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大都会20

时间: 2020-04-13    进入日语论坛
核心提示:錆びた管年が代わった。花岡進は星電研買収時の�戦功�を賞されて家電事業部の部長に抜擢された。強電の協電から弱電の協電へと
(单词翻译:双击或拖选)
錆びた管

年が代わった。——
花岡進は星電研買収時の�戦功�を賞されて家電事業部の部長に抜擢された。
強電の協電から弱電の協電へと花岡俊一郎社長の音頭の下に、強力な推進運動が展開され、それがかなりの成果を示している現在、弱電部門の最大事業部たる家電部長のポストを与えられたことは、進が協電の次期最高首脳たることを約束されたようなものであった。
電気洗濯機、扇風機、空気清浄装置、電気掃除機、ミキサー、ミシン、冷蔵庫、アイロン、電熱器、テレビ、ステレオ、ラジオ、照明器具等の家電各課を一手に管掌し、生産から販売まで一貫した権限を与えられた部長は、自主的な経営単位の長であり、一国一城の主であった。
しかも、その責任の内容たるや、財務、購買、製造、販売といった形の機能別事業部が収益責任や費用責任しか与えられないのに対して、製品別事業部はこの両方を包括した利益責任、即ち、企業の究極目標たる利益への直接的な責任が与えられるのである。
従って、同じ社内であろうと、他の事業部は利益実現の過程においては全く他社と異なるところがない。社外により安く、優秀な原材や部品を求められる場合は、たとえ、社内他事業部で同じ物を扱っていても、容赦なくそれを忌避できる、いわゆる、忌避宣言権が与えられていた。
花岡進がこの強大な権限を与えられて勇み立ったことは言うまでもない。
ここ数年の資本主義の酷風に晒されている間に進は変身した。かつて遠い日、ただより高く、よりおおらかな未知の遠望を得たいがために、アルプスの雪や岩や風の間をさすらった、甘いロマンティシズムの影もなかった。
遠い青春の日(時間的には決してそれほど遠いものではなかったが)が時たま懐しく記憶のひだによみがえることはあっても、|お伽話《メルヘン》の世界のような幼稚さを覚えることの方が多かった。
製品に家電の多い星電研は事実上、進の支配下に入った。
彼は家電部長に就任してから徐々にその辣腕を伸ばしていった。この重職の椅子が閨閥によるものと誰にも言わせないために、進は何かを為さねばならなかった。その何かの手初めが星電研の整理であった。
要するに、星電研の効用価値は渋谷一人である。彼以外のすべての人間は全く不要なのだ。
しかし、進は俊一郎に進言して星電研の星川社長を協電の副社長に据えさせた。それだけではない、星川子飼いの星電研幹部のほとんどすべてをそのまま、協電幹部として横すべりさせたのである。
もちろん、常務会で強電側の強硬な反対にあったが、俊一郎はそれを強引に押し切ってしまった。
こうして、星電研の幹部は協電に吸収されたことによって、社会的地位はかえって高められたような外観を呈したのである。
世間はこの思い切った、というよりは常識外れの温情人事にむしろ呆れた。
しかし、人々は美談のかげで、旧星電研の�その他大勢�の従業員が花岡進によって徐々に整理されていることを知らなかった。それも一度に大量の整理をするのではなく、組合幹部の骨のありそうな連中だけ厚遇をもって協電に引き抜き、労組を骨ぬきにした後、少しずつ、草を刈るように刈りとっていくのだ。
刈り残しの中にうるさ型が残っていた場合は、関連会社に好条件ではめ込む。それでもうなずかない場合は、協電専用の商務工作員を使って、彼の公私にわたる生活を徹底的に調べ上げ、鵜《う》の毛で突いたほどの瑕疵《かし》を見つけ出して脅しにかけた。
「天下の協電からにらまれてみろ。これから先、君はあらゆる企業からシャットアウトを喰うぞ」
たいていのうるさ型はこれで落ちた。
美談のかげの�草刈り�があらかた終ると、今度は星電研の社屋と工場の整理にとりかかった。渋谷のいる中央研究所だけは手つけずにおいた。
さして広くもない工場は二、三日のうちに解体され、社屋はあるスーパーマーケットに買い取られた。協電の設備や材料として利用価値のあるものはすべて大阪へ移された。
つい、一ヵ月ほど前まで、星のマークの社旗の下で約五百名の従業員が生々と働いていた星電研は、文字通り地上から抹殺されてしまったのである。
「進の奴、なかなか、やりおるわ」
花岡俊一郎は進のやり方に内心舌を巻いた。この種馬、案外と拾いものであった。星川を協電副社長、それも単なるロボットではなく、代表権のある副社長にと強硬に主張したのが進である。最初は俊一郎もこの途方もない人事に驚いた。しかし、買い占めの目的が渋谷一人にあり、渋谷と星川との個人的連帯が強いものであればあるほど、星川の協電における地位を優遇すれば、それだけ渋谷は協電になつく。
気むずかしい飼い犬を手なずけるには、その飼い犬がよく馴れた飼い主そのものを飼いならすにしくはない。——と主張する進の意見は尤もであった。
彼の意見を容れて、星川はじめ、旧星電研の創立者群をそのまま、協電の幹部に迎えたところ、案の定、単純な渋谷は花も実もある協電の温情に感激して、より以上の忠勤を「協電に対して」捧げるようになった。
もちろん、すべての命令は星川を経由して渋谷に下達されるようになっている。
協電第二中央研究所——それが名古屋に残された星電中研の新名称であった。�中研�という呼称も、渋谷と彼をめぐる旧星電研の技師団のプライドを損わないように特に配慮したものであった。
こうして、渋谷は吸収前と同じ場所、同じ組織体系の中で(星川旧社長の指揮下にあって)、しかも以前に倍する給料でもって、協電、正確には花岡進のために製品を開発することになったのである。
「この温情人事はあくまでも人心をつなぎとめるための工作です。渋谷を飼いならしたら星川達は一挙に整理してしまう。敗れた敵にいつまでも甘い餌をやることはありません」
進は瞳を細めてむしろ、楽しそうに俊一郎へ言った。
——全く、ひろいものの種馬だった。——
花岡俊一郎は何度もうなずかざるを得なかった。
かかる事情の下に、渋谷の開発したMLT—3は大阪ロイヤルホテルにおいて協電の名の下に花々しく公開されたのである。
わずか、新書版大の蛍光面に現出する鮮かな色彩に世間は湧きに湧いた。
かくて、電子工業界第三の革命は協和電機株式会社の名によって為し遂げられたのであった。
協電の株はその日のうちにストップ高をつけた。株価のみならず、MLT—3の成功により、花岡俊一郎の率いる弱電は強電側に完全にとどめを刺したのである。
同時に、花岡進の眼の前に栄光の王座に至る大《ロイヤル》 道《ルート》が開けたのであった。
 進の社内的地位が確立されると、彼の家庭における鼻息も荒くなった。
もはや、単なる種馬ではない。弱電派出身の第二代目の社長の椅子がほぼ約束されている身分である。しかも、その大部分は自分のかけひきと才能によってかち取られたものなのだ。最初の起動力は妻のヒキによって与えられたかもしれない。しかし、その後の峻嶮な径を登る登坂力は正に自分の力だけであった。
いつまでも、順子に種馬として仕えている義務はないのだ。
公開実験が成功した夜遅く、さすがに興奮醒めやらぬまま帰宅した進は出迎えの女中に、
「順子は?」
「もうとうにお寝《やす》みでございます」
「何!? 亭主が夜遅くまで死物狂いになって働いているというのに、先に寝るとは何事だ! 叩き起こしてこい」
と怒鳴った。
「でも……」
女中は途方に暮れて立ち竦んだ。順子が先に寝むのは何も今夜にかぎったことではない。
もっと早い時間でも、常に女中が出迎え、そして進もそれを当然のことのように黙認していたではないか。それが今夜にかぎって、どうしたことか?
ただ事ではない進の権幕に、女中は立ち竦んだのである。
「お前に起こせなければ、俺が起こしてやる。こい!」
進は女中を押しのけて寝室の方へ進んだ。
「でも、奥様は今日はお具合が悪くて朝からずうっと臥《ふせ》りきりなのです」
女中は吃り吃り言った。彼女の言葉は嘘ではなかった。
順子は数日来の風邪が抜けず、その日は軽い悪寒を覚えたので、進を送り出してから寝室に閉じこもっていたのである。
「いくら具合が悪くても、亭主が帰って来たんだ。玄関ぐらい迎えに出られるだろう」
進はわめいた。おそらく、順子は自分の今のわめき声を眉をひそめて聞いているだろう。獣のように野蛮な人間とベッドの中で軽蔑しているかもしれない。
自分の声は確かに順子の耳に届いているはずだ。それなのに、寝室の扉は貝のように閉されたままだった。その事実がよけい進を怒らせた。
「お高くとまりやがって、子供一人生めぬ石女《うまずめ》ではないか!」
進はあらかじめ用意しておいたセリフを吐いた。順子は進が不妊手術を受けていることを知らない。不妊の責任の五〇%は自分にあるのかもしれないと秘かに胸を痛めているだろう。
今の毒の言葉は純血の誇り高き彼女の胸をぐさりと刺し貫いたにちがいない。
——ざまあ見やがれ!——
進はいくらか溜飲が下がった。女中もあまりの権幕に怖れて近寄らない。
「おい、順子、起きろ!」
寝室の扉を乱暴に開いた進は、さらに声を張り上げた。
「何ですか! みっともない。お時間を考えて下さい」
順子の水のように澄んだ冷たい声がかえってきた。
「けっ、何を言やがる!」
進はやくざのような言葉を吐いた。自分自身、初めて口にするような雑言である。
見れば順子はベッドの上に上体を起こして、美しいが、感情を殺した例の能面のような表情で進を見すえていた。ベッドサイドランプのオレンジ色の斜光を受けて、女には珍しい彫りの深い顔がよけいノーブルに見える。寝衣が胸元できちっと合わされ、今まで病で臥っていた人間とは思えない。寝衣姿ながら一分のすきもなかった。
しかし、それが進の癇に障った。
女が夫に対してすきを見せないということは、とりもなおさず、夫を愛していない証拠である。妻として夫にまみえる時、女はすきだらけでよい、否、そうあらねばならないのだ。
夫に命じられるままに、どんなしどけない姿にも、どんなあられもない格好にもならねばならない。それ故にこそ、戦いに疲れ帰った男達は家庭に安らぎを求められる。
硬玉のように硬い女は、たとえ澄んだ美しさを湛えていても、妻としての資格はない。
夫に対して武装をし、そのことにより反射的に男に�妻に対しての武装�をさせるような女は最初から人妻になるべきではなかった。
性愛のため、また、生殖のために求める男であれば、それはそれなりの求め方もあろう。
少なくとも、彼女らは家庭に入りこんではならない。それが彼女ら(もし、彼らに対して女という呼称が許されるならば)に課せられた最小限のタブーではないか。
花岡進は順子の姿に、むしろ、中性的な化け物が妻という形を藉《か》りて家庭に侵《はい》りこんだように感じた。
その時、衝動が進の躰に湧いた。
「あ、何をなさるの!?」
彼は順子のそばへずかずかと歩み寄ると、いきなり彼女の胸ぐらを掴み、カーペットの上に引きずり出した。
順子は必死に抵抗したが、山で鍛え上げた進の腕力に抗すべくもなかった。
「夫を獣を見るような目で見つめる前に、迎えに出たらどうなんだ?」
「今、何時だと思っているのです!?」
「うるさい! つべこべ言うな」
進は順子の胸ぐらを掴んでいた手を放すと、思う様彼女の両頬を張った。
「あっ」
深窓に育った身に生まれて初めて振われた暴力に、順子は声を失った。しかし、気の強い女らしく、瞳に冷たい光を集めて進を必死に睨みかえした。そうする間にも、乱れた裾を素早く直すことを忘れない。
「お前は今まで、一度でも、妻らしい態度を俺にとったことがあるか! 何だ、その目は」
殴られても、かつ、乱れない順子の姿勢に進はますます猛《たけ》り立った。進は文字通り、獣のように順子の躰に襲いかかった。
「あ、止めて、いやよ、いやっ」
順子の全身の抵抗をせせら笑いながら、進は男の力で彼女の下のものを剥ぎ取っていった。
順子がどんなにあらがっても、寝室の中の、しかも、すでに薄い寝衣に着替えている躰である。進の凶暴な力の前に下穿きはむしり取られた。帯は外され、寝衣はずたずたに裂かれた。
見るも無惨な姿になった順子をニヤリと見下した進は、折り重なりながら、巧みに自分のズボンを外し、妻の躰の中に荒々しく割って入った。
躰を割られながらも順子は抵抗を止めなかった。下半身を結合した男女が、上半身において激しく相争っている。
「けだもの、けだもの!」
順子は激しく罵った。
「何がけだものだ、この化け物め」
妻の躰を苛みながら、進も応酬した。しかし、憎み争いながらも、男女の躰の造化の妙は互いの肉に官能を高めつつあった。
順子の抵抗は徐々に減ってきた。二人はあえぎながら、闘争のために激しく動かしていた躰を、いつの間にか、ちがう目的のために動かしていた。
——順子が同調している!——
進は組み敷いた妻の躰が、自分の動きに合わせて律動しているのを知って驚いた。
これは結婚以来、初めてのことである。おそらく、彼女も争いの続きのつもりで躰を動かしているのだろう。よし、それならばそのように扱ってやれ!
進は次第に高まる官能の波を、自らの意志でひとまず止めると、折り敷いた順子の躰に手をかけて腹這わせた。
そして、相手に咎める隙も与えず、女を犬のように這わせて、しとどと濡れた彼女の秘奥に、自らも犬のようになって入って行ったのである。
寝室の中には男女の体液のなま臭い臭いがこもった。憎み合いながらも、行き着く所まで行かなければ鎮められない、本能の火に焦がされた二人の、いずれ劣らぬ獣のようなあえぎが高まっていった。
 翌朝、進は別人のように澄ましかえった順子に向かって、
「お前、今日医者に診てもらえ」
「どうして?」
「結婚して五年にもなるのに俺達の間にまだ子供ができないじゃないか。俺に悪いところがなければ、お前のどこかが悪いのだ。俺も一緒に行って診てもらう。これからすぐに行くから支度をしろ」
「そんなこと急に言われても困るわ」
順子は心持ち面を染めて言った。きっと、あられもない姿態を取らされて内診を受ける自分を想像したのであろう。気位の高いこの女が、婦人科の内診台に上がった姿を想像するだけで愉快だった。
「何を言う! 子供が生まれなくて困るのはお前の方だろう」
「でも、私に悪いとこなんかあるはずありません。あるとすればあなたの方です」
「そんなことがどうして分る? 俺は別に悪遊びもしとらんし、病気に罹《かか》ったこともない。絶対に健康だという自信があるんだが、一人ではお前が行き辛かろうと思って、一緒につきあってやろうと言ってるんだ。俺も子供が欲しいからな。さ、こい」
進はいやがる順子を無理矢理に引き立てた。これから行くべき病院で、彼によって買収された医師が彼女に永久不妊の烙印を捺すはずであった。
順子は昨夜から別人のように変ってしまった進に、恐怖感に近いものを覚えながら、従わざるを得なかった。
純血を伝えるべく雇われた種馬は、今、強大な権力を得て雇い主を蹴落とそうとしているのである。
二日ほど後の夜、順子は寝室の中で表情を引き締めて言った。
「あなたにお話がありますの」
「何だ改まって?」
進は順子がこれから語るべき話の内容をよく知っていたが、わざと空とぼけた。
「私、不妊症なんですって」
「…………」
「卵巣機能不全の上に卵管が悪いんですって」
「…………」
「手術をしても、妊娠率は一〇%くらいなんですって。それも、子宮外妊娠や、早期妊娠中絶の頻度がきわめて高いとか」
順子は別人のように悄然としてうなだれた。
「それで、俺にどうしろと言うんだ?」
心の中で秘かに快哉を叫んだ進は、冷たく先をうながした。
「でも、花岡の家は絶やすわけにはいかないわ」
順子は頭を上げた。烈しい光が瞳によみがえっている。
「幸い、あなたは健康だわ」
「だから?」
進はわざと聞いた。
「だから、あなたに生んで欲しいのよ。あなたのお気に入りの女のお腹を借りて、花岡の家の後継者を。でも、これだけはお願いしておくわ。その女を妊娠させる前に、必ず私の前に連れてきて! いやしくも、花岡家の後継者を生む女です。いくらあなたが気に入っても、血筋が正しく、頭もよくなければなりませんわ」
順子は純血の女王の誇りを取り戻していた。さすがの進も、この尊厳に充ちた彼女の態度に反駁できなかった。
二人はツインベッドに、離れた心を抱いて別々に入った。
誰を選ぶべきかと、心に浮かぶ何人かの女の面影を浮き浮きと追っていた進は、闇の中で順子の頬をひそかに流れ落ちた涙の粒を知らなかった。
 翌朝、出勤した進を待ちかねたように一本の電話が入ってきた。
「花岡さんですか、利根です。今、電話よろしいか?」
利根というのは買収した例の医師であった。進がよいと答えると、
「花岡さん、奥様のことですがね、実は心配する必要は全くなかったのですよ」
「……?」
「奥様は正真正銘の不妊症だったのです」
「え!?」
進は思わず送受器を握る手に力をこめた。
「大体、不妊症というのは医学的には『夫婦が正常な結婚生活を送り、子供を希望しているのにもかかわらず、満二、三年たっても妊娠しない状態』を言います。女性側の不妊原因には、結核性疾患、性病、人工妊娠中絶、耳下腺炎などの既往歴によるもの、膣、頸管に欠陥のある場合、子宮、卵管、卵巣を因子とするものなどがあります」
「そんなことはどうでもいいから、早く要点だけ言って下さい」
進はいらいらした。今さら、医学の講義を受けてもはじまらない。
「すみません、つい、患者に説明するくせが出てしまって」
どうやら、利根は送受器に頭を下げたらしい。
「奥様の場合、卵管閉塞症の上に骨盤に結核の既往症があるのです。この閉塞症は治療困難な点で不妊因の中で重要な位置を占めております。もちろん、様々な治療法はありますが、いずれも満足するような成績を上げるに至りません。手術後の妊娠率は、せいぜい一〇〜二五%くらい、それも異常妊娠率が高いので、手術は骨盤内に結核の既往歴がなく、卵管閉塞以外に不妊原因が認められない場合にかぎられるのです」
「要するに、手術しても妊娠の可能性がほとんどないのですか」
「そうです。最初から真正の不妊症です。診断を作為する必要は全くありませんでした」
利根の言葉を聞き終った進は、長い息を吐いた。順子の奴、みかけはいい躰をしているが、中身はポンコツだった。
何のことはない。不妊手術などする必要は全くなかったのだ。次に大きな喜びがこみ上げてきた。
今度こそおおっぴらに好きな女を抱ける。しかも、その女に生ませた我が子に花岡家の莫大な財産を相続させることができる。
妻公認の妾、しかも濡れ手に粟の財産と地位、こんな男冥利に尽きることがあるか。進は喜びにともすれば震えかかる声を、圧し殺すのに苦労しながら、利根との会話を打ち切った。
次に彼が為すべき急務は、結紮《けつさつ》した精管を復元することであった。彼は出勤したばかりで、未決の業務書類がデスクに山積しているのを無視して立ち上がった。復元手術を受けるためである。
 数時間後、花岡進は医師から彼の精管が復元不可能になっていることを告げられた。
彼はもっと早く復元手術を受けるべきであった。パイプはすっかり錆びついてしまったのである。
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