ渡しを拒み、大問題になり、先輩にあれはあくまでも原則だ、臨機応変にやれと言われてから原則を崩した。
大分慣れたところで、夜《ナイト》に廻された。その夜が初めての夜勤というわけである。シフトについてから一時間ほど後、九州方面からの団体客が、五十人ばかりいっぺんに、外出から帰って来た。
たちまち騒然としたフロントカウンターで大山は、例の臨機応変のキイ渡しを始めた。客の告げる番号の通りにほいほいと調子よく渡す。この方がはるかに能率よく、客を待たせない。しかし、思えば乱暴な話である。
客の言葉だけを信用して、大げさにいえば客の生命と財産を護るべきキイを渡すのである。
客がナンバーをまちがえて告げればアウトだ。妙齢の婦人の部屋に、むくつけき山男を導くということも起こり得る。
だが、よくしたもので大山が先輩から教わった臨機応変法を採用してからそういう|間違い《ミス》はまだ一度も出なかった。
「おい、見習の旦那、××番くれ」
「俺は××番だ」
「××番、早いとこ頼んまっせ」
今夜の団体客は相当にがらが悪い。折悪しく二十人ほど、アメリカからの団体《ツアー》の帰館が重なった。
大山はキイを渡すだけで精一杯だった。
キイボックスの前で、コマ鼠のように動き廻りながら、彼は社長、内野恵美子が居室としている菊の間のルームキイをいつの間にか持ち去られていたことに気がつかなかった。
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