世界的な霊長学者として知られている伊谷純一郎さん(京都大学理学部)は、仲間うちでは、新しい食物の探究者——悪くいえば、ゲテモノ食い——の親分格とされている。前衛への探究の熱心さのあまり一度などは、一命を落しかかっている。
伊谷さんが友人の研究者と、さる大先生の三人で九州の田舎をあるいていたときのこと。ギボシに似た野草がうまそうだったので、採集して宿へ持って帰った。料理しようとすると、土地の人が、それは食えないという。いや、食えるはずだと、伊谷さんと大先生は、がんばった。大先生は世に名高い理学博士、伊谷さんも、その友人も生物学者である。京都からやってきた先生方三人に束になってかかられては、土地の人もひっこまざるをえない。
さて、野草を料理して珍味珍味とたべてしばらくすると、三人とも七転八倒の苦しみ。ついには、胃の内容物をぜんぶ庭にはきだしてしまったそうだ。三人の嘔吐物をめがけて、宿のニワトリが数羽よってきて、早速つつきだした。すると、こはいかに、ニワトリが皆白眼をむいて、ばったばったと倒れだし、ついに宿のニワトリは全滅した。さあ、大変なことになったというので、三人はほうほうのていで夜逃げしたという話が、仲間うちに伝わっている。
伊谷さんと、同じくサルの研究者|東滋《あずましげる》さんが、タンガニイカ湖畔のキャンプで、野生チンパンジーの調査をしていた。ある夕方、ランプの光をしたって、羽根のついたシロアリがたくさんむらがってきた。それっというので、二人で捕虫網をふりまわしてつかまえ、空罐のなかに入れて振りまわしたり、ちょっと火であぶって羽根を落した。つぎに、フライパンにうつして、ふうふう吹いて羽根をとばし、砂糖と醤油で煎って料理した。こうばしくて大変うまかったという。生きたまま羽根をもいで、口に入れ、ゆっくりかみしめると、甘くて、生卵の黄身のような味だったそうだ。
東アフリカのサバンナには、いたるところにシロアリの巣がある。それは、地面から、にょきっと持ちあがった高さ一メートル前後の塔のようなものだ。その表面は、コンクリートでかためたように堅く、シャベルでたたくと、カンカン音がする。
伊谷さんの話を聞いて、わたしも一度そのシロアリ料理を試みてやろうともくろんでいたのだが、ついにその機会がなかった。おそらく、シロアリの羽化するシーズンにあたらなかったのだろう。シロアリの巣をこわして、なかからアリをつかみだすのは、かまれたら痛そうなのでやめた。
人類の祖先は、現在のサルのように、草食性——果実、タケノコの類なども含めて——の動物であったにちがいない。どうして、人類の祖先は、雑食性の動物に移行していったのであろう。サルの段階から、人への進化のうちで、草食性から雑食性への移行は、重大な意義をもっている。狩猟の起源、それにともなう道具の製作と使用、さらには、火の使用にいたるまで、人類の雑食性化にかかわりをもってくる。
どうして雑食性になったかということについては、さまざまの説がある。たとえば、はじめはカモシカの類の生れて間もないコドモをつかまえて、肉食をしたとか、いや最初に魚をつかまえてたべたのだとか。
シロアリがうまかったからかどうかは知らないが、伊谷さんは雑食性について、シロアリ説とでもいうべき仮説を提出した。すなわち、はじめから狩猟や|漁撈《ぎよろう》を考えなくてもよい。シロアリのようなものを食うことが仲介となって、人の祖先はしだいに動物性蛋白をとるようになり、肉食もするようになってきたのだという考えかたである。
一九六五年、伊谷さんとその調査グループの一人、鈴木晃さんは、タンザニアの奥地の調査地で、チンパンジーがシロアリの巣に棒きれをつっこんで、これにシロアリがむらがったころをみはからってとりだし、たべているのを観察した。同様の例はタンガニイカ湖畔でチンパンジーの観察をしているグドール女史にも確認されている。
これで、野生チンパンジーの段階ですでにシロアリ食の認められること、道具使用の萌芽的現象のみられることが明らかにされた。
巣をこわして手づかみでシロアリをつまみだそうと考えたわたしよりも、チンパンジーのほうが、数等かしこそうである。
伊谷さんが友人の研究者と、さる大先生の三人で九州の田舎をあるいていたときのこと。ギボシに似た野草がうまそうだったので、採集して宿へ持って帰った。料理しようとすると、土地の人が、それは食えないという。いや、食えるはずだと、伊谷さんと大先生は、がんばった。大先生は世に名高い理学博士、伊谷さんも、その友人も生物学者である。京都からやってきた先生方三人に束になってかかられては、土地の人もひっこまざるをえない。
さて、野草を料理して珍味珍味とたべてしばらくすると、三人とも七転八倒の苦しみ。ついには、胃の内容物をぜんぶ庭にはきだしてしまったそうだ。三人の嘔吐物をめがけて、宿のニワトリが数羽よってきて、早速つつきだした。すると、こはいかに、ニワトリが皆白眼をむいて、ばったばったと倒れだし、ついに宿のニワトリは全滅した。さあ、大変なことになったというので、三人はほうほうのていで夜逃げしたという話が、仲間うちに伝わっている。
伊谷さんと、同じくサルの研究者|東滋《あずましげる》さんが、タンガニイカ湖畔のキャンプで、野生チンパンジーの調査をしていた。ある夕方、ランプの光をしたって、羽根のついたシロアリがたくさんむらがってきた。それっというので、二人で捕虫網をふりまわしてつかまえ、空罐のなかに入れて振りまわしたり、ちょっと火であぶって羽根を落した。つぎに、フライパンにうつして、ふうふう吹いて羽根をとばし、砂糖と醤油で煎って料理した。こうばしくて大変うまかったという。生きたまま羽根をもいで、口に入れ、ゆっくりかみしめると、甘くて、生卵の黄身のような味だったそうだ。
東アフリカのサバンナには、いたるところにシロアリの巣がある。それは、地面から、にょきっと持ちあがった高さ一メートル前後の塔のようなものだ。その表面は、コンクリートでかためたように堅く、シャベルでたたくと、カンカン音がする。
伊谷さんの話を聞いて、わたしも一度そのシロアリ料理を試みてやろうともくろんでいたのだが、ついにその機会がなかった。おそらく、シロアリの羽化するシーズンにあたらなかったのだろう。シロアリの巣をこわして、なかからアリをつかみだすのは、かまれたら痛そうなのでやめた。
人類の祖先は、現在のサルのように、草食性——果実、タケノコの類なども含めて——の動物であったにちがいない。どうして、人類の祖先は、雑食性の動物に移行していったのであろう。サルの段階から、人への進化のうちで、草食性から雑食性への移行は、重大な意義をもっている。狩猟の起源、それにともなう道具の製作と使用、さらには、火の使用にいたるまで、人類の雑食性化にかかわりをもってくる。
どうして雑食性になったかということについては、さまざまの説がある。たとえば、はじめはカモシカの類の生れて間もないコドモをつかまえて、肉食をしたとか、いや最初に魚をつかまえてたべたのだとか。
シロアリがうまかったからかどうかは知らないが、伊谷さんは雑食性について、シロアリ説とでもいうべき仮説を提出した。すなわち、はじめから狩猟や|漁撈《ぎよろう》を考えなくてもよい。シロアリのようなものを食うことが仲介となって、人の祖先はしだいに動物性蛋白をとるようになり、肉食もするようになってきたのだという考えかたである。
一九六五年、伊谷さんとその調査グループの一人、鈴木晃さんは、タンザニアの奥地の調査地で、チンパンジーがシロアリの巣に棒きれをつっこんで、これにシロアリがむらがったころをみはからってとりだし、たべているのを観察した。同様の例はタンガニイカ湖畔でチンパンジーの観察をしているグドール女史にも確認されている。
これで、野生チンパンジーの段階ですでにシロアリ食の認められること、道具使用の萌芽的現象のみられることが明らかにされた。
巣をこわして手づかみでシロアリをつまみだそうと考えたわたしよりも、チンパンジーのほうが、数等かしこそうである。