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死体は語る09

时间: 2020-04-14    进入日语论坛
核心提示:死者は生きているある雑誌社のインタビューで、あなたにとって死とは何ですか、と聞かれたことがある。長いこと死体を扱っている
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死者は生きている

ある雑誌社のインタビューで、あなたにとって死とは何ですか、と聞かれたことがある。長いこと死体を扱っている監察医の私から、何か特別な感想でも引き出そうとしたのであろうか。あらたまってそう聞かれると、私も答えに窮してしまった。
考えてみると、検死や解剖をしているときは、私は死体を死者とは思っていない。不遜な態度で言うのではなく、臨床医が患者に接するのと同じように、私にとって、死体はまだ生きた人間なのである。丹念に観察することによって、もの言わぬ死体自らが、死亡の状況を語りはじめるからである。病死の場合はまだしも、ときには絞殺されたとか、ひき逃げされたなどと、大変なことを言いだす死体もある。
 主婦はあおむけに布団に寝たままの姿で死んでいた。ガスのゴムホースが台所からのびて、彼女の首の下を横切っていた。
ガスが放出されていたというが、窓が半開きになっていたので、プロパンガスが室内に充満して重いガスが床面にたまって空気が上に押しやられ、酸素欠乏による窒息を起こすような状況ではなかった。ましてやプロパンは石炭ガスと違って、中毒を起こしにくい。
彼女の顔はうっ血が強く、点状出血が無数に出現し、首には不鮮明な索溝(ひものようなもので、首を絞めた痕跡)がかすかに見られた。自殺か他殺かは別として、死因は頸部圧迫による窒息と思われた。
これまでにわかったことは、夫に愛人がいて、夫婦の仲は冷えきっており、昨夜も、夫は外泊していたことなどであった。
状況から、ゴムホースで自分の首を絞め、自殺(自絞死)したとも考えられ、また死を確実にするため、あらかじめガスを放出させていたのであろうとも思われた。
しかし、自絞死の場合、ゴムホースを首に巻き両端を引いて首を絞めるが、やがて意識を失うと、握っていたホースを手放すことになる。その際、結び目がゆるめば彼女は息を吹き返してしまうが、手を放しても結び目がゆるまず、首が締まったままであるならば、自絞死は成立する。
ところが、本件には結び目はなかったのである。この所見から、監察医は自殺を否定し、絞殺の可能性を主張した。大学の法医学教室で司法解剖をすることになり、結果はやはり頸部圧迫による窒息死と診断された。
しかし、その手段、方法についてはわからないので、自殺、他殺の両面から捜査は開始された。
まず、夫が疑われ、取り調べを受けたが、彼にはアリバイがあった。その夜は愛人と二人で自宅からさほど遠くないラブホテルに泊まっていたのである。その他警察では、出入りのご用聞きをはじめ友人関係など、あらゆる角度から捜査を進めていたが、犯行に結びつく情報は得られなかった。
すでに事件発生から、四日がたっていた。他殺よりも自殺の可能性が強いような記事になっている新聞もあった。
監察医は、直接捜査に介入はしない。しかし、自分が検死したケースには、自分なりの見解をもっている。結び目のない自絞死は考えられない。どうしても絞殺だと判断し、警察側もこの意見を重視して動きだしているので、後へはひけない。
また、監察医が警察官を指揮することもないが、もしも間違った見解であったならば、大変な迷惑をかけてしまうことになる。日がたつにつれ、一抹の不安と人知れず責任を感じ、重苦しい気分になってくる。
ところが五日目、事件は一挙に解決した。夫と愛人が泊まったラブホテルの従業員が、「実はあの夜遅く、女がホテルを抜け出し、約二時間ぐらいで再び戻ってきた。誰にも言わないでと、チップをもらって口止めされていた」と、取り調べの刑事に喋《しやべ》ったのである。
愛人も犯行を認めた。本妻に呼び出されていた愛人は、その夜ホテルを抜け出し、ビールと睡眠剤を用意して本妻宅を訪れた。不倫を詫び、別れることを約束して、二人は乾杯をした。本妻は、すっかり安心したためか、どっと疲れが出たのだろう。疲労回復剤だと偽られ、睡眠剤を飲まされていた。
間もなく、ぐっすりと寝込んだところを、ゴムホースで絞殺された。ガス自殺のように偽装して、女はホテルに戻ったのである。男は寝ていて、このことを全く知らなかったという。
犯人は絞殺の痕跡を考慮せず、ガスを放出して置けば、ガス自殺になるだろうと考えてやったという幼稚さであった。素人ならともかく、専門家を欺くことはできない。
 最近の犯罪は、テレビ、雑誌など豊富な知識を導入し、わからぬように、捕まらぬようにと考えて、犯行に及ぶものが多い。悪事はすべてそうであろうが、とくに生命保険金殺人事件などは、治安のよい国内での犯行は難しいと考えてか、国外に出て、しかも目撃者のいないような所で、事故を装って殺そうとする。
ロス疑惑、マニラ邦人殺人事件などは、その代表的ケースであろう。ハンマーで殴打したのでは、殺人がはっきりしてしまうので、転んで頭を打った過失事故にしようなどと工作しても、専門家が見れば転倒外傷か殴打外傷かの区別は容易である。
生きているものは、そう簡単には死なない。死ぬには医学的にも、社会的にも相当な理由、原因がある。ましてや殺人ともなれば、いかに完全とはいえ、生から死への移行に必ず無理、矛盾が潜んでいる。そこから事件は発覚し、解明されていくものである。
私は朝、新聞が配達されるとまず三面記事を見る。いろいろな事件が載っているので、その日の事件の概要をつかむことができるのである。ある朝、
「都電から転落死」
「背にしたドア開く」
との見出しで、記事が載っていた。
夜勤のため、年配の工員が都電に乗って、二つ三つ先のマーケットに夜食を買いに行った。食料を両手で胸に抱えるようにして、満員電車に乗った。
次の停留所で、背にしたドアが開いた。奥の方から降りますと声をかけながら、人をかきわけ、出口に向かう人に押されて、おじさんは買った荷物を胸に抱えたまま、後ろ向きに転倒したというのである。打ちどころが悪かったのだろう。
役所へ出勤すると、この事例の検死依頼が受け付けられていた。早速出かけることにした。
警察官に案内されて、病院の霊安室に入った。検死をするため、顔にかけてあった白い布を取り除くと、顔に手掌面大の擦過傷がある。新聞で読んだ状況と違う。立ち会いの警察官にもう一度確かめてみたが、都電から安全地帯に後ろ向きに転倒したことに間違いはなかった。数人の目撃者もあって、供述は一致しているという。
右後頭部に打撲傷と頭髪の抜けた、頭皮の剥脱がある。これはよいとしても、顔面の擦過傷は納得がいかない。まれに、死体所見と状況が一致しないケースに遭遇することがある。
じっくりと腰をすえ、検死をしてみると、死んだはずのおじさんが、
「新聞記事はうそですよ」
と私に語りかけたのである。
「ああ、わかります。二〜三日時間をください。警察と協力して犯人を捕まえますから」
と私はおじさんに、答えた。
「よろしくお願いいたします」
とおじさんは言う。
そのはずである。おじさんの顔の擦過傷をよく観察すると、ギザギザの形をしたタイヤマークになっている。疑問を一掃するためにも、行政解剖の必要があった。解剖所見から考えられることは、都電から転倒した際、頭部が安全地帯から少しはみ出した。転倒の外傷は、致命傷ではなかった。
次の瞬間、そこを通過中の自動車のタイヤの辺縁が、おじさんの顔面をかすめ、右後頭部はコンクリート路面か安全地帯の辺縁に強く圧迫擦過されて、頭髪を含めて頭皮の剥脱が生じ、その際の圧迫によって頭蓋骨骨折、脳挫傷が生じ、即死したものと考えられた。
都電から転落したという目撃者の証言に間違いはなかったが、その直後の一瞬の出来事には誰も気がつかなかったのである。
解剖により、死因は転倒外傷ではなく、タイヤによる圧迫外傷と断定された。結果として、ひき逃げ事件となった。警察の捜査により、三日後、犯人は逮捕された。停留所前の駐車場に入るべく、大きく左折したライトバンの右後輪の辺縁が、転倒したおじさんの顔面に作用したのであった。
 死とは何かと問われても、よく説明はできないが、自分が生まれる前の状態、つまり虚無の世界であろうと思う。有機物から無機物へ、死はナッシング以外の何ものでもない。
しかし、私の扱う死者は生きているのである。
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