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死体は語る05

时间: 2020-04-14    进入日语论坛
核心提示:情 交今日は解剖当番日である。ライトに照らし出された死体。白い解剖衣を着た職員と立ち会いの警察官らが、解剖台を取り囲む。
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情 交

今日は解剖当番日である。
ライトに照らし出された死体。白い解剖衣を着た職員と立ち会いの警察官らが、解剖台を取り囲む。眼は監察医のメス先を追う。
胸から腹へとメスは走る。内臓の一つ一つが取り出され、さらに細かく切り開かれて、克明に検索されていく。
三つの遺体の解剖が同時に始まった。死体の臭い、血の色が室内に広がる。チームワークよく、各自の職務を黙々と遂行する。静かだった解剖室も、その進行につれ、臓器の計測などが始まるころには、騒がしく活動的な雰囲気に一変する。
私が解剖しているのは、脂肪太りの老人である。若い女と連れ込みホテルに入って、情交中に急死したらしいという。しかし、女はどさくさにまぎれて姿をくらましたので、詳しい状況はわからない。
病死のようでもあるが、逃げた女を疑えば、一抹《いちまつ》の不安は残る。警察官三人が解剖に立ち会っているのも、そのためである。
隣の台では、一週間ほど前に交通事故で入院し、肺炎を併発して死亡した中年の男の解剖が行われていた。死因は交通事故によるものか、それとも単なる病死か、監察医の死因決定が被害者と加害者の利害に直結する。
ときどき、カメラのフラッシュがたかれる。重要な解剖所見を記録に残すためであり、また後日、補償問題などで裁判ざたにもつれ込んだ際の証拠になるからである。
もう一体は、洗濯中の主婦が急死したというケースである。
監察医の勤務は検案(検死)当番日と解剖当番日があり、ほぼ交互に年中無休で行っている。一日平均二十件近い変死があり、五台の検案車にそれぞれ監察医、補佐、運転手の三人が分乗し都内を検死して廻る。その中で、検死によっても死因がつかめないケースは、遺体を医務院に搬送し、解剖当番の監察医が行政解剖を行って、死因を明らかにする。一日平均六〜七体が解剖されている。
病死、外傷死、中毒死、災害事故死、あるいは自殺、と解剖のケースは多彩である。ときには、行政解剖中に殺人事件を発見することもある。
脂肪太りの老人は、心臓の栄養血管である冠状動脈に強い硬化があって、心臓も肥大していた。大動脈の硬化も強い。頭蓋が開けられる。しかし、外傷や死因になるような病変はない。頸部《けいぶ》にも異常はない。
解剖中に警察から電話があって、立ち会い中の刑事にその後の調査結果が知らされた。
男は六十九歳の土建業者である。昨夜、若い女を伴ってホテルに入った。一時間ぐらいしたころ、女からフロントに電話があった。慌てているようで、内容はよくわからない。様子がおかしいので係が急いで部屋へ行ってみると、小柄な女が両手を顔に当てて泣いている。二十歳ぐらいであろうか。布団の上には体格のいい男が、全裸で仰向けになったまま、意識不明でいびきをかいていた。係は大急ぎで一一九番をかけに行き、部屋に戻ると女の姿はない。救急車が到着したとき、男はすでに死亡していたという。男も女もどこの誰だかわからない。変死である。
警察官が現場に急行し、捜査が始まる。顔面のうっ血が著しい。眼瞼結膜下には溢血点が出現している。窒息死のようでもあり、急病死のようでもある。
監察医も検死だけでは明確な死因はつかめないので、行政解剖をすることになったのである。胃内容の簡単な毒物検査は、陰性で服毒の可能性はない。
「やはり情交中の心筋梗塞《こうそく》ではないでしょうか」
と、私は立会官に話しかけた。
「売春婦の場合、男が具合悪くなると、かかわり合いを恐れて逃げ帰ってしまうんです。無責任というか、本当にたちが悪くて困ります」
と、立会官は言う。
「先生、男の女房の話では、本人は糖尿病でここ十年来夫婦関係はないとのことでした。糖尿病は、できないんでしょう?」
それが、情交中というのは、刑事さんには納得がいかないらしい。
私は解剖の手をとめて、
「糖尿病は電信柱ですからね」
「え? 電信柱って何ですか」
「電信柱は、家の中では立っていないが、外ではやたらに立っていますね」
笑いがもれる。家では立たないが、外では立つ。これが糖尿病患者の女房をだます手なのである。
そのころ、女の素姓もわかった。喫茶店のウエートレスをしている十八歳の小娘であった。今年の春ごろ知り合い、時々情交をもち、小遣いをもらっていたという。年齢差は実に五十一歳である。まさしく情交中に心臓発作を起こしたのであった。
このような死に方は、決して稀《まれ》なことではない。しかしまとまった研究はなかったので早速、医務院でのデータを調査してみることにした。
年間二十例近くある。男に圧倒的に多いことがわかった。しかし女にもあるのである。論文として、『日本法医学雑誌』に発表するため、文献を調べてみると、中国に世界最古の法医学書といわれる『洗冤録《せんえんろく》』という本がある。一二四七年の著書であるから、日本の鎌倉時代に相当する古いものである。その中に「作過死」という項目があって、次のような文章が書かれている。
「凡男子作過太多精気耗尽脱死於婦人身上者。真偽不可不察真則陽不衰偽者則痿」
読めなくとも、何とか意味はわかる。
「およそ男子の性行為が過度になると、精気をことごとく使い果たし、婦人の身の上で死亡することがある。真か偽りか見分けられないことはない。真の場合(腹上死)はペニスは衰えず勃起しているが、偽りの場合はすなわち萎縮《いしゆく》している」
というもので、このときの死を作過死《ツオグオス》と言った。
しかし、監察医として長年検死や解剖をやってきた自分の経験から、この作過死に全面的に賛成することはできない。若い男は誰でも過淫の傾向があるだろう。しかしそのために死亡する者はほとんどいない。また、作過死の場合は勃起したままであり、偽りの場合とは区別できると述べているが、この表現は間違っている。死ぬと神経系の緊張は解けるから、ペニスは必然的に萎縮するのが普通である。
それにしても、日本の鎌倉時代に無実の罪を洗うために『洗冤録』という法医学書を出版し、このように学問的形式を整えていた中国の努力は高く評価しなければならない。
それはともかく、この文章の中から語源を見いだすことができた。作過死《ツオグオス》、脱陽死《トンヤンス》がそれであり、朝鮮半島では腹上死(死於婦人身上者)という文字が使われていた。やがてこの文字が朝鮮を経て、日本に上陸したものと推測されるのである。
さらに面白いことに、台湾では性交中の急死を上馬風《シヤンベホン》、行為後の急死を下馬風《エベホン》と言い、両者を総称して色風《シエクホン》と言っている。さすがは文字の国、優雅なこの表現に感心した。
わが国では、それらの区別もなしに俗に腹上死と呼んでいる。この文字のためか、われわれは行為中の死亡のみを腹上死と理解してしまっているが、それは誤りで、正しくは行為後の死亡も含めて腹上死、すなわち台湾でいう色風と考えなくてはならないのである。
ところが、女性が死亡した場合は腹下死だなどと勝手な表現をして、面白がっているのは、およそナンセンスと言わざるをえない。また、腹上死という言葉はそのときの状態を表す用語であって、決して死因ではない。
たとえば、交通事故によって頭蓋骨骨折や脳挫傷《ざしよう》を起こして死亡した場合、脳挫傷が死因であり、交通事故死したというのは、そのときの状態を表す言葉であり、死因ではない。だから腹上死も、死因は心筋梗塞《こうそく》とか脳出血という病名になるので、厚生省でも腹上死したケースの統計を取ることはできない。死因を調査している監察医務院ならではである。
それはともかくとして、性行為をするような元気な人が突然死亡するから、変死扱いになるのは当然である。警察の事情聴取後、監察医の検死を受けることになる。
しかし、事柄の性質上、羞恥《しゆうち》心が先に立って実態があまりはっきりしない場合が多い。すると逆に警察は調べ中、死に立ち会っていながら肝心なところがうやむやだから、疑いをもつ。
 ヒルディコ妃の話も、そうである。五世紀の中ごろ、フン族の大軍がヨーロッパに攻め入った。民族大移動の端緒がこれである。アッティラ王の率いる軍隊は破竹の勢いで全域を支配するかにみえたが、王は陣中でヒルディコと結婚。その夜、王は急死した。フン帝国はたちまち瓦解したといわれる。
アッティラ王の陣中急死は、ヒルディコ妃が殺したという説が有力である。しかし、これが史上に示された最初の情交中の急死であると言う人もいる。ヨーロッパ全土にその名をはせた英雄が、結婚初夜に妃によっていとも簡単に殺されてしまうものだろうか。
情交中の急死と考えた場合、妃がことの真相を重臣たちに素直に説明できたであろうか。曖昧《あいまい》な話しかできなかったと思われる。その曖昧さが疑惑となって憶測を呼び、死は謎となって今日に至っていないだろうか。
 一般の家庭の場合、生き残った妻は子供や親戚の手前、ことの真相を説明するわけにもいかず、警察の調べにも奥歯にものがはさまったような感じで、ヒルディコ妃と同様、聞く側からすれば何かを隠しているようで、かえって怪しまれる。
ラブホテルの場合などはもっと大騒ぎになる。チェックアウトの時間が過ぎても帰らないので、係が様子を見に行くと、ベッドの中で男が死んでいる。そういえば、女は夜中にそそくさとホテルを出て行った。事件だということで捜査が開始されるが、解剖の結果心筋梗塞《こうそく》、病死と判明して事件にならずに済む。
このように生活に密着していながら、人間の歴史の中で隠蔽《いんぺい》されつづけているのも、ことの性質上やむをえないことであろう。統計的に、解剖所見をまとめてみると、発症のもとになる疾患として動脈硬化、脳動脈瘤《りゆう》(動脈瘤が破裂してくも膜下出血を起こす)、心肥大、副腎皮質菲薄《ひはく》、胸腺残存などの病変があげられる。だれもが情交死するのではない。
これら潜在的疾患のある人が、それに気付かず、健康者として日常生活を営んでいるところに最大の原因がある。統計上、年齢差が大きい愛人関係などが最も危険である。男は心臓死系(心筋梗塞など)、女は脳出血系(くも膜下出血など)が多い。まともな夫婦間には少ないが、長い出張から帰った晩とか、若い後妻を迎えたケースなどは要注意である。とくに飲酒後の行為は慎むべきである。
これらのことは、なにも情交に限ったことではない。あの電車に乗り遅れてはと駆け出し、飛び乗った途端に急死するとか、スポーツ中の急死とか、近所の火事に驚いたとか、危険は日常生活の中にたくさんある。これを予防するには、各自が潜在的疾患に早く気付き、治療を含めて生活態度を改めていくことが先決である。
論文が発表されると、珍しい研究であったから世界中のドクターから、論文を送ってほしいとの手紙をもらった。その意味では、私の研究論文の中で溺死《できし》の研究に次ぐベストセラーになった。それにしても、男と女のあやなす人生を楽しく、美しく生きたいものだと思う。
 四十分ぐらいで、解剖は終わった。死体は縫合されて、元の体に戻される。しかし、死因の決定は約一ヵ月後になる。脳、心、肺、肝、腎などあらゆる臓器の組織標本が病理検査技師の手によって作成され、執刀医に届けられる。これを顕微鏡で観察し、病変を細かくチェックする。同時に解剖のとき採取した血液、胃内容、尿などは薬化学検査室に回されて、分析の結果が出される。これらを総合して、監察医は最終的診断を下すのである。
細かい検索は別として、老人はほぼ病死に間違いはない。ウエートレスへの疑念は晴れ、立ち会いの警察官もホッとしたように引き揚げていった。私は引き続き、次の解剖に移った。
監察医の仕事はまことに地味である。患者の病気を治して、感謝されるようなことはない。しかし、このことによって、社会の秩序が保たれていることは確かである。また、論文にまとめて発表すれば、予防医学にも貢献できることになる。そんなことに満足感を覚えながら、解剖当番の一日は終わった。
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