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死体は語る11

时间: 2020-04-14    进入日语论坛
核心提示:小さなアピール監察医の行う行政解剖の中には、労災事故に関するものが多々ある。これらは労働基準法によって補償されているが、
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小さなアピール

監察医の行う行政解剖の中には、労災事故に関するものが多々ある。これらは労働基準法によって補償されているが、過労などから脳出血や心筋梗塞《こうそく》などで急病死したような場合には、業務内容と発症の因果関係が不明確との理由で、補償されることはなかった。
また、業務中転落するとか、頭部に打撲を受け、その時点では大したことはなく、仕事を終えて帰宅したあと、就寝中に突然発作を起こして急死するような場合がある。解剖による死因は、心肥大を伴う急性心臓死だったり、脳動脈瘤《りゆう》破裂によるくも膜下出血などで、病死と診断される。
しかし、家族は死因が病死であっても、前日の外力作用に起因する労災事故がらみの死亡であろう、と主張する。一家の働き手を失った家族にとっては、当然のことである。
勤務中の災害事故死であれば、殉職扱いで労災保険の適用となり、日給の千日分が補償金として家族に支払われる。労災か否かの判断は、検死や解剖をした監察医が行うものではなく、状況を捜査した警察官の判断でもない。事業所の経営者が判断したものを労働基準監督署の同意を得て、最終的に決定されるのである。
このようなケースは、高度な医学的判断が必要となるため、労働基準監督署は解剖した医師に意見を求めてくる。私たちは過労や前日の外力作用が、発症を誘発したと思われる場合には、躊躇《ちゆうちよ》することなく、因果関係は十分考えられるとの意見書を数多く提出してきた。しかし、受け入れられることは、ほとんどなかった。
 郵便の配達に出かけようと、いつものようにスクーターに乗って出発した。健康で持病もない五十代半ば、ベテランの配達員である。ところがその日、ペンキ塗装のために郵便局の出入り口には作業用の横木が渡され、足場が組まれていた。その横木は、道路をへだてた前方の民家の塀の高さにほぼ一致していたために、横木の存在が配達員の目には、非常に見えにくかったのである。スクーターに乗ったまま、前額部を強打し転倒してしまった。
幸いヘルメットをかぶっていたので、大したこともなく、仕事を続けて夕刻帰宅した。少し気分が悪いと言って、好きなお酒も一合でやめ、早めに就寝した。
夜中の午前一時すぎ、突然ウーッとうなり、息遣いが荒くなり、様子がおかしいのに気づいた妻が、救急車を呼んだが、間に合わなかった。
元気な人が、寝ていて夜中に突然死亡するようなケースは、異状死体扱いになり、監察医の検死を受けなければならない。検死をしても、手にかすり傷程度の外傷しか見当たらず、顔や額に損傷はなく、頭部にも変化はなかった。内因性急死(病的発症による突然死)のように思われたが、前日の頭部外傷を無視することはできない。
病死か労災か。むずかしい判断をしなければならなくなった。行政解剖の結果、直接死因は拡張性心肥大と診断された。それ以外の主要所見として、脳のうっ血、腫脹が強かったが、損傷はなく、また右後腹膜下に軽度の出血が見られ、転倒の際、右後腹部を打撲したようである。ほかには特別な変化はなかった。
外傷は致命傷とは考えられないが、受傷後約十三時間という短い時間に、急死している事実を考えると、頭部外傷による脳の形態学的変化は少ないけれど、機能的変化が生じ、心臓機能に悪影響を及ぼしたことを否定することはできない。形態学的変化は、解剖によって確認できるが、機能的変化は解剖所見に現れないので断定することはできない。解剖医として求められた意見書には、
「本人には、従来から拡張性心肥大があった。日常生活に支障はない程度のものであったが、前日の頭部打撲により、生体に変調をきたし、心臓発作を起こして急死したと思われる。したがって、解剖による直接死因は、拡張性心肥大という病死であるが、これは外傷に誘発された死亡と考えられる」
と記載した。このケースは、どう決着したのか、その後連絡がないのでわからない。
 会社の宿直勤務中、近くに火災が発生した。宿直者は仮眠の床を離れて、二〜三〇〇メートル離れた火事の様子を見に行った。消防車、パトカー、救急車、それに大勢の人だかりができて現場周辺は混乱していた。
しばらくして彼は、留守にした会社が心配になり、急いで引き返そうとした。その途中、大通りを小走りに横断中、タクシーにはねられ死亡したのである。
検死の結果、死亡の原因は交通事故による頭部外傷、死亡の種類は災害死と決定した。ところが死体検案書(死亡診断書)には、従業中か非従業中かの区別をすることになっている。
会社側の説明によると、夜間の宿直勤務は社内の安全確保が任務であるから、野次馬根性で火事を見に行き、帰り道での交通事故は勤務放棄とみなされるので、非従業中と判断する、という厳しいものであった。
数日後、死亡者の妻が医務院にやって来た。夫は確かに勤務中、会社を抜け出したが、決して野次馬ではない。非従業中という会社の判断には承服できない、と申し出たのである。
奥さんの言うとおりである。そう思っても、私の一存で書類の訂正はできないので、労働基準監督署に相談するようにと説明した。
数ヵ月後、会社側と争っていた家族から、お礼の電話が入った。それによると、労働基準監督署は、宿直勤務について、確かに社内の安全確保が任務であるが、近所に火災が発生したような場合は、火災の状況、風向きなどを観察し、自社への類焼の危険の有無などを判断する必要があるので、火事を見に行ったのは勤務の放棄ではない、と結論したということであった。
 これとは逆のケースもある。木工場でトラックから木材を降ろす作業中、ころげ落ちた木材が頭に当たって死亡したという労災事故を検死した。しかし、外表に死因となるような外傷は見当たらないので、監察医務院で行政解剖をしたところ、首の骨が折れた頸椎《けいつい》骨折、頸髄《けいずい》損傷であることがわかった。
頭に木材が当たって首の骨が折れるようなことは珍しい。頭部打撲によって頭蓋骨骨折を起こして転倒するから、頸椎骨折は起こさないのが普通である。状況と解剖所見の間に矛盾が感じられた。
警察も再捜査をしたところ、昼休みに会社の階段を踏みはずして転落し、首をひねったことが判明した。会社側は、残された妻子をふびんに思い、労災事故に置き換えようと、口うらを合わせていたのであった。
好意はわかるとしても、労災保険金を不当に得ようとする違法行為にほかならない。監察医は事実を究明して、公正な社会秩序の維持に協力している。
このような場合、仕事を終えても満足感はなく、ただ重苦しい疲労感が残るだけである。
 似たような交通事故を扱ったことがある。就寝中、突然うなり声をあげて息絶えた。五十歳、働き盛りの大工さんである。解剖の結果、死因は求心性心肥大であった。ところが死亡の一ヵ月前、発進した車のそばに立っていて、片足を轢過され中足骨亀裂骨折を起こした。入院こそしなかったが、副木をあて歩行不能で家の中での生活を余儀なくされた。妻と娘は、交通外傷が死因ではないかと解剖医である私に、不満を訴えた。
外傷は生命に直結するようなものではなかった。しかし大工さんは請け負った仕事が遅れ、工期に間に合わなくなるとせかされ、イライラしていた。また、交通事故も相手が知人であったから、警察へ届けていないので補償もないという。死んでしまった今、家族は途方に暮れていた。
とりあえず事故を警察に届け、その事実を証明してもらうこと。そして自動車保険会社に補償を請求する。さらに、死因は病死であるが、交通外傷が死亡に決して無関係ではない、という意見書を私が作成し、できる限り努力をしてみることになった。
解剖すれば心肥大という形態学的変化はわかるが、肉体的、精神的ストレスがあったかどうかは機能上の問題なので、解剖してもつかめない。したがって、交通外傷が心肥大にどのような影響を及ぼしたかは不明である。影響があったと考えるのが正しいのか、影響なしと考えるのが正しいのか、はっきりした医学上の所見がないので、論議は五分と五分である。
とすれば人間は過去の病歴を背負って生きているので、交通外傷とそれに伴ういろいろなストレスが、本人の病的素因である求心性心肥大に悪影響を及ぼし、心臓発作を誘発したと考える方が、関係なしとするよりも正しい判断であるとの意見書を提出した。
裁判では、保険会社は事故から一ヵ月もたって外傷は治りかけているので、ストレスがあるとは考え難いと反論してきた。
確かに外傷は治りつつあったが、骨折によって行動は極度に制限され、生活は動から静へと急変させられた。さらに工期遅延のいら立ち、外傷に対する無補償、一時的にせよ減収などがあって、本人の精神的ストレスは外傷とは逆に、日がたつにつれ増大していたと考えるべきであろうと私は証言した。
事故から四年目、私どもの主張は入れられずに裁判は終わった。ところが最近、業務上の肉体的負担などから、脳や心臓の発作を誘発して病死したような場合でも、労災として認定する方向に基準は緩和されることになった。小さなアピールの積み重ねが実ったのである。救われる弱者の喜びが聞こえてくる。
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