返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 作品合集 » 正文

死体は生きている44

时间: 2020-04-14    进入日语论坛
核心提示:あとがき 医師として自分が歩んできた三十四年間をふりかえってみると、監察医というのは随分と風変りな職種であったように思う
(单词翻译:双击或拖选)
あとがき
 
 医師として自分が歩んできた三十四年間をふりかえってみると、監察医というのは随分と風変りな職種であったように思う。
仕事に熱中していたから、じっくりと自分を見つめるようなことはなかったので、考えてもみなかったが、退職して集大成のつもりで『死体は語る』(時事通信社、平成元年九月)を上梓したところ、読者の反響から、そのことを逆に思い知らされた感じである。
変死者をじっくりと検死していくと、ものいわぬ死体が、
「病死ではない。殺されたのだ」
などと真実を語りだす。
珍らしい事件の数々。
そして、監察医がどのように事件にかかわり合っていくのかがわかって、興味がわき、やはり死後も名医にかからなければ、死者の生前の人権は擁護できないことが、理解されたのだろう。
監察医制度が限られた都市のみではなく、全国的な制度にならなければならないと、一層の理解を深める結果になったことは、私にとってこの上ない喜びであった。
普段、元気で活躍しているときは、自分のからだを意識することはない。しかし、胃の調子が悪くなれば、そこに胃があることを意識する。
また、小指をケガすれば、普段は小指の存在など考えたこともないが、生活の中で小指がいかに重要な役割を果しているのかを、あらためて認識する。
それと同じで、医学も殆《ほと》んどは生きている人のための治療医学、予防医学であるが、死者の側に立った法医学、監察医学も重要な役割を果しているのである。
私は監察医として体験した珍らしい事例だけを書こうとは思わない。これに関連のある一般社会現象を折りまぜ、その間に自分のコメントやら人生観を挿入することにつとめた。
そのことがかえって共感をさそったのか、老若男女を問わず広い読者層を得たようである。
とくに有名私立校(駒場東邦)の中学二年生の道徳の授業に『死体は語る』がとり入れられ、講演を依頼されたのには驚いた。
生命の尊厳という視点から、行間に溢《あふ》れるヒューマニズムを感じとったというのである。
うれしかった。
そのうちに、続編の話があちこちからもち上ってきた。
しかし、私は書くつもりはなかった。
主義主張を書きとどめ、まがりなりにも集大成して発表することができたから、これ以上は望まなかったのである。
また、書くことはむずかしいことであり、なりわいとしていなかったので、そう簡単には書けない。
しかし、読者はあの中学生達のように、続きを読みたがっていると、出版社の編集者はけしかけてきた。
保存してある資料の中から、暇をみてまとめているうちに、話はいつの間にか具体的になって、続編は出来上った。
勤めをやめ、自適な時間と自在に活動できる場がもてたためであろうと思っている。
それにしても、角川書店編集部大和正隆氏、佐野真理氏のお世話になった。心から謝意を表する次第である。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(1)
100%
踩一下
(0)
0%

[查看全部]  相关评论