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死体は語る06

时间: 2020-04-14    进入日语论坛
核心提示:安楽死世の中には、どうにもやりきれない事件というものがある。先天性水頭症で知恵遅れの重症身体障害者の息子をかかえた老夫婦
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安楽死

世の中には、どうにもやりきれない事件というものがある。先天性水頭症で知恵遅れの重症身体障害者の息子をかかえた老夫婦が、自分たちが死んだら、この子はどうなるのかと、行く末を心配して施設に入れようとしたが、両親がそろい経済的に余裕のある場合は、無理であると断られた。
赤ん坊同様に、親の保護がなければ生きられないその子を残して、親は死にきれない。そのための相談であったが、両親がそろい経済的に余裕があるからという理由で、断わるのでは、親の不安に少しもこたえていない。子を思う親の気持ちが、全く理解されていない。あるジャーナリストは、「福祉とは“安心”である」と言ったが、まことに適切な表現である。その人にとって心の安らぎこそが、本当の福祉であろう。
父親は心労から不眠症、ノイローゼとなり、ついに妻の留守に知恵遅れの息子を絞殺し、自分も睡眠薬を飲んで自殺を図ったが、帰宅した妻に発見され未遂に終わった。
この事件は結局、無罪となった。理由は、息子と自分がいなければ、妻は老後を安楽に暮らせると深刻に考え、衝動的にわが子を殺し、自分も死のうとした。是非善悪を弁別する判断を失った行為であり、犯行当時の状態は心神喪失と言うべきで、刑事責任を受ける能力に欠けると判断されたからである。
また、名古屋高等裁判所での安楽死にかかわる裁判も、同じようなケースである。五十二歳の父親が病気で苦しみ、医師から身内にはあと一週間の命であると宣告されていた。息子は、父の苦しみを見かねて、牛乳に農薬を入れて飲ませ、死なせてしまった。
一審では尊属殺人として三年六ヵ月の判決を受けたが、二審では嘱託殺人と判断され、懲役一年、執行猶予三年となった。
当時、検察側はこの事件は尊属殺人であると主張したが、弁護側は安楽死の立場をとって対抗した。名古屋高裁は、この問題と真正面から取り組み、安楽死の法的原則ともいえる考え方を示したのである。
(一)病人が現代医学の知識と技術からみて、不治の病いにおかされ、死が目前に迫っていること、(二)苦痛が誰でも見るに忍びないほどひどいこと、(三)病人の苦しみの緩和が目的であること、(四)病人の意識が明らかで意思の表明ができる場合には、本人の真意からの嘱託または承諾のあること、(五)医師の手によること、できない場合はうなずける十分な理由のあること、(六)死なせる方法が倫理的に妥当であること──この六条件をすべて満たすならば、安楽死は容認されるであろうというのだ。
しかし、本件では(五)、(六)の条件を欠いていた。つまり、医師の手によらなかったこと、死なせる方法が一般に苦痛を和らげる方法として認められていない農薬という殺虫剤を使用していることなどから、本件は安楽死とはいえず、嘱託殺人であると判断されたのである。
苦痛の多い、ゆっくりした死を傍観するよりは、苦痛の少ない、速やかな死に置き換えてやる方が、より人道的ではないか。この六条件を満たすならば、違法性は否定されるべきであるとの考え方が安楽死である。
しかし、わが国ではまだ安楽死として容認された事例はない。私も医者になって間もないころ、外科医だった姉の死に直面した。死ぬ二〜三日前、姉は私を病床に呼び、「医者であるならばこの苦痛はわかるだろう。とくに法医学を専攻しているならば、安楽死をさせて欲しい」と言ったのである。
不意の言葉に、驚いた。主治医からも数日の命と言われていたが、私は肉親の情として姉は死なない、決して死ぬはずはないと信じていたから、主治医は何を言うのかと、心の中で反発していた。姉の言葉も、一時的な苦痛から逃れるための詭弁《きべん》であろうと思って、きっとよくなるからがんばるようにと励ました。
しかし、数日後、姉は他界した。肉親の場合には、自分が医者でありながら願望が先行して冷静な診断、見通しができないものだとつくづく思った。姉との会話は、父母は無論のこと、三十年を経た今日まで、誰にも話したことはない。
重症身障者の子をもつ年老いた親の、死んでも死にきれない不安は、無理心中というような最悪の結末を迎えることが多い。私の経験した事例も、そうであった。
幼いころ脳炎になり、知恵遅れとなった娘がいた。四十歳を過ぎているが知能は低く、母のつきっきりの保護がなければ、とても生きてはいけない。一家は、その弟の働きによって支えられていた。弟は結婚適齢期にあったが、知恵遅れの姉のいるところへ嫁のきてはいない。といって母と姉を捨てて家を出るわけにもいかない。口には出さないが、弟も母も苦しみ抜いていた。
そのころ、母は胃腸の調子が悪く、食欲がなかった。医者にもかからず、癌《がん》だと思い込み、長くは生きられないと判断した。知恵遅れの娘を残して、母は死にきれない。息子の幸せも考えた母は、結論を出すのに時間はかからなかった。寝ている娘の首を腰ひもで絞めて殺したのである。
自分も娘のあとを追おうとしているところへ、息子が帰宅して未遂に終わった。息子に連れられて、自首したのである。
それから一年ほどたったある日のこと、おばあさんの首つり自殺の検死に行った。
警察の調べでわかったことは、知恵遅れの娘を殺したが執行猶予となり、保釈中の出来事であるという。一瞬どきっとした。事件はつながっていたのである。
弟は、以前住んでいた屋敷を売り払って、誰にも知られない郊外に居を移し、結婚もして母と三人で暮らしていた。しかし、母は罪の意識にさいなまれ、ノイローゼ気味で、息子夫婦に隠れては幾度か自殺未遂をしていた。老母のやすらかな死に顔は、今も私の脳裏に焼きついて離れない。
これらの事件は、表面上無罪、執行猶予と温情ある判決を得ているが、本当の解決にはなっていない。
悩み苦しみ、どうにもならない瀬戸際に追いつめられての行動であったことを思うと、どうしてもこれら家族のためにも、福祉国家としてよりよい対応を考えなければならないと思うのである。
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