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大都会21

时间: 2020-04-13    进入日语论坛
核心提示:黒い陽炎《かげろう》その頃、岩村元信の姿が菱電社長室にあった。「お前も知っての通り、星電研は協電に買収された。協電の資本
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黒い陽炎《かげろう》

その頃、岩村元信の姿が菱電社長室にあった。
「お前も知っての通り、星電研は協電に買収された。協電の資本に星電研の技術が結びついたのだ。今まではウチの方がやや優位だった市場シェアが、今度は逆に大きく水をあけられるぞ」
「申しわけありません」
岩村は深く頭をたれるばかりであった。渋谷のスカウトに失敗したばかりか、ホテルナゴヤの内野攻略戦においても、花岡に敗れたのである。
「詫びてすむことではない。責任を取ることだな」
盛川はあくまで冷たく言った。
「覚悟はいたしております」
岩村は蒼ざめた顔に、太々しい笑みを浮かべて、内懐から一通の封書を取り出した。
「何だ、これは?」
盛川が上瞼を上げた。
「はっ、辞表でございます」
「馬鹿っ」
厚い扉を越えて秘書室にまで届く大声であった。辞めるとなれば、社長もへちまもないとふてくされ気味だった岩村も、思わず、首を竦めた。やはり、貫禄のちがいである。社長と社員という、主従に似た関係は一片の紙きれで断ち切れるものではなかった。
雇用契約を解除して、互いに対等の人間にたち戻ったつもりでいても、長い時間に培われた、上位と下位の職位体系は、サラリーマンの骨の髄にまでしみこんでいる。上位者はあくまでも上位者らしく、下位者はどこまでも下位者の如く、持って生まれた体質のようについて廻るのである。
「お前は辞めさえすれば社に与えた損害を取り戻せるとでも思っているのか!? たかが、十万株を買うために六千万も費いおって」
内野恵美子から株を取得するために結んだ団体契約のことを言っているのだ。
「何たる身勝手な奴だ」
盛川は本当に怒っていた。彼は腹を切ればすむと考える武士道的感覚を嫌悪していた。
自分さえ死ねばいいとする、最も安易にして、低能な解決方法。何かといえば広大なる世界とか、祖国とか、世の人々のためとか、要するに、自分より大きいものとの比較において自己の卑小感を作り出し、犠牲という幼稚なヒロイズムの中に自己の死を高めようとする。
世界がどんなに広大であろうと、宇宙がどんなに高遠であろうと、人は自己を媒体としなければそれら広大なもの、高遠なものに触れることはできない。
要するに、自分が世界の、宇宙の中心なのだ。
そのように堅く信じている達之介にとって最も嫌悪すべきタイプは「すぐ腹を切りたがる人間」であった。
岩村の場合は犠牲としてではなかったが、安易に腹を切ろうとしている事実に変りはなかった。それが盛川を憤怒させたのである。
その憤怒の中に彼は、岩村が別に会社に損害を与えていないことを忘れてしまった。
代理店招待はどうせやらなければならない年中行事であったし、岩村が内野恵美子から二百二十円で買ってきた星電株は一株あたり約四百円のプレミアムをつけて捌《さば》けたのである。
しかし、岩村はその事実を知らない。盛川が星電を買ったのは、協電の買い占めを見破り、対抗したのだと思っている。買い占め合戦に破れれば、三千万を越える団体契約の見返りにホテルナゴヤから買った、十万株は全く無用のものとなる。
あまつさえ、本来の目的たる渋谷スカウトにはものの見事に失敗している。
当然の如く受理されるであろうと思って提出した辞表だっただけに、岩村はかえってとまどった。
「お前は馬鹿な奴だ」
盛川はやや怒りを鎮《しず》めてふたたび言った。
「しかし、今の私には辞める以外に何もできません。折角、近衛寮、いや、紀尾井寮へ入れていただきながら、私はご期待を裏切ってしまったのです。私にはとうてい、資格はなかったのです」
岩村は語りながら、ふと胸がつまった。なまじ、エリートとして選ばれたがために、大切に使えば停年まであと二十五年もあるサラリーマンの寿命を縮めなければならない羽目になった。九時から五時までの定められた勤務時間だけ、可もなく不可もなく働いていれば、平凡、単調ではあっても、ささやかな平安と幸福は確保される。
サラリーマン人生とは正にそのようなものではないだろうか?
エリートとして会社から選ばれた瞬間から、血と汗と涙に滲んだ苦闘の日々が始まる。それに打ちかてば栄光と権力を与えられるが、もし、敗れれば今の自分のような惨めな負け犬となる。
何処へ行っても、もはや、今の職場と同クラスの所に、自分を迎え容れてくれるべき空間はないだろう。
一度、職を過ったサラリーマンは常に下へ下へと流れて止まないのだ。
「もう一度、チャンスをやろう」
盛川は言った。
「え?」
「星電研は協電に系列化された。あの買い占めのお目当ては渋谷一人にあったのだ。さすがの儂もあの莫大な資本投下をしての買い占め目的が一人の人間にあるとは気がつかなかった。うかつだったよ。確かに、渋谷にはそれだけの価値がある。しかし、それならばだ、もし、渋谷がいなくなったらどうだ?」
「……?」
「そうさ、渋谷がいなければ星電研など紙屑ほどの価値もない。彼がこれまでに開発した数々のパテント、現在開発中のポケットカラーテレビ、将来開発するであろう無数の製品、それらすべてに対して、数億の資金を注ぎこんで強引に買収したのだ。もし、ここで渋谷という人間が消えてなくなれば、買収に費った巨額の資金はドブへ捨てたことになる」
盛川達之介の目は笑っていた。笑いながら氷のような冷気が岩村に向かって一直線に放射されてくるようであった。
岩村にも盛川の意図するところがようやく掴めかけてきた。しかし、それを口にすることは怖しかった。
「分ったな」
盛川はうながした。岩村は何か言わなければならなくなった。
「しかし、渋谷を星電研(協電の下の)から引き離すことは不可能です」
「そうかな?」
盛川はニヤリとした。
「人間と人間、あるいは人間と会社の連帯を断ち切るのは何もスカウトだけとはかぎらない。交通事故に遭うこともあろうし、山や海で遭難することもあるだろう。天変地災ということだってある」
「社長!」
「はっは、冗談だよ。しかしな、お前には美奈子という娘がいることを忘れるなよ。美奈子と、そして彼女に随伴するさまざまなメリットをお前の腕に掴み取るか、否かは、ひとえにお前がこれからどういう形で責任をとるかにかかっているのだ」
盛川達之介は大きく身体をゆすって笑った。ゆったりした社長の椅子すら狭そうに見える盛川の突き出した腹は、彼が笑う都度、波のように揺れた。
岩村はふと達之介の下腹に、ホテルナゴヤのスイートで景品として抱いた内野恵美子の下半身をダブらせた。そして、自分が進むべき道は、たとえそれがどんなに苦しく血の滲むものであろうと、エリートとしての急峻で狭い道以外にないのだと思った。
それに立ち塞がる者は、たとえ、肉親といえど、友といえど容赦するわけにはいかない。岩村は社長室の一枚ガラスの窓を越して、眼路のかぎりに広がる東京の街々を見た。それは初夏の眩しい陽炎の中でゆらゆらと燃えるように揺れていた。岩村にはそれが大都会に棲息する無数の人間の欲望が、燃え上がっているように映った。
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