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死体は語る33

时间: 2020-04-14    进入日语论坛
核心提示:カレン事件医療が発達してくると、思わぬ論議が出てくるものである。脳死という状態がまさにこれであろう。脳はすべての器官に指
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カレン事件

医療が発達してくると、思わぬ論議が出てくるものである。脳死という状態がまさにこれであろう。脳はすべての器官に指令を出してコントロールしているが、脳の神経細胞は他の細胞と異なり、再生能力がないので、一度破壊されると、修復補充されることはない。
この脳の機能が全体的に永久に停止した状態になったとき、死は目前であるが、人工呼吸器を取り付け、強力な治療を続けると、死ぬべき人が死なずに呼吸し、心臓は拍動して生きた状態が持続する。当然意識はなく、ちょうど昏睡状態のまま二〜三週間ぐらいは延命できるという。
しかし、絶対に生き返ることはない。途中でこのセットをストップさせれば即、死ということになる。
人工呼吸器が脳の指令に代わって機械的に肺に酸素を送り、呼吸をさせている。いわば機械に管理された状態での延命術なので、本質的には死と同じであるから専門医はこれを脳死と呼んでいる。だから、生きた体に死んだ脳などと、表現されたりもする。このような生き方は、死んでいる人を機械で動かしているようなもので、医療とは言えないという人もいる。植物状態患者とは違うのである。
植物状態患者というのは、脳の周辺部がダメージを受けて、意識はなく昏睡状態になっているが、中心部すなわち植物神経系(自律神経)の中枢にはダメージがないので、生きるための最低限の機能は保たれている。つまり深い眠りと同じ状況と思えばよいわけで、寝ていても心臓は拍動し、呼吸もし、消化、吸収なども行っている。いわば植物的な生き方をしているのである。
 アメリカにカレン事件というのがあった。一九七五年、二十一歳のカレン嬢は友人の誕生パーティーで酒と睡眠剤を飲み、意識不明となった。以来半年以上も昏睡状態を続けた。人工呼吸器を取り付け、生命を維持したが、主治医から回復の見込みはないと宣告された。
両親は不自然な方法で死を延ばすより、装置をはずして神の御心に任せたいと医師に頼んだが、受け入れられなかった。両親は判断を裁判所に求めた。しかし、州の高等裁判所は「苦しんでも生きよ」と判決した。
娘の死を願う両親の真意は十分理解できるが、裁判所がその言い分を認めなかったのは、死の判定基準があったからである。医学的に脈拍、呼吸、脳波が生の状態にある以上、装置の取り外しは殺人行為にあたるとして、裁判所が取り外しを許可することはできないと判断したからであった。
ところが事故より一年後、ニュージャージー州の最高裁判所から条件つきで「尊厳をもって死ぬ権利」を求めていた父親の主張が認められた。医師の同意があれば、カレンさんを生かし続けている人工呼吸器を止めてもよいと判定したのである。カレンさんは間もなくセットを取り外されたが、自発呼吸を取り戻し、その後十年間も生き続けた。つまり彼女は睡眠剤中毒から、植物状態患者となっていたのである。
この事件は、脳死と植物状態の違いを一般人にも、わかりやすく説明できたケースであった。死にかかわる問題が、医学的にも法律的にも高度な判断を要求される時代になり、日本も脳死をどう扱うか、考えなければならない時期にきている。
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