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死体は語る35

时间: 2020-04-14    进入日语论坛
核心提示:命の残照日本陸軍第八師団歩兵第五聯隊(青森)の将兵二百十名は、寒冷地訓練として八甲田山雪中行軍を実施した。明治三十五年一
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命の残照

日本陸軍第八師団歩兵第五聯隊(青森)の将兵二百十名は、寒冷地訓練として八甲田山雪中行軍を実施した。明治三十五年一月二十三日のことである。猛吹雪に視界は閉ざされ、地元の道案内人もなく、磁石は凍結して方向は定まらず、道に迷った。
胸元まで雪に埋まっての行軍に疲労し、零下二十度という最悪の気象状況に加えて、軽装備も災いし、凍傷、食糧の凍結、睡魔との戦いに指揮は乱れ、将兵のほとんどは凍死した。生存者は十一名という惨たんたる結果に終わった。
小説や映画を見ての知識しかないが、あの極寒の中で服を脱ぎ捨て、素裸になって絶叫し、雪の中を走り廻って死亡したものがあった。寒さから、発狂したのであろうか。
警察大学で検視官の講義を終えたある日、東北地方在勤の検視官が、「凍死の現場へ検視に行ったら、服を脱ぎ裸になって死んでいたケースがあった。寒さで神経が麻痺し、発狂したと考えてよいか」と言うのである。現に北国では、このような凍死を、稀ではあるが、経験しているようであった。
私も凍死の検死、解剖は数多く経験している。しかし、服を脱ぎ裸になって死んだケースを見たことはない。教科書にも記載はない。的確な答弁はできなかった。
医師になって間もなくのこと、札幌に住む姉が出産時の出血から体調をくずし、一年後に死亡したが、その前日、姉から呼び出しがあった。病院へ出向くと、今夜は私から離れないでくれと言われ、付き添いの母と病室に泊まった。姉は暑いと言って掛け布団を何度もはねのけた。暖房があっても冬の札幌、暑いはずはない。体はひどく冷たかった。翌朝、姉は他界した。
生理学の本には、脳に体温調節中枢があり、暑いときは熱の放散を行い、寒いと放散を減少させ、体温を調節するとある。そうなのかも知れないが、それだけではこの奇異なる現象を説明することはできない。風邪をひき発熱するとき、体温は上昇するのに、ひどく悪寒を感じる。逆に解熱時には体温が下降するのに、暑くて汗をかく。たった二〜三度の体温の変化でしかない。体温と外気温の差が小になれば暑さを感じ、大になれば寒さを実感する。
こう考えると、裸の凍死の説明はつくような気がした。寒さで体温の放散が、生産を上回ると低体温になり、この状態が持続すると凍死になる。体温が二〜三度下降したとき、外界は極寒でも、体温と外気温の差がその時点で小となったので当人には、暑く感じるのではないだろうか。暑いと言って服を脱ぎ、掛け布団をはねのけたのも納得できるような気がする。しかし、死期が近いのも確かである。
燃えつきる前のローソクの炎にも似た、命の残照なのであろうか。
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