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死体は語る18

时间: 2020-04-14    进入日语论坛
核心提示:生命の値段洞爺丸が沈んだ。昭和二十九年九月のことである。小学校の同級生がこの事故で死亡した。独身で会社に勤めていたが、国
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生命の値段

洞爺丸が沈んだ。昭和二十九年九月のことである。小学校の同級生がこの事故で死亡した。独身で会社に勤めていたが、国鉄から賠償金として家族が受け取った金額は、確か五十七万円であったと記憶している。
家族の悲しみを目のあたりにして、生命の値段とはこんなものかと、割り切れない気持ちになったことを覚えている。
交通事故死や医療事故死の場合なども、時代とともに大変な額の賠償金が支払われるようになってきた。
ある朝のことである。慌ただしく食事をとりながらテレビを見ていると、いきなり火災の映像が飛び込んで来た。赤坂のホテルニュージャパン九階客室から出火、十階に燃え広がっているらしい。窓枠の外側に人が避難して、救助を待っている様子が映し出されていた。昭和五十七年二月八日、午前三時半ごろ出火したとのことであった。
出勤するなり、警視庁の検視官と電話で打ち合わせを行い、われわれは緊急検案班を編成し、待機することになった。数十人の死亡者が出ている模様である。検案は午後から、死体安置所に決まった芝の増上寺で行うことになった。運び込まれた順に遺体にはナンバーが付けられ、検死が始まったのは午後の一時ごろである。
犠牲者は三十二人にも達する大惨事となった。初めの十数人は飛び降り外傷で死亡していた。続く十人ぐらいは一酸化炭素中毒死であり、残る三分の一の人々は黒色炭化状態の焼死体であった。
高層ビルの窓から身を乗り出して火熱を避け、必死に救いを求めたがかなわず、ついに火炎にあおられて飛び降り死亡した、あの映像は脳裏に焼きついて離れない。
一方、ホテルの中では煙の中を逃げまどい、一酸化炭素中毒で倒れた人もあり、火元に近い人たちは識別もできないほど、真っ黒こげの焼死体になったのではないだろうか。
出勤前にテレビを見ただけで詳しいことはわからないが、運び込まれた順に検死をしているだけで、火災のものすごさが手に取るように理解できた。検死後、黒こげの九体は検事の指揮で司法解剖になった。
また、一酸化炭素中毒と思われた中の一女性を監察医の判断で、行政解剖することになった。理由は火傷が少ないうえ、死斑も一酸化炭素中毒特有の鮮紅色の度合が弱いこと、加えて彼女が倒れていたかたわらにハンドバッグがあり、その中のパスポートには国籍台湾、妊娠三ヵ月との記載があったからだ。
死体の外表から、妊娠しているかどうかの区別はできかねたし、死因究明と個人識別をする意味で解剖しなければならなかった。警察もそれを望んでいた。すべての検死が終わったのは、夕方の五時ごろである。
翌朝、彼女の行政解剖が監察医務院で警察官立ち会いで行われた。外表の火傷の範囲は狭く、また生活反応も弱いので、この火傷は死因にはならなかった。気管には黒いすすがべっとりと付着し、火災の中で呼吸し生存していたことが裏付けられた。化学検査で、血中一酸化炭素ヘモグロビンは七五%にも達していた。いうまでもなく、死因は一酸化炭素中毒である。
そして、子宮には四ヵ月半の男性胎児を宿していた。パスポートの女性にほぼ間違いなかった。
二日後、台湾から家族が日本にやって来た。その人たちは、なぜわれわれ家族の承諾もなしに解剖をしたのかと激怒した。宗教上あるいは思想上の違いであろうか、解剖をことのほか嫌うのである。行政解剖の法的根拠から説明した。
しかし、死んだ人が生き返るわけではないし、死んだ人を再び殺すようなむごいことをする必要はないではないかと反発した。法律上は家族の承諾なしに行えるが、行政官として私たちは、なぜ解剖をするのかを十分説明したうえでことを運んでいる。家族の気持ちはわかるが、なにも好き好んで解剖をしているわけではない。死者の生前の人権を擁護するために行うもので、遺族の納得を得たうえで解剖しているのが現状である。
この場合は、彼女の身元は不明であったし、パスポートの女性であるか否かの識別が必要であったから、解剖を拒否すること自体、無理なのである。
そこで説明の論点を変えた。もしも、検死だけの死体検案書(死亡診断書)であるならば、妊娠の事実はわからなかったので、本人だけの死亡となっているから賠償金は一人分である。解剖後の死体検案書であれば、妊娠四ヵ月半の胎児を宿していることが明記されているので、母親と胎児の二人分の賠償金を請求することができる。私たちは、自らを語ることなく死んで行った人々の人権を、このようにして守っているのであると説明した。
やがて怒りは感謝の気持ちに変わって、すべては丸く収まった。検死や解剖をすることの意味を正しく理解すれば、監察医制度は衛生行政上なくてはならない機関であることが、おのずとわかってくるはずである。
それにしても、生命の代償はつまるところ金にしか換算できないのだろうか。こんなとき、
「一人の生命は地球よりも重い」
と言ったある裁判官の言葉を思い出さずにはいられない。
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