久しぶりであった友だちの指がキラリ、と光った。
「あら、ダイヤね」
すると黙っててのひらを返して見せた。腕時計のまわりにも、細かいダイヤモンドがちりばめられてある。
「スゴイじゃない」
「オホホ」彼女はたおやかに笑って言ったものだ。
「宝石を身に付けているとね、交通事故にあったとき、丁寧に扱ってくれるんですって」
「?」
「この人は支払いがいいだろう、そう考えてくれるらしいの。そんな話、聞いたことない?」
今度は彼女の目が光った。
「ショック!」
はねとばされたのは私の心だ。伝説にしても殺風景すぎる。さし当り、指輪も頸飾《くびかざ》りもない、財布《さいふ》の根付けに石ころをつけているような私はどう扱ってもらえるのか、と冗談《じようだん》を言いながら、笑いがひっこんでしまった。
戦争中、胸に血液型と住所姓名を書いた布を縫い付けていたことがあった。最近の身分証明は宝石か。金色夜叉のお宮さんは、ダイヤモンドに目がくらみ、貫一さんにけとばされた。
現代女性はダイヤを指にはめて、車にけとばされたときの心得とする。
今月今夜、月は曇ってしまった。