ホワイト・ハウスのコック長ルネ・ヴェルドンという男が、腹を立てて、職場を飛び出してしまったという。
彼は、フランス人で、フランス料理の腕を買われて、ケネディ時代に雇われたらしいが、今の大統領ジョンソンは、フランス料理よりも、テキサスの田舎料理が口に合うらしい。それで、ルネは心中平らかでなかったところへ、ジョンソン家へ新しく雇われた女執事のような女史が、冷凍食品を使えという命令を出したので、彼はカンカンになって、追ん出てしまったというのである。
「ジョンソン一家が、どんな田舎料理が好きだって、おれの知ったこっちゃない。しかしホワイト・ハウスで客をする時は、国家の名誉がかかってる。冷凍ものなんか使えるか」
というのが彼の辞職理由で、筋が通ってる。
といって、ジョンソン大統領が黒人料理女のつくるテキサス料理が好きだというのも、恥ずべきことではない。昔、信長が天下を取った時に、京都の名料理人が三種の料理を食べさせたが、彼は最下等の田舎料理を賞美したという。英雄とか大政治家とかの舌は、そんなもので、それでいいのである。
ただ、ホワイト・ハウスの宴会料理は、テキサス風では困るだろう。やはり国際的規格のフランス料理がいいらしく、そして、フランス人を雇わなければ間に合わないというのが、アメリカのお国柄である。宇宙ロケットをつくるのは上手でも、フランス料理はニガ手らしい。大国というのは、そういうものかも知れない。そこへいくと、日本の皇室には、秋山徳蔵のような人物がいて、国賓を満足させるフランス料理を、つくってる。