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国盗り物語15

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:常在寺《じょうざいじ》「ふむ?」土地で、日護上人《しょうにん》とよばれているこの寺の住持が、口もとから煎茶《せんちゃ》の
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常在寺《じょうざいじ》

「ふむ?」
土地で、日護上人《しょうにん》とよばれているこの寺の住持が、口もとから煎茶《せんちゃ》の茶わんを離した。
「旅の武家であると?」
「はい。お上人様にお会いするために、はるばる京から参った、と申されております」
「名は?」
「申されませぬ。京で、友垣《ともがき》であった者、とこう申せばわかるであろう、名を申したところで、いまの名乗りは上人はご存じない、とこう申されておりまする」
取りつぎの弟子が、汗をかいている。
「はて、覚えぬのう」
日護上人は、眼を庭に移した。庭のむこうは、長《なが》良《ら》川《がわ》になっている。
寺のすぐ前は、美濃平野に突兀《とっこつ》としてそびえる稲葉山であった。いま、真夏の緑が、全山をおおっている。
鷲林山《しゅうりんざん》常在寺。
これが、この寺の名であった。
美濃きっての大寺で、しかもこの稲葉地方(いまの岐阜《ぎふ》市付近)では唯一《ゆいいつ》の日蓮宗の寺である。
当時、日蓮宗といえばもっともきらびやかな宗旨で、常在寺は当然、この地方の新文化の中心施設であった。
しかも、上人は、美濃きっての実力者長井豊後守利隆《ぶんごのかみとしたか》の実弟で、その点からも、
「御前さま」
と尊崇されていた。
まだ、齢《とし》はわかい。
おだやかな下《しも》ぶくれの容貌《ようぼう》をもち、遠山《とおやま》のかすむような眉《まゆ》、涼しげな眼、唇《くちびる》があかく、どこか貴婦人を連想させるかおだちである。
「私は、京で修行中、武士とはあまりなじみがなかったのだが」
「しかし、玄関の客は、上人とは莫逆《ばくぎゃく》の仲であったと申されております」
 一方、玄関の式台に腰をおろしている庄九郎は、笠《かさ》をそばに置き、汗をふきながら、山門のむこうに聳《そび》える稲葉山を見あげている。
(ふしぎな山じゃな)
この大平野に、むくり《・・・》と盛りあがり、いかにも峻嶮《しゅんけん》そうで、登りにくそうである。
「もしお武家さま」
と、取りつぎの弟子の僧がもどってきた。
「上人は思いあたらぬ、と申されておりまする。お名前をおあかしくださりませ」
「わしの骨相をいったか」
「…………」
なるほど、あらためてながめてみると、ちょっと類のない奇相である。ひたい《・・・》と下あご《・・》がつき出、両眼が、
らん
と光っている。そのくせ、どこか魅き入られるような高貴なにおいがある。この男のもつ教養のせいであろう。
「あっははは、これは無理かも知れぬ。京で古いなじみの法蓮房《ほうれんぼう》がきたと申せ」
「は?」
僧名を名乗ったが、装束は武士である。弟子がとまどうのもむりはなかった。
「法蓮房と申されまするので」
「そう申した時代もある。当時は、御当山の上人も南陽房と申され、たがいに京の妙覚寺大本山で机をならべて学んだものだ」
「はあ、なるほど」
弟子はまた長い廊下を走らねばならない。
(早うそう申せばよいのに、手数のかかるおひとだ)
しかし庄九郎にすれば、美濃きっての寺格の高い鷲林山常在寺のお上人さまを訪ねるのに、卑屈な訪ねかたはとりたくない。
できれば、
「おれだ、とそう云《い》え」
と入ってきたいところである。
 あんのじょう、日護上人は、
(あっ)
と、喜色をうかべた。
「法蓮房どのが来られたか。それは大事なおひとじゃ。わしとは年は一つちがいの兄、法《ほう》臘《ろう》(出家した年齢)も一つちがいの兄弟子、しかも、当時、諸国からあつまっていた妙覚寺大本山の千余人の徒弟のなかで、学問、智恵、諸芸第一といわれた俊才じゃ。大事におもてなしして、客殿へお通し申せ」
若い上人は、あまりのうれしさに落ちつかなくなった。
「そうじゃ、一山《いっさん》あげてもてなせ」
「はっ」
寺には、弟子の僧が十人、稚児《ちご》が三人、長井家からつけられている寺侍が二人、それに雑人《ぞうにん》をふくめると、二十人ちかい人数がいる。
それらが、一時に緊張した。

庄九郎は、脚絆《きゃはん》をとって手足をすすぎ、式台にあがってから、
「小部屋はないか。装束を直したい」
といった。この体《てい》では旅塵《りょじん》によごれすぎている。荷物のなかに用意の衣装があるのだ。
「はっ、こちらへ」
と、小部屋に案内された。
そこで悠々《ゆうゆう》と装束を着かえたのは、垢《あか》、塵《ちり》にまみれた姿の第一印象を旧友にあたえたくなかったのである。
長道中のすえとはいえ、
(ひどい姿でやってきた)
とおもわれれば、あとあとまで話が残るしその印象は消えないものだ。
庄九郎は、着更えを手伝っている二人の稚児に永楽銭一袋ずつをあたえ、
「わしから貰《もろ》うたとはいうのではないぞ」
と、微笑した。
「は、はい」
一人の稚児は、どぎまぎしている。これほどの重さの永楽銭を手にしたことはないにちがいない。いま一人の稚児は、
「しかし、あの、なぜこれほどのおかねをいただくのでございます」
「わしにもそちたちのような姿の頃《ころ》があって、人から物を貰えばうれしかった。そのころのことを思いだしただけだ」
「ああ」
稚児たちは、目に涙をにじませた。寺の稚児というのは大人にたちまじわっているだけに、早熟《ませ》ている。それだけにこの連中は口さがなく、ひとの善悪のうわさも、かれらの口から出ることが多い。
庄九郎は案内されて、客殿に入った。
すでに、日護上人は待っている。
「やあ」
と、上人は、稚児のころ、南陽房のころにもどって立ちあがった。
「法、法蓮房、懐《なつか》しい」
「南陽房」
と、庄九郎も、手をにぎった。冷徹な計算力が働くかとおもえば、ときに激越な感情家でもある庄九郎は、手をにぎりながら懐しさに堪えきれず、涙がこぼれた。
顔だけは、笑っている。
日護上人もおなじだった。いや、上人のほうが、何倍か感激したであろう。
「ま、ま、おすわりくだされ。京の話もききたい。修行時代のことも語りあいたい。それはそうと」
と、不安になってきたらしい。
「何日、滞在してくれるのか」
「まあ、十日ほどかな」
と、これは庄九郎のうそ。
できればふた月も三月も滞在して美濃の様子を知ったり、日護上人から美濃の名族、豪族を紹介してもらったりして、あわよくば生《しょう》涯《がい》この美濃に居つくつもりだ。
「十日。それはみじかすぎる。せめてひと月は居てくれぬか。美濃にも名勝はある。秋になれば長良川の月もいいものだ」
「ふむ」
「それが決まらぬと、落ちついて物語りもできぬ。な、一月以上は居る、というてくれ」
「では、厄介《やっかい》になろうか」
「安《あん》堵《ど》した」
学生《がくしょう》のころの親友というものはいいものだが、庄九郎、日護上人の時代にあっては、なおさらのことだ。当時の親友が、遠国の美濃まで訪ねてきてくれようとは、思いもかけぬことである。
庄九郎は庄九郎で、これから、
「国盗り」
をはじめようというこの美濃で、知りあいといえばこの旧友以外にないのである。手はじめは、日護上人の力にたよる以外に方法がなかった。
「おぬしが還俗《げんぞく》した、といううわさは、風のたよりにきいていた。僧でおればどれほどの学僧になっているか底知れぬおぬしが、惜しいことをしたものだ」
と、日護上人がいった。
「なんの南陽房」
と、旧友を修行時代の名でよび、
「わしのような権門のうまれでない者は、桑《そう》門《もん》(宗教界)にあっても、浮かばれぬと知っていや気がさした。よい例に、おぬしよ。わしと同じに机をならべて学んでいながら、美濃の長井家という権門の出であるがために、妙覚寺での修行がおわると、もう、このような大寺のお上人さまじゃ。おぬしのそのうわさをきいたとき、わしは僧をやめて俗界にもどる覚悟をきめた」
「すると、わしの罪であったというわけか」
と、常在寺の若い上人は、心から気の毒そうな表情をした。
「あっははは、罪ではない。ただうらやましかっただけのことよ」
「おなじことじゃ。これはわしの力の及ぶかぎり、おぬしに力添えをしてつぐないをせずばなるまい」
馳《ち》走《そう》が運ばれてきた。
酒もついている。
「まず、一献《いっこん》」
と、上人は酒器をとりあげた。
「南陽房は、酒をのむのか」
「寝酒ぐらいは嗜《たしな》む。出家に酒は禁物だが、妄《もう》語《ご》をせぬほどに飲むならよい、とわしはわしに云いきかせている」
「おぬしはあのころから固かった」
庄九郎は、盃《さかずき》をほした。
「うまい」
と、思わず、正直な声をあげた。
「美濃の酒がこれほどうまいとは知らぬことであったわ。酒の旨《うま》い土地は人も賢《さかし》い、というが、美濃人は利口者が多かろうな」
「なんの、愚物ぞろいじゃ」
と、常在寺上人は吐きすてた。寺から一国の政治を見ていると、傍《おか》目《め》八目で、あら《・・》ばかりがみえるのであろう。
しかも、美濃の実力者は、濃淡は別としてほとんどこの常在寺上人の親類縁者である。かれらの能力、暮らしぶりは、手にとるように知っている。
「ところで法蓮房」
と、上人は、庄九郎を旧称でよんだ。
「風の便りでは、奈良屋の入婿《いりむこ》に入ったということをきいたが、まことか」
「まことよ」
庄九郎は、盃をなめている。
「奈良屋といえば、京でも名高い富商じゃ。おそらく栄耀栄《えいようえい》華《が》をしておるであろうと思うていたが、その姿はどうじゃ」
「この姿」
武家の装束である。
庄九郎はその後のいきさつを手みじかに物語り、
「奈良屋は神人どもの打ちこわしでいったんは潰《つぶ》れたが、すぐ山崎屋として再興し、以前にもまさる繁昌をしている。しかし商人《あきゅうど》というものはつまらぬものでの」
「それほどの富商の旦《だん》那《な》になってもか」
「武家には弱い」
「ふむ」
「権と兵を持たぬ。せっかく財をためても将軍は一つ覚えのように借銭帳消しの徳政令《とくせいれい》をふりまわし、ときには窮民が一《いっ》揆《き》を組んで市中を羅《ら》刹《せつ》のように荒れくるい、われら油屋に対しては、上は大山崎八幡宮があり、その神権を笠にきて神人どもが暴威をふるう。それをなされるままに見ておらねばならぬのが、この松波庄九郎の気性には耐えられぬわい」
「それで?」
「武家になるつもりで、出てきた。わしの家系は、むかし院の北面の武士で代々左近将監《さこんしょうげん》の官職を頂戴《ちょうだい》していたこと、話したか」
「聞かぬ」
のは当然なことだ。庄九郎が、京の西郊西ノ岡で土着している松波家に行って系図にわが名を書きこんでもらっただけの「血統」である。
「さすれば、法蓮房は名流の血じゃな」
常在寺上人は、無邪気に感心し、
「それほどなら、ぜひ武士に戻《もど》って先祖の名をあげることじゃ。いや、これは驚いた。わしも、おぬしの志をたすけたい」
「頼む」
「さっそく、兄の豊後守利隆にひきあわせをしようか」
「いや、美濃で身をたてるとは、まだ決めておらぬ。こういっては何だが、美濃一国を統《す》べる土岐《とき》家は、源頼光《みなもとのよりみつ》以来の名家とはいえ、累年《るいねん》家政おさまらず、親族相《あい》食《は》みあい、豪家の子の多くは逸楽を旨《むね》としている。すでに隣国、近国に英雄豪傑、雲のように興りつつあるとき、はたしてこのような土岐家に身を寄せてよいものかどうか」
「待った、法蓮房」
と、常在寺上人はだいぶ酔っている。
「そういう土岐家であればこそ、おぬしのような英物がひと肌《はだ》もふた肌もぬいでくれて、傾く屋台をひきおこしてくれねばこまるではないか」
「易《やす》いことではないわい」
と、庄九郎も土岐家の前途を案ずるように沈痛な面持《おももち》でいる。
「権威とか、家とかというものは、いったんくだり坂になると、容易なことではもとへもどせぬものだぞ」
庄九郎は、中国、日本の歴史をつぶさに物語りはじめた。
「あな、おもしろし」
と常在寺上人はひざを叩《たた》いてよろこんだ。
なぜといえば、教養人にとって、田舎にいるほど孤独なものはないのである。庄九郎の史談、史論は、さほど警抜なものではなかったが、かといってこの種の「教養ある話」を語りあえる機会は、京都の勉学時代このかた、絶えてなかったことである。
庄九郎は、平家の滅亡を語り、さらに源家の鎌倉《かまくら》幕府の衰弱を語り、かつは室町《むろまち》に幕府をひらいた足利《あしかが》氏が、いまは虚器を擁するのみになっている状態を語り、
「病人なら投薬すればなおる。しかし老人を死からまもることはできぬ」
といった。
「土岐家は、老人か」
「もはや、寿命が尽きている。その証拠に、人は私党を組み、私利を追い、一国を顧みぬ。唐土、本朝の歴史をみても、一つの政体がほろぶときはつねにこうだ」
「いや、法蓮房、そういわれると霰《あられ》にたたかれるようで痛い。しかし土岐の美濃をみて、治療をしてくれ」
「病人とみるのか」
「そう見てくれ」
「病人」
庄九郎は、腕組みをして考えこんだ。その様子に名医のような威厳がある。
「百歩ゆずって病人としてもだ。この病人に、内科、外科、鍼灸《しんきゅう》あらゆる手をつくして施術しても、癒《なお》るかどうかわからぬ。あるいは毒物を用いて良薬に変ぜしめ、その病人に与えても、かんじんの肉体がその薬に耐えられるかどうか」
「法蓮房」
「ふむ?」
「おぬし、その毒物になって賜《たも》らぬか」
と常在寺上人がいったのは、いわば知的会話の綾《あや》であって、庄九郎が「毒物」であるとおもったわけではない。
「頼む」
「いや、近江《おうみ》には浅井氏が興っている。隣国の尾張では、織田の分家の分家の端くれから身をおこした織田信秀《のぶひで》(信長の父)がなかなかあなどれぬ大将だということだ。武士が身をたてようとするときは、このような大将をえらぶ」
「こまったお人じゃ」
常在寺上人は、手をたたいて稚児をよび、酒の不足を告げてから、
「まず、ゆるりと滞在して美濃の様子を見てもらい、人ともつきあってもらい、土岐の美濃というものに愛着ができてから、おぬしを口説くことにしよう。今夜は、なによりも昔語りじゃ。おたがいの師匠日善上人のことや、朋輩《ほうばい》どものうわさばなしでもして、ゆるゆる夜をすごそう」
といった。
 その翌日、早暁《そうぎょう》に庄九郎は起き出て、稲葉山にのぼっている。
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