返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 作品合集 » 正文

死体は語る14

时间: 2020-04-14    进入日语论坛
核心提示:相続人日常生活の中で、死亡時間というものがどれだけの意味をもつものなのか、特別なケースに遭遇しない限りあまり関心はない。
(单词翻译:双击或拖选)
相続人

日常生活の中で、死亡時間というものがどれだけの意味をもつものなのか、特別なケースに遭遇しない限りあまり関心はない。
古い話であるが、ある病院に入院していた患者が、早朝死亡した。付き添っていた内妻が、主治医に夕刻死亡したことにしてほしいと願い出たのである。長いこと入院していた患者であり、内妻ともなじみになっていたので、朝死のうが、夕方死のうが、支障はないと思ったのであろう。理由も聞かずに、主治医は内妻の申し出を受け、死亡時間をその日の夕方にずらしてくれた。
内妻は昼間、早速婚姻届をして、本妻になった後、夫が死亡したことにした。昭和三十年代の後半のことである。当時、六億円ともいわれた東京の繁華街にある喫茶店やバーなどの遺産を相続してしまったのである。
やがて夫の身内がこのことを知り、騒ぎだした。調査をしてみると、夫の死亡した日の昼に婚姻届が出されている。夫が朝、死亡しているのを知っている身内は、死後に婚姻届が受理されるのはおかしいと、戸籍係に詰め寄った。
係は死亡届を確認した。死亡時間は夕刻になっているから正式に受理され、彼女は本妻に間違いないという返事である。
収まりきれない身内の面々は、病院に押しかけた。主治医は内妻に頼まれるまま、死亡時間をずらしたことを認めた。医師は虚偽私文書作成容疑、内妻は同行使、公正証書原本不実記載容疑で警察ざたになった。
医師は好意的に善意をもって希望どおりにしてあげたので、感謝されることがあっても恨まれることはないと思っていたのだろう。あまり罪の意識は感じていないようであった。
ところが、結果は親切があだとなって、遺産相続という争いの原因をつくり、許されざる違法行為をしたと指摘されてしまった。この事件は大事に至らず解決したが、珍しいケースであったため大々的に報道され、医師の社会的評価を下落させた。
 もっと深刻な事例がある。地下鉄工事中、夜中に地盤が沈下し、民家の下を走るガス管にひび割れが生じ、生ガス(当時は石炭ガス6Bを使用していた)が家の中に充満して、爆発火災となった。
数軒が全焼した。やっとのことで鎮火したが、その焼け跡から一家五人が死体となって発見された。両親と子供三人である。
検死の結果、父親と子供三人はあまり焼けていなかったので、充満した生ガスを吸って一酸化炭素中毒死したものと推定され、母親は黒こげになっていたので、焼死という診断になった。父と子らは、充満した生ガスを吸って死亡したが、母はその間生存し、爆発火災になってから焼け死んだと考えられた。
そのため、監察医の発行した母親の死体検案書(死亡診断書)の死亡時間は、他の家族よりも十分遅れた時刻が記入されたのである。
検死後一ヵ月ほどたったある日のこと、父側の遺族が大挙して監察医務院にやって来て、検死をした監察医に詰め寄ったのである。同じ状況下で事故に遭ったのに、なぜ母親だけが十分遅れて死亡したのか。そのためにわれわれは、大変な損害を被っている。医学的根拠を示せ、と言うのである。
この一家は何の過失もなく平穏に暮らしていたが、ずさんな工事のために、一家五人の命と家屋を含めたすべての財産が灰になったのである。
過失責任者は、これらの人々に莫大《ばくだい》な損害賠償金を支払わなければならない。支払いを受けるべき父と子らは先に死に、その際母のみが生きていたので、権利は母に引き継がれる。そして十分後に、母も死亡した。するとその賠償金の大半は、法律上母側の遺族が受け取ることになる。結婚して十年足らずの間に、財産の大半は母側へ行ってしまう。
収まりきれないのが、父側の親兄弟である。医学的根拠を示せといっても、この十分差を明確に区別し、説明することはできない。監察医も困り果てて、死亡時間を父や子と同じ時刻に訂正したかった。しかし、発行された死体検案書は戸籍係に受理され、しかも焼死という死の事実によって戸籍は抹消されている。
重要な書類をそう簡単に訂正することはできない。家庭裁判所で略式裁判が開かれ、死亡時間の訂正理由を裁判官が認めてくれなければならないのである。結局、法的手続きを踏んで母親の死亡時間は、他の家族と同じ時間に訂正された。
ところが今度は、母側から大反撃を受けたのである。強く主張すれば、死亡時間は動かすことができるのか。医学とはそんなにいい加減なものかと、責めたてられた。結局、このトラブルは法廷に持ち込まれることになった。
もめにもめたこの裁判も、三年後、裁判長の和解勧告により、同時死亡で決着した。
 当時、わが国は経済の高度成長期にあり、自動車をもつ家庭が急増した。働き続けた父親は休日に休む間もなく、家庭サービスでドライブに出かけることが多くなった。行きはいいが、帰りは疲れているので、つい居眠り運転などから、大事故を引き起こす。即死するもの、救急車の中で死ぬもの、病院で死ぬものと、死亡時間が違ってくる。最後に死亡したものの側に、遺産相続の権利が生ずるために、肉親の間で死亡時間の判定をめぐる争いは絶えなかったのである。
中には、人工呼吸器をセットしたまま、死んでいるにもかかわらず、酸素を送り続けて、あたかも呼吸し生きているかのように見せかけ、あっちが死んだ、こっちも死んだと周囲の様子を伺い、最後まで生きたことを確認してから、もう酸素を止めてくださいなどと、医師に指図をする者まで出てきたという。何をか言わんやである。
そこで、裁判長はこの事件を契機に、同じ状況下で死亡事故が発生した場合、家族間で多少死亡時間が違っていても、遺産の相続に当たっては、同時死亡と同じに扱うという判断を示したのである。以来、わが国ではこの種の裁判は急に減ったと聞いている。
今、注目されている脳死の問題でも、どの時点で死亡とするか論議されているところである。死亡時間という医学的判断が、利害やその他の理由のために、工作されてはならない。一通の診断書にも、それなりの重みがあるのである。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%

[查看全部]  相关评论