宴会などで、テーブルのまん中へんにくだもの皿が置かれてあり、りんごやみかんといっしょにバナナのひとふさが盛られていると、まるで消えかかった虹《にじ》を見るように、皆の目がバナナのほうへ集まってゆくのが、だれもなんとも言わなくてもわかりました。
まだ食事が全部すんだわけでもないのに、ひとりの手がつとバナナにのびると、先を急がなくちゃ、といった気分が走って、二本目三本目がたちまち消えうせます。みんな無くなると何となくおだやかになります。遠慮して食べそこなった人、欲を満たした人、あやうく手に入れて安心してしまった人。皿の上ではとり残されたりんごやみかんが顔を赤くしていました。
それはバナナが品薄のため、とびきり値段が高かった日の話。このごろは安くなりました。私が子供のじぶんには縁日でタタキ売りされていました。世間の波にゆられてバナナの身のうえも上下いたします。味は変わらないのにね、笑いながらバナナの皮をむきます。